目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

四章 閑話

「出雲 鳴」②

 病院からの帰り道。

 一つ、言えることがあるのなら。


「鳴、ありがとうな」

「も、もういいから、わ、わかったから」


 仁は本当に強くなった上に格好良くなったということだけ。


「そっか」

「そう、そうよ。だから、ほんとにもうやめて? わたし、ほんと取り乱しただけだし、むしろごめんなさいっていうか……あぁもうっ! とにかくおしまい! いいわね!?」


 自分で言った通り、あの病室でしたことなんて醜態を晒したってなもので、間違ってもありがとうと言われるようなものじゃない。


 実際、冷静になったときやってきた感情はやってしまったという後悔の念ばかりだった。

 なんでわたしがキレるんだ、お門違いにもほどがある。むしろここは取り乱した仁を慰めたり元気にさせることこそが役目だろうなんて。


「……」


 ちらりと横顔を伺えば、うん。

 涼しげな顔をしているけれど、虚勢を張ってるとわかる。

 この虚勢は誰の為に張っているのかも、わかる。


「ねぇ」

「うん?」


 強がらなくていいのにと、個人的には思う。

 少なくともわたしの前では弱音を零して欲しい……なんて思うのはわがままか。


「なんでもないわ」

「そっか」


 格好良くなった仁に反して、わたしは随分と弱くなったと思う。

 あるいは女になってしまっているとでも言うのだろうか? 仁に対して抱いている好意はもう自分を誤魔化せなくなっている。


「……一つ、確信してるのよ」

「なんでもないんじゃなかったのか?」

「うっさいわね。乙女心は複雑なのよ」

「はいはい」


 そうよ、乙女心は複雑なのよ。

 自分に乙女なんて部分があったことこそが一番複雑だけれども、それでもだ。


「きっと、あんたは素子さんを元通りにするわ」

「……あぁ」


 仁はヒーローだ。

 誰にとってなのかはわからない。少なくともわたしにとって彼はこの上ない主人公でヒーローだから。


「わたし、漫画だなんだ……サブカルチャーが好きだけどね?」

「特殊なって言葉が必要じゃねぇ?」

「それこそうっさい。まぁそう、だけど。好きな物語は全部ね、ハッピーエンドで終わるものなのよ」

「ハッピーエンド、ね」


 大団円で終わってこそだと思う。


 わたしも、仁も、智美も、きっとあの日比谷って稀人も。

 暗い感情を胸に秘めているんだろう、もしかしたらバッドエンドか、どれだけ良くてもメリーバッドな結末にしか届かないような何かがあるのかもしれない。


 だけど、それでも。

 そう、だからこそ。


「終わらせなさい。アンタの物語は、わたしの物語でもあるから」

「……」


 好きになりたいは、もう違う。

 わたしは仁が、弱いくせに強くなろうとして、何度も何度も壁にぶつかっても諦めない仁が、大好きだから。


「ハッピーエンドで終わるべきなのよ」


 あなたの紡ぐ物語は、幸せに彩られるべきである。


 傲慢に、わがままに、そうあるべきだと言い切れば。


「任せとけ」

「んっ!」


 仁は小さくも強く、頷いてくれた。




 ある意味気がかりが無くなったとも言えるのかもしれない。

 仁の目標であり目的である素子さんの目を覚ますって言うのは一部達成された。

 その上で、大筋から見てもどうしたってぶつかることになるだろう向田組だ、それだけに集中できる態勢を取れるようになったのは素直に喜ぶべきなんでしょうね。


「――許しませんわ……!」

「落ち着きなさいっての」


 まぁ、経過報告を受けて燃えに燃えている智美はどうかと思うのだけれども。


「鳴様っ!? あ、あなたはっ!!」

「言うまでもなく怒ってるっての。けど、怒るだけじゃ話は進まないでしょ」

「む、ぐ……」


 今は動くスピードを加速させるべきだ。

 その認識は智美だってある。だからこそこんな言葉一つで落ち着こうと努めることができる。


「鳴さん?」

「え、あ、はい。どうしましたか日比谷さん」

「初音で結構です。それはともあれ……ちょっと向田組と戦争して参りますね?」

「わたしに言わないで下さい……そしてどうか落ち着いて下さい……」


 目に見えて怒ってる智美と、目に見えないけれど激オコもいいところな日比谷――もとい初音さんに頭が痛くなる。


 他人に言えたことじゃないけれど、ちょっと周りにいる女の人は仁の事が好きすぎて困るわね。


「失礼いたしました。それで、旦那様は?」

