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「ちょっ……ちょっと待って! え、オレの聞き間違い? 今、お前『召喚出来る』って言った相棒?」


「言った。聞き間違いじゃない」


「…………どう言うこと? え、それってそいつはヨモツド呼びたい放題ってこと?」


 今まで考えたこともなかったのだろう。


 イサリは完全に思考回路がすっ飛んでしまったようだった。


 そうだ、確かにナカツドはずっと『こちらからあちら側へのコンタクトは不可』としてイサリに必要な知識をつけているはずだ。


 そうでなければ、様々な根底が覆ってしまう。


「いや……普通は無理なんだ。それは後で詳しく説明する。城戸さん、そこの防犯カメラの記録ってさっきのとこで見れますか?」


 トキヤが指差したのは、ちょうどこのコインロッカーがきれいに収まるであろう位置に取りつけられている小さな防犯カメラだった。


「ええ、まあ……あれはうちがつけてるものですけ。もしかして犯人が映っとるんですか?」


「それは……確認してみないと解りませんけど、少なくとも多分獲物にされた人は映ってるんじゃないかと」


「解りました、じゃあ一旦戻りますか」


「トッキー、ここホントに何もしなくていいの? あの血塗れの鞄は只事じゃねえよ?」


「……あれは駅側にコインロッカーを封鎖させるための一回限りのトラップだ。昔からここではそんな事象が起こるのは、知ってる奴は知っている。城戸さん、実際あの投稿からすぐにここは使用禁止にしたでしょう?」


「ええ、勿論……お客様が大変な剣幕でもありましたし」


「あんまりにも強烈に残滓が残ってるけど、ここにいた赤ん坊そのものは別の場所に移されてる。だから何もしなくていい」


 本来なら貼紙だって剥がしてもらっても構わないくらいなのだが、これは事態が収束するまではこのままにしておいた方が無難だろう。


 ひとまず問題ない、と言う点については納得したのか踵を返したこちらに続きながらイサリは、


「赤ん坊…………って、その七十年もののユーレイ?」


「…………『幽霊』って言い方が正しいかどうかはともかく、死んでもエネルギー体としてこの世界に残る感情や意思ってものは存在する。お前の力だって科学でどうにかしてる訳じゃないだろ。と言うか、え、ヨモツドは何ともないくせにユーレイは怖いの? お前」


「だってユーレイは殴れないだろ!?」


「ヨモツドだって殴れないやつはいるよ」


「そうかも知んねえけど、それとこれとは別じゃん!!」


 オレはビックリとかドッキリとか突然! みたいなのが苦手なのであって怖い訳じゃない、としきりに述べられる口上は何のフォローにもなっていない。


 とりあえず今度そうは見えないキービジュアルのホラー映画でも勧めてやろう、と思いながらトキヤは城戸に続いて駅務室へと足を踏み入れた。


「お仕事中のところ申し訳ありません。少し隅お借りします」


「それはええ、別に構いませんけど……」


 残っていた中野は、戸惑い気味にこちらと城戸の顔を交互に見やっている。


 恐らく今まで防犯カメラを見せてくれ、などと言って来る神社関係者などいなかったのだろう。お祓いに何の関係があるのかと言わんばかりの怪訝な表情だ。


「004番を使用した方を確認したいだけです」


「はあ……」


 データを遡って一週間前から確認を始める。


 午前十時頃にやって来たのは、五十代くらいの男性だった。


 出張らしく、腕いっぱいに下げていた土産物の袋を預けている。品が売り切れてしまわない内に確保したかったのか、あれこれ悩む時間が帰りは取れないからか。見ている限りでは特に何らかの細工をした様子はない。


 そのまま仕事に向かったのか、一時間ほどして戻って来ると、またその全てを抱えて画面から消える。


 しばらく観ている間も、かなり隅っこに置かれているにもかかわらずコインロッカーの利用客はそこそこ多かった。入れ代わり立ち代わり、様々な人たちが荷物を預けに来る。


「よく考えたらさあ、これも『穴』なんじゃんね」


「……そうだな」


「004番アナグラは空いてなかっただろ? つまり、的になったヤツはここでは食われてないってことだよな?」


「多分、召喚条件がいくつかあるんだろうな」


「あ、来た! 来たぞトッキー! この人、絶対この人!」


 イサリが指差したのは、髪の長い三十前後の女性だった。


 確かに掲示板で見たのと同じ大きめのボストンバッグを抱えており、皆で見守る中004番の中へとそれを押し込む。


 先の男性が使った後はそこに誰も触れていない。


 そして、二時間後に彼女が再びその鍵を開けるまで触れた者も誰もいなかった。


 鞄を取り出すなり、その惨状を目にして荷物を放り投げる女性。多分音声がついていたならば、盛大な悲鳴が轟いていたことだろう。


 けれど、ハイブランドであったことも手伝って絶対に弁償してもらわねばと言う理性が戻るのも早かったのか、彼女はジャケットのポケットからスマフォを取り出すなり何枚かの写真をーー被害の現状を証拠として撮影した。


