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第44話 ヴァノンの能力

ヴァノンに連れられてやってきたのは閑静な大公園だ。

近代化が進む皇都の中にある数少ない緑が集う場所。

しかし、何十にも列を成して並べられたテントの数に思わず驚いた。


「あの…ここは?」


大勢の人々が行きかい、賑わっている。


「皇都で毎月開かれるストリートマーケットだ」

「なるほど。それでアンティーク調のカップやアクセサリー、絵画が敷物の上に置かれているのですね」

「それだけじゃないぞ。マルシェも出るし、クリエイターが自分の作品を売りにも来る。要はお祭りだな」

「へえ~。皇都はやっぱりどこでも華やかなんですね」

「シアはどこの田舎から来たんだ?」

「そういうのはプライバシー侵害です」

「俺の弟子になるって言ったよな?」

「それとこれとは別です」

「やれやれ…。関係性の構築には時間がかかりそうだな」

「で、そのストリートマーケットに赴いた理由は?」

「簡単だ。視えるだろ?」


促されて、敷物の上に置かれた品々に目を凝らせば、青色のオーラに纏われた額縁と赤色のオーラを放つ懐中時計が視界を捉える。


そう言えば、スカイドレイルが開催されている街でも似たような色を放つ髪飾りがあったわね。


「なんだか、光っている品物があります」

「優秀だな。それとこれをくれ」

「ありがとうございます。50ピドルになります」

「いや、この品なら15ピドルだ」

「20ピドル!」

「よし、買った」


ヴァノンは微笑み、色を放っている品物二つを定価よりも安い金額で自分の物にした。


「それらは聖装飾物なのですか?」

「正解であって違う」

「意味が分かりません」

「触ってみろ」


促されるまま、青い色をまとう額縁を触ると、青い砂が手についた。


「これは…」

「人が生まれながらに持つ運釜に収められた運砂と同じものだ」

「運釜は聖装飾物なのですね」

「その通り。運釜は調整師を必要としない聖装飾物だ。だが、誰もが運釜を認識するのは難しく、触れる事すらできない。運釜自体は運鬼を発生させる力もない」

「でも、私は…」

「そうだ。お前は他人の運釜の運を操作した。出来る人間は少ないだろう。だからこそ、体力と知力、体の負担も大きなものとなる。お前が倒れたのも当然の事だ」

「なるほど…」

「そして、さっき買った品は運釜と同様と言っていい。本来、調整師の力を必要としない。要は正常な状態だからだ」

「運鬼が発生していないからですか?」

「ああ。放っておいても問題はない品。本来、聖装飾物とは運鬼が宿った品の事を指すからだ。だが、これらもいずれ、発生する可能性がない事もない。そういう点では聖装飾物と呼んでもいいんだよ。実際、不運か幸運に傾くかは持ち主が有する運の尺度に左右するしな」

「つまり、不運に纏う人間に渡る前に回収すると言う事ですね」

「正解。こういった品はストリートマーケットによく売り出されている。でも、今回はいつもより多い。収穫日和だ」

「調整師は運鬼を消せば、終わりだと思っていました」

「意外と地味な仕事なんだ」

「まあ、そうですね」

「もう少し見てまわろう…待て!」

「はい?」


ヴァノンの気配が鋭くなったのに気づく。


何?

近くにいた少年が腕に抱えているクマのぬいぐるみに視線を向けている?

ヴァノンは少年とその母親らしき女性に声をかけて、数枚の金貨とぬいぐるみを交換した。


「いくぞ!」


ヴァノンはぬいぐるみを片手で掴み、茂みへと消えていく。


「待ってください」


その後に続けば、ぬいぐるみの周りに不運鬼がまとわりついているのに気づいた。


それも5体以上。


ヴァノンは人の気配がないのを確認して、でぬいぐるみを放り投げる。

すると、小さな集団だった不運鬼が一つにまとまり、巨大化しそうになった。


「ストリートマーケットに出品される品にしては、少々、厄介な品だな。後ろに下がってろ」


ヴァノンの瞳が赤く染まる。

始めてあった時と同じ色だわ。


手を差し出し、何かを祈るようなしぐさをするヴァノン。

その彼に鋭い視線を向ける不運鬼が彼の方へと走り出た。


「あぶない!」


叫んだのと同時に不運鬼は重たい何かに押しつぶされるように地面に羽交い絞めにされ、動けずにいる。


「悪かったな。お前達は俺の専門なんだ」


近づき、そっと彼らを撫でると不運鬼は姿を消えていく。


「今のは?」

「不運鬼を消滅させた」


抱えられたぬいぐるみは淡い赤色を放っていた。


「珍しいな。本物のエミストロートの作品に出くわすとは…」

「そのぬいぐるみ、天才装飾師が作ったんですか?」


そんな風に見えないけど…。


「彼の作品は幸運物よりも不運物の方が実は多いんだ」

「へえ~。天才なのに?」

「天才だからだよ。自分の個性を品に込める芸術肌の装飾師は文字通り、作り手の運の度合いで聖装飾物が持つ力は決まる。運鬼が住み着く適正な数は一匹か二匹程度だ。それ以上だと調整の対象となる。装飾師はその辺りの力量も試されるわけだが、エミストロートは依頼を受けて品物を作る職業装飾師だったと記録されている。運がどちらに転ぶかはその後の持ち主の考えや思考に影響される場合の方が大きいんだよ。で、その客っていうのがどいつもこいつも厄介な連中ばかりだったのか、エミストロートの作品は不運鬼の発生率が異常に高いんだ。一般人には伝説の装飾師扱いだが、調整師界隈だと彼は厄介な奴だと思っている人間も多いぞ」


「はあ…。そう言われましても、今までこの手の分野に興味の薄かった私に力説されても、ちょっと困ります」

「これから、覚えろ!」

「分かりました。でも、さすがですね。あんなに大きな不運鬼をあっさり処理されるなんて…」

「それは、まあ、得意だからな。不運物、不運鬼の対処は。何せ、俺の力は不運に干渉する力だから」


それはつまり…。


「シア。幸運に干渉するお前と対になる力だ。師匠としてこの上なくやりやすいだろ?」


不敵な笑みを浮かべるヴァノン。


それってやりにくいの間違いでは?


という感想は口には出さなかった。

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