「……今は旦那様呼びをスルーしますけど、後で覚えておいてくださいね?」

「今認めたのならずっと認めさせますね?」

「喧嘩を買ってる場合じゃないくらいわたしにもわかりますし、向け場の無いムカつきをどうにかしたいのもわかりますから放置させてくださいって」


 ほんとにこの人が黒雨会のボスなのかしら? いやうん、記者会見は仁と一緒に見てたし知ってるんだけども……はぁ、ギャップが酷いわ。


「ともかく、ですが。仁は今あの二人を連れて他の協力者? へと繋ぎに出ています。その間メディレインと黒雨会で動けることを模索しておいてくれって頼まれてますよ。夕方には帰ってくるって話です」


 協力者って言うのが誰なのかはわからないけれど、仁が信用できるっていう人なら問題ないでしょう。


 仁の伝言をようやく伝えられたら、二人は多少冷静に……というか、役割を思い出せたかのように考え込み始めた。


「――メディレインとしては、第一に素子さんへ医療的アプローチの継続でしょうか。改良して薬剤による再アプローチを視野に入れるのならば結果的な実験体扱いとなってしまいますが」

「事実として最終治験を行った二人は問題なく回復しています。改良が改悪に繋がりかねませんし、難しいかと」

「……です、わね。あなたに言われるのは癪ですが。であるのなら、健康診断や稀人への優先医療でのデータ収集の強化といったところですわね」

「それでよろしいかと」


 相変わらず相性が悪いのか、火花を散らしながらだけど言っていることは間違ってないあたりがなぁ。


「黒雨会の動きは如何ですの?」

「向田組とやり合う、という部分で協力体制は取れるようにしています。コトが動くまでは動けませんが、動けばすぐに合わせる事はできます」

「……随分と慎ましいことですわね」

「慎ましさは女に必須ですから」


 あー……やだやだこの二人揃うとやっぱり居心地悪いわ……。

 まぁ、そう言って離れられるのならいいんだけどねぇ……。


「日々――初音さんが最大限仁に寄り添う動きをしてくれてるわ。智美も、わかってるでしょう?」

「……いけずですわ」

「はいはい。というかむしろ我慢してくれてるってこともわかってるでしょ? いけずでも何でもないわよこんなの」


 そうだ、初音さんは恐らく我慢してこの程度の動きに留めてくれている。

 女としてか仲間としてかはわからないけれど、もっともっと仁の力になりたいなんて雰囲気があるもの。


「……なるほど」

「はい? どうしました?」

「いえ。一番の強敵は素子さんなのでしょうが……次いでか並んでか、あなたも大概強敵だな、と」

「な、何の話ですか、もう」


 含んだような目で敵認定されてしまった、どうしよう。

 い、いやそういうことで悩んでる場合じゃないわよね、うん。


「いえ、失礼しました。いずれにしても大きくなるか今の規模を維持したままかはわかりませんが、この争いに決着をつける場を用意しなければなりません」

「場を整えることがこれからの目標、ということですわね?」

「はい。メディレインにしても、私たち黒雨会にしても。それ以外に出来る事は多くありません。動きがあったときに動けるようにする、それが最善でしょう」


 智美と初音さんが頷き合う。

 やっぱりこういう先見性みたいなものはわたしにはないから少し羨ましいし憧れる。


 なら、そう。

 私はどうするか。

 それが問題、なのよねぇ。




「ご主人は、もう少し積極的に行くべき、だと思うぞ」

「然り、ダ。群れの長を射止めたいと願うなラ。あぴーる? とやらをするべき」

「……アドバイスありがと。でもあなたたち今日の晩御飯は抜きね」


 カイルと新選組の散歩中、我ながら何を考えているのかカイルとイサミに相談すればそんな返事が返ってきた。

 わたしに何ができるかな? っていう答えにアピールしろってどういうことよ……これでも頑張ってるわよ……。


「じゃなくて」

「うン?」

「ご主人?」

「な、なんでもないわよ」


 頼もしい二人に違いないけれど、わんちゃんに相談するわたしがどうよって話か。


「そうじゃなイ」

「……これは」

「え?」


 どうにも見当違いをしていたようで、カイルたちの視線を追ってみれば。


「久しぶり……というほど親しい間柄でもなかったね? 最近はどうだい? 出雲鳴、さん?」

「……あなたは」


 いつか頼ったことがある、見た目だけなら完全に女の子の、稀人がいた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?