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7.-⑤


「つまりは、それだけパンコンガン鉱石ってのは、でかい存在ってことなんだよな」

 この夏期の間、静かに溶け続け、ほんの僅かな苔の様な植物がうっすらと覆う大地に腰を降ろし、BPはつぶやく。前方には、きらきらと、それでも少しは強さを増している恒星光を浴びる搬送船が見えている。


「なにムズカしいこと言ってんの」


 相棒が不意に近づいて、彼の横にやはりべったりと腰を降ろした。


「んでも、よーやく離れられるんだな。オレ達の幸運に乾杯ってトコだね」

「幸運ね」

「あ、オマエ、その口調はオレのこと馬鹿にしてる?」

「や、別に?」

「ふーん。ま、いいんだいいんだ。別にさー」

「おいおい別に俺何も言ってない」


 そしてリタリットは、立ち上がると、ぱんぱん、と服のほこりをはたいた。



「あ」


 「不時着」した、首府からは遠く離れた場所で、扉を開けた時、彼らは思わず空に手をかざしていた。


「雨…… だ」


 誰からともなく、そんな声が上がる。

 あの流刑惑星とは桁違いにまぶしい空が、そこにはあった。曇っていたとしても、その雲の間から雨が落ちていたとしても、その空の明るさは、彼らが居た惑星とは比べものにはならなかった。

 帰ってきたのだ、ということを、一粒の雨が一瞬にして実感させる。

 子供の様にはしゃぎながら、彼らは扉から走り出していた。

 そしてそのまま、林の中へと入って行く。

 一方彼ら全員を降ろした船は、これ以上関わり合うのはごめんだ、とばかりに扉を閉めると、そのまま少しばかりの位置の移動を始めた。お互い、挨拶も、何も無い。

 それでいい、とBPは思う。彼もまた、久しぶりの雨が、水が頬を流れる感触を楽しんでいた。

 しかしそれにしても暑い、と彼は思う。彼らの服は、何だかんだ言っても、冬、しかも極寒の地の仕様だった。

 ふと気が付くと、上着と言わず、中着と言わず脱ぎ捨てている自分がそこには居た。

 自分だけではない。飛び込んだ林の、木々に服を引っかけて、元囚人の彼らは、皆それぞれ、着ているものを脱ぎだしていた。

 彼もまた、上半身は、下着一枚になっていた。

 ズボンには、当座の資金のための宝石の原石が、自分の分け前の分だけ入っている。そう多くは無い。ポケットに入れて、持ち歩きに不便ではない程度だ。だが原石自体の質がいいので、資金にするには充分な量だった。

 彼らはいったんここで解散する予定となっていた。このまま、それぞれの分け前の宝石を金に替えて、自分自身だけで新しく生きていくもよし、再会して反乱軍の道を選ぶもよし。それはそれぞれの意志に任された。

 次第に強くなる雨に負けないくらいの声を張り上げて、ヘッドは言う。


「もしこの先、共に組んで政府なり何なりへの反乱の道を選ぶ者だけ、ここに残ってくれ。強制はしない。決してそれは平坦な道ではないと思うから。だが一度この場から完全に立ち去る様に」


「参加する者は、夜になる前に、ここにまた集まってくれ。正確な時間が判る訳じゃないから、ある程度の余裕は取る。それまでに、雨が止めばいいな」


 締めくくるヘッドの言葉に、彼らは揃ってうなづいた。

 確かに久しぶりの雨は心地よいものではあったし、この「不時着」した場所は亜熱帯と言ってもいい様な湿気と温度を保っている場所である。それまで彼らが居た場所の平均気温と、おそらくは60℃もの差がある場所だった。

 だからと言って、降り続ける雨は、体温を奪う。そう長い間居続けると体力をも奪う。BPは一度その場を離れると、とりあえずは雨の防げる大きな樹の下へと入った。

 前方の樹のかげを、相棒が横切って行った。何処へ行くんだ、と彼は大声で相棒を呼んだ。

 すると相棒は、負けず劣らずの大声を返す。


「この先に、水の流れる音がしたんだ!」

「あまり水に浸かってると、体力を消耗するぞ!」

「オレは、風呂に入りたいの!」


 あ、と彼は声を立てた。

 そうだ、あの時。

 彼は樹の下から飛び出していた。そしてややぬかるみつつある地面を、器用に走って行くリタリットの後を追った。

 確かに相棒の足は器用だった。それは慣れた足取りだった。

 自分はこんな場所には慣れていない、ということをBPは痛感する。飛ぶように相棒は駈けて行き、自分はその後を、靴の底に詰まり出す泥を気にしながら走らなくてはならない。


