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終章 そして新しい日常へ

第1話「繋がらない」

「――てっきり、あちきとご主人を薬の実験体として扱ってくれると思ってたにゃしよ」

「そうしようかと考えていたことがあるのは否定しないよ、真紀奈」


 今回の顛末について話に来てみれば、どことなく不満気な真紀奈に小さく鼻を鳴らされた。


「無理やりにでも薬を使用する状況に追い込まれてた方が良かったか?」

「……少しだけそう思わなくもにゃいにゃしよ。けど、あちきが不満なのはそこじゃにゃい」


 じゃあ何に不満なんだと目で聞いてみれば、これ見よがしに大きなため息をついた後、すすっと音もなく近寄って来て。


「もっと落ち込んでおけって話にゃしよっ!」

「あだっ!? あだだだ!?」


 尖った爪でチクチクと胸元を突いて来た、割と普通に痛い。


「ご主人とおまけにあちきが慰められないにゃしっ! もっと仁は乙女心をわかれにゃっ!」

「いたいっ! いたいって!? いやなにかわからねぇけど悪かったって!?」


 理不尽極まるぞこれは。

 こんなのが乙女心なんだとしたらわかりたくねぇっての。


「はぁ。まぁいいにゃ、こういうところを仁に期待するのは無駄だって知ってたにゃし」

「……知ってたならやめろって言いたいんだけど」

「何かいったにゃ?」

「いえ、何も」


 成長した、強くなったとか言われてるけどさ、なんだかむしろ弱くなったというか、女の人に頭が上がらなくなったというか……はぁ。


「で? 後ろの二人は? お薬の成果をお披露目ってわけじゃにゃいにゃ?」

「あ、あぁ。協力者、って言えばいいのかな。真紀奈と一緒に動いてもらおうと思って」


 呆気に取られていたのか、連れてきた二人は振り返って紹介するまで目を丸くしていた。

 気持ちはわかる、だけにごめんなさいって感じだよね。


「わかったにゃ……と言っても、ともちゃんたちにしてもそうにゃしが現時点で動けることは多くにゃいにゃしよ」

「というと?」


 聞き返してみれば真紀奈は元々座っていた場所に戻った後、真剣な顔をして。


「仁を手伝う理由はあるにゃしが、動ける理由がにゃいにゃ。動物誘拐事件から始まったとあちきは認識してるにゃしが、その大本となり得る存在か人物の行方がつかめてにゃい。あちき……たちが動くとしたら少し強硬的な動きににゃる。にゃら、後ろ盾の確立がないと難しいにゃしよ」


 少し難しい話になった。

 真紀奈の言いたいことはわかる、裏から動くにしても相手は向田組だ何処かで明るい場所でのやり取りがあると予想できる。


 それだけに、明るみになった時の正当性がないとただの犯罪者になってしまうということだろう。


「黒雨会、は流石に難しいもんな。メディレインじゃ弱いか」

「持っている力はすごいと思うにゃしが……周りとの関係性、新興組織にゃしからね。組織ごと潰されかねにゃいにゃ」


 難しい顔をしながら真紀奈と頭を捻り合う。


 つまるところ、向田組とやり合うには表社会での力がまだまだ弱いということで、力量差を覆す何かがないと動きにくいということ。

 裏だけで済ませられるように動くのも不可能じゃないだろうが、どうしたって物を動かすスピードは向田組の背を見ることになってしまうだろう。


 あるいは。


「それらを無視できるほどの強い理由が出来れば、だね」

「……ま、そっちの方が幾分か現実的だろうな」


 話を聞くに留めていた二人が言う。


「おまえら。言ってる意味、わかってるにゃしか?」

「わかってなけりゃ口を挟まねぇっての」

「真紀奈、さん? キミの胆力とでも言うのか裏に生きるものとして劣るものはないんだろうが……あまり、うちのボスを甘やかしてくれたら困るというものだよ」


 甘やかす、か。

 ちらりと真紀奈を見てみれば、二人をにらんでいた眼力を引っ込めて、バツが悪そうにそっぽを向いた。


「ゴリ押ししかねぇぜ、ボス。早く動きたいと考えるのなら、だがな」

「うん、私もそう考えるよ。急ぐ理由は薄くなったとはいえ、無くなったわけじゃないんだろう?」

「……」


 確かに、素子は目を覚ました。生命維持活動という点で焦る必要はもうない。

 俺の事だけか、それとも記憶の一部がごっそり無くなっているのかはまだわからないにしても、欠落したまま日々を過ごしてしまえば記憶は積み重なる。


 時間が経てば経つほど、思い出して欲しいことが思い出しにくくなるとは、医者からも言われたことだ。


「はぁ……わかった、わかったにゃしよ。改めて、あちきの考えを言うにゃ」

「……ん。頼む」


 なるほど甘やかしとはこのことか。

 真紀奈は露骨にしょうがないという顔をしながらため息をついて。


「非治安区域に突入できるようにするにゃ」


 それしかないと言わんばかりに断言した。


「もうそこしかにゃい、っていうのもあるにゃしがにゃ。簡単に手を出せない場所にメスを入れられるようににゃる……この態勢を獲得するしかにゃいにゃ」


 多分、皆がそう思っていたとは思う。

 もちろん俺自身もそうだ、最初の仕事だった鳴の捜索で感じた何かはいまだに晴れていないのだから。


「簡単じゃにゃいのは十分わかってるにゃしが――」

「いや、何とかしよう。する他にないってのが正しいけれど、うん。真紀奈の言う通りだからな」


 簡単に、じゃあないけれど。

 メディレインが立ち上がったことで、対稀人に関しての動きは取りやすい。

 なら、非治安区域、収監されている稀人の健康状態をって話で通せるか? 鳴に頼んで政界からの力添えか横やり防止を図るのも必要か……なんて。


「流石にわかんないって」

「にゃ?」

「いや、素人の浅知恵は笑い話すら作れないってな。ちょっと待ってくれ、一回相だ――ん?」


 鳴へと電話をと思って取り出したスマホのディスプレイには不在着信履歴が一つ。


「先生?」


 なんだろうと思って先にかけてみるけれど。


「仁?」

「この電話番号は現在使われておりません?」


 どういう、ことだ?

 着信履歴はつい10分ほど前のものだ、当たり前に10分前までこの電話番号は生きていたということ。

 電波が届かないとかならわかるけれども、この自動音声が流れるってことは10分の間に携帯電話の契約を解除したってことだ。


 ……なんだろう、嫌な予感がする。


「真紀奈」

「……タカミのマレビトムラへ行って来たらいいにゃしね?」

「頼む」

「りょーかいにゃっ! そこの二人も着いてこいにゃ」


 バタバタとマンションから出ていく三人を見送って。

 真紀奈に任せておけば安心には違いないが、嫌な予感はこれだけじゃないと言わんばかりにぞわぞわと背筋を這いまわっている。


「……鳴」


 何故か震えている指でさっきかけようとしていた相手へとコールをかけるが。


 ――この電話はただいま電波の無いところ――。


「鳴っ!!」


 そこが我慢の限界で。

 気づけば俺もマンションから駆け出していた。

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