 そして、そのままボストンバッグを抱えるなり怒りに満ちた足取りで踵を返した。恐らくはこのまま駅務室に突撃して来たのだろう。


「うーむ……成程なあ。解んね」


「鍵を開けたのとほぼ同時に、一瞬だけロッカーが光った。勿論普通の人には見えないだろうけど、本当に取り出す直前まで鞄は無事だった訳だな」


「それ性格悪い罠だなあ……荷物預けてんだから、開けない訳には行かねえじゃんよ。ん……でも待てよ? 何でこの前のオッさんの時には術が発動しなくて、この人の鞄の時は血まみれになってんの?」


「……女性が使うことが条件なんだろう。多分、赤ん坊をそこに遺棄したのは女性ーー母親だ」


 トキヤの顔が僅かに苦いものを噛み潰したような色を浮かべる。


 まるで赤ん坊の憎しみを煽るように仕組まれたーーそう、イサリに言わせれば『性格の悪い』術式は、組んだ術士の思考を倫理観を忠実に再現していると言えた。


 最も、こうした『素材』を使おうと選択している時点で胸糞悪い輩であることは間違いなかったが。


 画面の中では、傍らで業務を行いながらもちらちらとこちらを気にするように視線を送って来る中野が、ラミネートの貼紙を片手に走って来るところであった。


 女性が画面から消えてから十五分ほど、迅速過ぎるとも言える過剰な対応ではあったが、成程あの剣幕と積み重ねて来た嫌な経験があればこうなるのも致し方ないのかもしれない。


 ふいに、スン、とイサリが鼻を鳴らした。


「どうした……?」


「いや……何もない」


 そこからはしばらく早送りで画像を流す。


 デカデカと貼られた『使用禁止』の文字を興味深く眺めたり、連れ合いと指差して会話をする者はいたものの、これと言って怪しい素振りをする輩はいない。


 そして、本日から三日前の午前二時過ぎ。


 一人の男が辺りをキョロキョロと見渡しながら、コインロッカーへと近づいて来た。


 それまでもこんな時間であっても酔客がヘロヘロしながら荷物を取り出したりすることはあったが、何せ手ぶらの彼は今まで画像内に登場していない・・・・・・・・・・・


「こいつだ」


「ああ、間違いない」


 ハノと同じくらいの歳だろうか? その割には服装が随分と若いように思えるが、それはともかくとして。


 男は戸惑い気味ながらも素早く004番のロッカーを開けた。


 一瞬驚いたように中を眺めたものの、素早く手を伸ばして何かを掴むとあっと言う間に踵を返す。


「五秒戻して! そのまま停止!」


「は、はい!」


「これでっかく出来る?」


「ええ……? いえ、そんなには」


「ブラウザ自体拡大してください……ああ、やっぱりぼやけるな」


 元々がそれほど鮮明な画像ではない。


 ナカツドの解析班へ送ればもう少しマシか、とトキヤがマフツノバンジョウの盤面をタップした時、画面を食い入るように見つめていたイサリがポツリと呟いた。


「……お守りだ」


「お守り?」


 意外な単語に思わず眉根を寄せたトキヤに構わず、唐突に振り向いたイサリは机についていた中野の手をおもむろに掴み上げた。


 スン、と再び鼻が鳴る。


「ひ……っ!?」


「おい、カガヤ! やめろ、何してる」


「入れたのお前だよな?」


「何?」


「ロッカーにお守り入れたの、お前だよな? さっきからヤな臭いすると思ってたんだよ」


 じろりと睨みつけられて、中野は顔面蒼白だった。


 けれど、確かに彼ならば貼紙をした時に中へ何かを仕込むことは可能だ。背を向けての作業中、その全てがカメラに収まっている訳ではない。


「も…………申し訳ありません!! 罰ゲームだったんです!」


「罰ゲーム……?」


 がばーっとその場に土下座した中野は、もう隠しきれないと観念したのか素直に洗いざらいを白状した。


 オンラインの麻雀対戦で賭けを行っていたこと、大幅な負けが込んだものの支払える限度額を超えていたこと、それをチャラにする代わりにお守りを仕込むように命じられたことーー


「俺たちは貴方が違法行為をしていようとどうしようと、逮捕する権限はありません。ただ、その何気ない行いによって、恐らく人が一人亡くなったであろうことは胸に留め置いてください」


「…………はい」


 がっくりと肩を落とす中野を一瞥して、ご協力ありがとうございましたと挨拶するとトキヤはイサリを促して駅務室を出た。


「トッキー、他の防犯カメラ見なくていいのかよ」


「駅内のはもういい。近隣の街頭分を当たって、あいつがどこに行ったかを考えないと……」


「OK、じゃあ手分けして……」


 けれどそれぞれ駆け出そうとするよりも早く、駅前の大通りを駆け抜けるパトカーのサイレンが、言葉の続きを切り裂いた。


『開けてください、緊急車両通ります!』


 嫌な予感と言うものは、どうしてこうもよく当たるのだろう。


「カガヤ、パトカー追うぞ!」


了解りょーかい!!」


 停めていたパーキングの精算機にコインを押し込むのももどかしく、二人は全速力でパトカーの背中を追いかけた。


→続く

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