「待てよ」


 彼は思わずそう口にしていた。だが相棒の耳には届かないらしい。振り向きもしない。


「待てよ!」


 林の間、草の間、至るところで水が自分の身体にまとわりつくのを感じる。懐かしいどころの騒ぎではない。


「おいリタ!」


 声を投げる。だが振り向かない。

 一体奴は何を洗い落としたいのだろう。

 彼の中でそんな疑問が芽を吹き出す。ずっと胸の中にはあったのに、成長させるのを止めていた疑問。

 雨のせいだろうか、と彼は思う。乾いていた胸の中に、大量の水がいきなり押し寄せてきたから。


「おい……」


 いきなり、林が途切れた。呼吸を整えながら彼はゆっくりと足を進めていく。


「川…… だ」


 思わずそう声に出していた。川、というにはひどく小さい。だが水は溜まって、そして流れている。

 流れて…… 何処へ?

 彼は流れをたどった。今にもすべりそうな、ずるずるとした泥の斜面を、草を寄せて踏みながら、たどたどしい足取りで降りていく。

 そこには、水のたどり着く場所があった。泉だ。

 ふと耳をすますと、ざ…… と流れが入り込む音の中に、ばちゃばちゃという不協和音が混じっているのに気付いた。彼はその音の方を向く。


「リタ……」


 相棒は、上着や中着どころか、下着すら取り去って、腰まで水に浸かっていた。


「何やってんだよ!」

「気持ちイイんだ」


 彼は靴を脱ぎ捨て、水の中へ入っていく。案外足元がゆるいのに背筋が一瞬ぞっとする。


「ここは、良くない…… 出て来い」

「オレは、気持ちイイんだよ」


 ばしゃ、と水が跳ねる。

 BPは腕を伸ばし、相棒の手を掴んだ。

 何すんだよ、とリタリットはそれを払いのけようとする。

 BPはその拍子にバランスを崩し、思わず頭まで水に潜ってしまう。だが握った手はそのままだった。

 リタリットは、水中で大きく息を吐き、相棒の手を引き上げた。


「……何やってんだ…… 」


 今度はリタリットが言う番だった。その薄い金色の髪からも、彼自身の黒い髪からも、水がだらだらと滴り落ちている。


「放っておけばイイのにさあ」

「できるかよ」


 BPは迷うことなく言った。

 リタリットはそれを聞くと、掴まれている手を大きく払い、そのまま立ち上がると、岸へと向かった。

 岸と言っても、大したものがある訳ではない。ただ、柔らかい土の上に、やはり柔らかい草が、邪魔されるものもなく、のびのびと生えているだけだった。リタリットはそれを踏みつぶす勢いで、その上に寝転がった。

 遅れて上がったBPは、相棒の行動がどうにも読めなかった。

 理由を知りたい、と思った。今までになく、彼はそう感じていた。

 だが何を言っていいのか、どうしても見つからない。仕方なく彼は、相棒の寝ころんでいる横に腰を降ろした。

 雨はまだ降り続いている。頭上に延々と降り注ぐ。続く音があまりにも長くて、永遠に止まらないのではないか、という錯覚すら起こさせる。

 それでもいいかもな、とBPはふと思った。

 過去の残った記憶も、これから始めようとする反乱軍も、もしかしたら、自分にはどうでもいいことなのかもしれない、と。

 ふと、BP、と相棒は何気なく呼んだ。

 そして何、と彼が答えようとした時、リタリットは、彼の手を掴んで強く引いた。

 彼はバランスを崩し、相棒の胸の上に覆い被さった。だがそうしたと思ったのも一瞬、彼は強い力で自分の位置が替えられるのに気付いた。


「…… お」


 い、と言葉を言う間も無かった。

 水の味がした。

 間近な目が、あの蜂起の時とよく似た、ひどく凶暴なものになっている。

 食われる、と彼は感じていた。

 この滅多に本性を見せない肉食獣に、自分は食われてしまう、と。


 雨はしばらく降り続いていた。

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