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第二十三話 神苑の瑠璃 ―死闘― Ⅲ

「えぇ、手に取るようにわかります。ですがあなたに私のスピードに付いてこられますかな?」


 そう告げるとレイヴンの姿が消えた、同時にアデルが炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストールを発動させる。そこからの五秒間、二人の攻撃はその場にいる全員の視界で捉えることが出来なかった。

 先に動いたレイヴンは先に抜刀しアデルの胴体目掛けて斬撃を放つ、それに合わせてアデルも抜刀する。激しくぶつかり合うその刃からは衝撃波を伴い周囲へと吹き荒れる。二発目、それも互いに打ち合い相殺する。

 アデルにはしっかりとレイヴンの攻撃が見えていた。スローモーションにも捕らえられるその動体視力、短期間でよくぞここまで練り上げたとレイヴンが感心する。しかし二人の攻撃はもちろんゆっくり放たれているものなんかではない。

 カルナックほどではないがそれに等しい速度で刃が飛び交う。レイヴンが急所を狙って斬撃を放てばそれをアデルが見切って叩き落す。そんな攻防がしばらく続く。


 決定打をお互いに浴びることも無く、与えることも無く繰り返される無数の斬撃。


 聞こえてくるのは激しい金属音が重なって永遠と流れ続ける。だが優勢なのはレイヴンである、彼のほうがほんの一瞬だが先に動いただけあって攻撃の主導権を握っている。

 確実にアデルは防御側に回っていることを自覚しつつも一瞬の隙をついては攻撃を仕掛けようとするがそれも叶わないでいる。この間まさに二秒、徐々にアデルの動きに乱れが出てきた。

 体が悲鳴を上げ始めているのが分かる、次第に攻撃速度が遅くなりレイヴンの攻撃をさばききれなくなっていく。すると一太刀、また一太刀と体に傷を負い始めてきた。


 残り二秒、レイ達はついにアデルの姿だけをとらえることに成功する。

 その瞬間レイの表情が青ざめ始めた。


 未だ高速で移動しているであろうレイヴンの姿をとらえることが出来ないからだ。

 徐々にアデルの体から鮮血が飛ぶのが見え始める。ラスト一秒、ついにアデルの動きが確実に視界にとらえることが出来る程落ちていた。それを見てレイヴンが確信する、もうこれ以上アデルには力が残されていないと。

 その判断からとどめを刺そうと細かい剣激が大降りに変わり始めた。


 それをアデルは見逃さなかった。


 炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストールが切れるその直前、アデルがこれまで防御に徹していたスタイルから攻撃へと転じる。

 切れる直前、彼がとった行動は誰にも思いつかない奇策であった。大ぶりの攻撃を視界にとらえるとレイヴンの姿も露になり始めた。

 それが決定打となる。大ぶりの攻撃を刀で受けることなく体を捻って避けたのだ。それまですべての攻撃を打ち落としてきたアデルは初めてレイヴンの攻撃から体を逃がした。そして同時にエーテルを刀に集中させて地面に突き刺す。


「逆光剣!」


 まさかの奇策、それは逆光剣である。突如として目の前に猛烈な光が現れレイヴンの視界を奪ってしまう。

 目がくらみ何も見えなくなったレイヴンはアデルの殺気だけを頼りに攻撃を受けようとした。そこにギズーが動いた、ライフルを握りしめると弾丸を一発装填する。レバーに人差し指だけを掛けて前方に向けて銃身を放り投げる。

 その直後ひっかけていた人差し指を手前に引くとその反動で銃身が戻ってきて弾丸が装填される。戻ってきたライフルはそのままレイヴンへと銃口を向けてトリガーを引いた。

 発射された弾はレイヴンの右肩に直撃し骨ごと破壊する。そこにアデルは勝機を見出す。ふらりと倒れそうになる体に鞭を入れて炎帝に教わった剣聖結界とはまた別の技を発動させた。


循環再起動エーテルリブート


 一度放出され消費したエーテルがアデルの体の中に戻り始めた、そして再び髪の毛が真っ赤に染まり足元から炎が噴き出る。体にかかる負担は計り知れないがアデルは短時間の間にもう一度炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストールを発動させることに成功した。それは炎帝より授かった彼のとっておきの一つだった。

