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第二十四話 メルリス・ミリアレンストは語る。 Ⅳ

「チキショウ、この化け物めっ!」

「あら、さっきも言ったでしょ? 女性に化け物だなんてずいぶんとひどい事を言うのね。それに私には化け物ともシトラって名前でもないのよ」


 謎の生き物は右手を前に突き出すとそこから再び冷風を放った。それにアデル達三人はもう一度吹き飛ばされて何度目かの壁に激突した。


「私は幻魔一族の『エルビー』、ちゃんと覚えておいてね坊や達」


 三人は驚愕した、おとぎ話で伝わる絶望と破壊の王。その一族だとエルビーはそう言った。二千年前に全滅させられたその一族の残党、その言葉を理解することが出来なかった。


「にわかには信じがたいけどなそんな話!」


 ギズーがうつ伏せのまま顔だけを向けてそう言った、それに対して首を横に振って否定しながらエルビーが答える。


「別に信じてもらわなくても結構よ、だって――」


 レイの元へとやってきたエルビーはメルの亡骸を右足で蹴とばし、レイの首を掴んでそのまま持ち上げる。


「どうせここで死ぬんだから!」


 ギリギリと締め上げられるレイの首、しかしレイはそれに対して無抵抗のまま両手をだらりと下げている。表情は苦しさで歪むが何も抵抗する事が無い、それを見たアデルが大声をだす。


「何やってんだレイ! しっかりしろ!」


 その声は届くことは無かった、無情にも締め上げられたその首。意識はある物まるで生きた屍の様にだらんとするレイの体。メルが死んだことで何が何だか分からない状態に陥っていた。


「やべぇぞ、レイの奴もう意識がっ!」


 ガズルが咄嗟に叫んだ、確かにレイの瞳からは光が消えている。それにすぐさまアデルが反応した、意識が無くなったのであれば切り札であるイゴールをレイ本人が呼ぶことは不可能。そして決断する。


厄災剣聖結界バスカヴィルインストール!」


 アデルが契約した名前を叫ぶ、するとレイの体から強大な障壁が展開される。あまりに突然の事にエルビーの腕はその障壁によって弾き飛ばされてしまった。持ち上げらえていたレイの体は地面に着地する事無く滞空し、その障壁を展開し続ける。ゆっくりと地面に降り立つと足元から真っ黒な炎が吹きあがる。


「遅いですよアデル君」


 ガズルとギズーな何が起きたのか全く分かっていない、そして耳を疑う。レイの透き通る声とは全く異なる太い声が聞こえてきたからだ。


「レイは?」

「相当のショックだったようで混乱していました、でも今はしっかりしてます」


 イゴールが前に出てきたことによってエーテルをリンクさせていたアデルにもエーテルが注ぎ込まれていく。強大なエーテルを受け取ったアデルは立ち上がるとイゴールの横に立つ。この時、イゴールのエーテルを通じてレイの意識がアデルの中へ入り込み何かを伝えていた。


「ふーん、炎の厄災ね。あの時消し去ったんじゃなかったのアデル君? それで、あなた達で私に敵うとでも思ってるのかしら?」


 イゴールはメルが握っていた霊剣を拾い上げるとそれを構える。アデルは右手に持つヤミガラスを納刀して戦闘態勢を解いた。


「何のつもり?」


 エルビーはその行動をみて首を傾げた、アデルの不可解な行動は後ろで倒れているガズルとギズーも理解できなかった。しかしアデルは別に戦意喪失していたわけではない。


「お前の相手は俺達じゃない」

「何を訳の分からないことを――」


 突如としてイゴールの姿が消えた、そして同時にエルビーの腹部に激痛が走った。霊剣が背中から突き刺さり腹部を貫通して突き抜けていた。


「っ!」


 霊剣を逆手に持ち替えてエルビーの体に突き刺しているレイの姿がそこにいた。怒りに身を任せ、イゴールの力を借りたまま自身では氷雪剣聖結界ヴォーパルインストールを発動させ二重に強化されたその戦闘力。炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストール時のアデルを軽く上回っていた。


「僕が相手だ!」


 霊剣を引き抜くとエルビーから距離を取る、すぐさま法術を詠唱し左手の平を地面に叩きつける。するとそこから魔法陣が多岐にわたり広がりレイとエルビーの二人を巨大な氷が包み込む。腹部の痛みは想像を絶するものなのだろう、距離を取った際に前のめりに倒れたエルビーは中々起き上がることが出来ずにいた。


「この、死にぞこないが!」


 困惑していた、強力な再生能力を持つエルビーは即座に回復させる為細胞を活性化しようとしたが貫かれた場所が壊死し始める。それは嘗て彼らを全滅にまで追い詰めた一族の姿を思い浮かばせる。


「まさか、そんな馬鹿な! 一人ならず二人も……こんなことがあってたまるもんですか、認めない、認めないぃ!」


 腹部を氷で覆うと勢いよく立ち上がりレイへと走り出す、右手に氷の槍を作り出してそれを投げつける。一直線に飛んでくる氷の槍を霊剣で弾きレイもまた走り出した。そして二人が交差する、


「あああああああぁぁぁぁぁ!」


 レイが叫びながら霊剣を振るいエルビーの体を上下に分割した、勝敗は既に決していた。あの時、レイの体の中にメルのエーテルが流れ込んだ瞬間感じた不思議なエレメント。

 そして莫大なエーテル量に一時的ではあるがレイは混乱し自我を失いそうになった。それを助けたのがイゴールである。流れてきたエーテルにレイ達の心象風景は書き換えられてしまう。同時に二人は感じ取った、それが人間とも魔族とも、ましてや彼等魔人とも異なる別の何かを。


 上下に分割されたエルビーの上半身は二転三転して地面に落ちた、意識はあるだろうがもう戦えるほどの力は残ってはいない。二人を覆う氷の結界が轟音と共に崩れるとレイの傍へアデル達三人が駆け寄ってくる。後ろを振り向きもだえ苦しむエルビーの姿をレイは確かに見た。


「認めない! 忌々しいカルバレイシスめ、貴様等さえ居なければ、貴様等さえっ!」


 地面を這いずりながら瑠璃へと近づくエルビー、静かにそれを見つめつつレイは左手に猛烈な冷気を集めだした。彼等から逃げる様に、また瑠璃の元へと急ぐように這うエルビーに向けて左手を開いたまま向ける。するとエルビーの周りから徐々に凍りだして彼女を包み込む、最後に手の平の上にエルビーが乗るように位置を合わせるとギュッと握りしめた。


絶対零度アブソリュート・ゼロ


 途轍もなく巨大な氷が生成される、瞬時にエルビーを氷の結界の中に閉じ込めると表面の氷が周囲の空気を冷やし結露を作る。それが凍って何層にも分厚い氷を作り出した。

 それに向けてギズーが右手に持っていたライフルで氷を撃ち抜く。すると氷に大きなヒビが入ってエルビーの体を粉々に破壊する。続けてガズルが重力球を投げつけて粉々になった体を一か所に集める。

 最後にアデルがその重力球の中へ炎を打ち込み体を焼き尽くした。そして重力球がはじけ飛ぶと中には何も残っていなかった。肉片すら残さないその連続攻撃にエルビーはこの世から消滅した。二度と再生する事無く。

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