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第24話 クラスメイトと海に来た


  三日月町には海がある。


 夏休みに突入すると、地元の人達を始め、帰省でやってくる人も含め、結構な賑わいを見せるそうだ。


 夏休みに入った頃、そんな話を聞かされていた。

 そして、夏休みに入って一週間ほど経った頃、クラスメイトに誘われて俺はその海へとやってきていた。


 話に聞いていたとおり、海は結構な人で溢れかえっていた。この町にこんなに人がいたのかと感心させられる反面、その多さに酔いそうになる。この町に来てから、人混みに揉まれるということがなかったからな。


「楽しみだな、海」


 一足早く水着に着替えた男子勢は俺を含め、パラソルやシートを設置する。

 クラスメイトの鈴木が弾んだ声でそう言うと、クラスメイトがそれに応える。


「企画者ナイスだわ」


「うちのクラス、女子のレベル高いもんな」


「水着姿が待ち遠しいぜ」


 もちろん、全員が参加しているわけじゃない。

 うちのクラスは比較的全員が仲良い方だけれど、それでも用事があったり乗り気じゃなかったりすることはある。


 例えば、五十嵐もその一人だ。


『女子の水着には興味があるが、生憎そんなものにうつつを抜かしている暇はないのでな。俺の分まで存分に眺めてきてくれ』


 などと言っていた。

 きっと、今日も俺の知らないところで様々な活動をしているのだろう。


 そして、双葉もまた、不参加の一人だ。


『もちろん、参加するつもりはないわ』


 いつものクールな調子で彼女はそんなことを言った。

 また魔女の活動をするのだろうか、と思ったのだけれど。


『クラスの男子に水着を見られるなんてごめんよ。恥ずかしいじゃない』


 顔を赤らめ、双葉はそう口にした。

 なんというか、彼女も普通の女の子なんだなと改めて思わされた。


 双葉は魔女の呪いをその身に受け、彼女なりに苦労して生きてきた。そのせいで様々なものを犠牲にしてもいる。クラスの連中と関わらないようにしているのも、それが関係していると言っていた。


 もし、双葉が普通の女の子だったのならば。

 俺達はもっと普通に接することができていたのだろうか。


 いや。


 別に今でも、俺と彼女は普通に接している。


 それは確かだ。


 俺にできることはこれからも双葉と普通に接すること。

 そして、魔女の呪いから彼女を解放する方法を見つけ出すことだ。


「おまたせーっ!」


 そんなことを考えていると、こちらに向かって駆け寄ってくる女子が一人。

 男子共が期待を胸に振り返る。俺もそれに続く。


「ごめんね、準備させちゃって」


 少し息を切らして、玲奈が俺の前までやってくる。

 息を整えるためか、手を膝について。すうはあと深呼吸する。


 そのせいで玲奈の胸元が嫌でも強調され、俺の視線は抵抗虚しくそこへ吸い寄せられていく。

 双葉に比べると、少し控えめな大きさではあるけれど、それでも細い体と相まってスタイルはよく見える。水色のビキニには上下ともにフリルがついていて可愛らしい。白い肌を少しでも守ろうとラッシュガードを羽織ってはいるが、前のチャックが開いているので胸元はしっかりと拝むことができる。