 静かに見守っていたシトラがとっさに援護しようと法術を練る、だが同時にレイもまた同じ法術を練り始める。アデルから口頭だけで伝えられた情報を元に構築される法術。


絶対零度アブソリュート・ゼロ」「絶対零度アブソリュート・ゼロ


 二人が同時に法術を唱えた、氷点下二百七十三度の空間を作り出し一瞬のうちに相手を凍らせる結界だったが両者の法術はその中央で激しくぶつかり合い相殺される。

 ぶつかり合う極限の温度は互いにぶつかると対消滅を起こした。その直後レイとガズルはシトラへと跳躍する。

 右肩を砕かれたレイヴンにはもう刀を握るだけの力が残されていなかった。視界もまだ戻っていないレイヴンは咆哮する。仕留めきれなかった自分の未熟さに嫌悪し自分より優れた戦闘センスを持つアデルに嫉妬した。

 しかしレイヴンは最後の悪あがきに出る。握ることも出来なくなった刀が右手から落ちるとそれを左手でキャッチする。

 逆手に握った刀をアデルが居るであろうその空間に向けて切り上げた。確かにそこにアデルは居た、しかしその攻撃をアデルは見切っていた。ギリギリの処で刃を避けると剣先が帽子に当たり二個目の切れ目を作った。

 ほんの数ミリの切込みがアデルの帽子に残りそれを手ごたえと勘違いしてしまう。アデルはその体制のまま刀を鞘から引き抜く。


「一つ!」


 本来であれば神速の抜刀術であるソレに以前のキレは無かった。だがどこから飛んでくるか分からない斬撃をレイヴンは交わすことが出来ずにいた。いくら殺気だけを頼りに攻撃を予測しようにも限度はある、レイヴンの予想をはるかに上回るアデルの行動がその勝敗を決めた。

 初太刀でレイヴンの右腕を切り飛ばし二段目で彼の左足に切り傷を負わした。アデル自身もこれには予想外の表情をする。確実に仕留めたと思った左足だったが僅かにレイヴンの刀によって防がれてしまっていた。


「三つ!」


 レイヴンもまた諦めていなかった。同じ技を使える彼もまたどこに攻撃が飛んでくるのかが予想できている。その結果が二段目の防御だった。ようやく視界が戻ってくると目の前のアデルに思わず驚愕する。

 短時間に二度目の炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストールを発動させることは出来ないとシトラからの報告にあったはずなのに目の前では確実にアデルが発動させている。これこそ彼最大の誤算だった。

 一度効果が切れれば無力になったアデルを仕留めるだけの仕事だった。

 それこそが間違いであると今となって気づく。利き腕ではない左腕でアデルの連続攻撃を捌いていく。四つ目も終わり五つ目に動作が移る。それさえ凌ぎ切れば反撃できる。そう確信していた。


「五つ!」


 一瞬視界が歪んだ、放出したエーテルを再度体内に取り込んでの極限に近い状態で発動させた炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストール。これ以上維持することが難しくなってきた。

 少しずつ少しずつアデルの体を炎帝が蝕み始めた。汚染される精神の中でアデルは見た、五段目に飛ばした斬撃の残像をその目で確かに見た。そして理解した。カルナック流最終奥義六幻の本当の正体を。


「防ぎ切ったぞアデル!」


 全ての斬撃を左手一本で捌ききったレイヴンは叫んだ、そこから先は来ない。まだ六幻は完成していないと知っていたのだ。しかしそれは間違いだと直ぐに訂正せざるえなかった。

 レイヴンはその瞳で見たのだ、六つの斬撃が自分に迫りくるのを。驚くことにアデルはこの戦闘の最中その神髄に気づいたのだ。六幻の神髄はスピードにあらず、一段目から繋がる怒涛の連続攻撃。

 その五段目に答えがあった。思い出してほしい、五段目は抜刀時に生じる衝撃波を斬撃と共に飛ばす攻撃だという事を。その薄れていく視界の中でアデルは飛ばした斬撃の後に微かに残る真空波を見た。

 既に五段目で音速を越えなければならなかった。

 その時に生じる真空波を刀で一つずつ拾い相手に叩きこむ。五か所で発生した真空波は刀で流れを作り円を描く。

 それが光となり斬撃に見えていたのだ。高速に回転しながら移動する真空波の中心は気圧が下がり高いところから低い処へ集まる習性を利用する。するとどうだろう。六つの衝撃波はそれぞれは中央へ集まりほぼ同時に相手へと突き刺さる。


六幻むげん


 最後に納刀すると斬撃音が遅れて聞こえた。六幻の向けられた先はレイヴンの心臓、二度とそれが動くことは無く、鼓動が聞こえることも無くなった。絶命したレイヴンはそのままアデルへと倒れてもたれ掛かる。


「あばよ剣帝、その名前俺が貰い受けるっ!」


 左肩を後ろに引くとそのままレイヴンの死体はずるりと地面に倒れた。

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