 クラスの男子連中がここぞとばかりに集まってくる。


「いや、全然。他の女子は?」


「もうすぐ来ると思うよ。あ、ほら」


 呼吸を整えた玲奈は背中を伸ばす。

 そして、女子更衣室の方を向いたところで、そちらから女子が数人歩いてきていた。


 男子の興味は早くもそちらに向けられる。こいつら、なんて現金なんだ。

 わあーと玲奈の水着姿を拝んだ男子連中はやってくる女子の方へ向かい、ここには俺と玲奈だけが残された。


「……紘くんは行かなくていいの?」


 少し呆れた感じの声色。

 男子ってやつはほんと馬鹿だぜ、みたいに思ってるんだろうなあ。


「まあ、あんなに急がなくても拝めるしな」


「……やっぱり、みんなの水着に興味あるんだ」


「男子なんてそんなもんだよ」


 むう、と玲奈は頬を膨らませた。


「わたしの水着はどうかな。新しく買ったんだけど」


「ああ、えっと」


 なんて言えばいいんだろう。

 女子を面と向かって褒めるのって照れるんだよな。


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻きながら答える。


「可愛いと思うぞ。今日いる女子の中でも一番だ」


 ちら、とやってきた女子を見てから、改めて玲奈を見る。

 これはお世辞ではない。本心だ。


 確かに玲奈よりも胸が大きい女子はいる。玲奈よりも細い女の子もいる。けれども、やっぱり玲奈が一番魅力的だと感じた。


「今日いる女子の中で、か……」


 玲奈がぽそりと呟いた。

 内容はしっかりと聞き取ることが出来なかった。


「なにか言ったか?」


「んーん、嬉しいなって」


「そんな顔はしてなかったような」


 どちらかと言うと陰っていたような気もする。

 しかし、それをここでツッコんだところで、玲奈はきっと認めないだろうからここはそういうことにしておいた方がいいのだろう。


 何となく変な空気になったので、それを変える意味でも話題を切り替えることにした。


「玲奈は毎年来るのか?」


「そうだね。近いし、誘われるからなんだかんだ毎年来てるかも」


 そりゃこれだけ近けりゃとりあえずって気持ちで来るもんか。

 都会の人達が喫茶店でお茶するくらいの感覚で、ここの人達は海で焼きそばを食うのかもしれない。


「紘くんは?」


「俺は、随分久しぶりだな。子供の時以来か」


 具体的にいつだったかは覚えていないけど、小学校を卒業してからは少なくとも海には訪れていない。学校行事では機会がなかったし、夏休みとかもいろいろ忙しくてチャンスを逃した。


「泳げるの?」


「それは大丈夫」


 だと思う。

 子供の頃は泳げたし、さすがに泳ぎ方を忘れているようなことはないはずだ。


「それじゃあ、女子に夢中な男子は放っておいて泳ぎに行こ?」


「ああ。そうだな」


 俺の手を引いて走り出す玲奈。

 俺も置いていかれないようについていく。


 海に足を踏み入れると、一瞬、その冷たさに驚くけれどすぐに慣れる。砂浜とはまた違った足裏の感触には違和感を覚える。波打ち際に立っていると、波が足元の砂をさらっていく。変な感じだ。


「わぁ、冷たいっ」


 ぱしゃぱしゃと楽しそうに足を動かす玲奈がこっちを向いて、にいっと笑う。


「ほらっ!」


 彼女は手で海水を掬ってこちらに放ってくる。

 上半身にかかった水は冷たくて体がびくっと反応してしまう。しかし、太陽が照らす暑さもあって心地よくも感じた。


「冷たッ。お返しだ!」


 俺は同じように水を掬って彼女に返す。

 玲奈は手で自分を守るようにガードしたけど、そんなものお構いなしに俺の放った水は彼女を襲う。「わあっ」と口では驚きつつも、彼女はどこまでも楽しそうだ。


 そんな感じでしばし、玲奈と海を楽しむ。

 こういう普通の夏休みを過ごすのは初めてだった。


 きっと、これが俺の望んだ世界で。全部を捨ててここに来たおかげで手に入れたもので。


「あれってもしかして上村ヒロじゃない?」


 しかし。

 そのとき、そんな声が耳に入る。


 ざわざわと周りは騒がしいというのに、どうしてかそういう情報だけはしっかりと聞き分けることができた。

 田舎町だったからか、俺が少し有名だと知っている人はいなかった。もしかしたらいるかもしれないけど、少なくとも声をかけてくることはなかったから、油断していた。


 こうして人の多い場所、しかも都会の方から足を運んでいる人がいるような場所ならば、俺の顔を見て気づく人だっているかもしれないのだ。


「そうか? 似てるだけじゃね?」


「いや、あれは絶対そうだよ。見間違えるはずないもん」


 どうしよう。

 騒ぎになると面倒だ。


「どうしたの、紘くん?」


 俺が考えをまとめていると、隣にいた玲奈が心配そうに首を傾げていた。

 俺はもう一度、声の方をちらと見て、そして玲奈を向き直る。


「いや、なんでもない。みんなのところに戻ろうぜ」


 木を隠すなら森というように、人を隠すならば人混みに紛れればいい。

 幸い、まだ確信を持っているわけじゃなさそうなので、これ以上見られることがなければ正体がバレることもきっとないだろう。


 俺はそんなことを考えながら、クラスメイトが集まる場所へ戻っていった。


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