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14.-②

   *


「俺はかなりショックでした」


とケンネルは煙草をふかしながら言った。


「それは何度も聞いたよ。なるほど僕は、そんなことをしでかしたのか、と君に聞いて、思ったね。実に他人事だった。でも考えてみれば、実に僕らしい、とも思ったね」


 ジオはやや自嘲的にそれだけを一気に言った。


「それは、どういう意味ですか?」


 ケンネルは問いかける。


「僕はね、基本的にノンポリのはずなんだよ」

「つまり? あなたはこの騒乱に巻き込まれただけだ、と言いたいんですか?」

「いいや違う。僕が首謀者の中に入っていたというなら、きっと僕は首謀者なのだろう。だけど、おそらく僕の目的はそこには無かったのだろうと思う」

「と言うと」


 ジオは口の端を上げた。


「君の思う通りだよ」

「と言うと」


 ケンネルは同じ言葉を繰り返す。しかしそれは同じ意味ではなかった。


「あなたは、ライに行くために、わざわざそんなことを起こしたのだ、というんですか」

「僕は知らない」


 ジオは即座に答える。そして付け加える。


「だがそうしたのだとしたら、それは実に僕らしい行動だ、と思わざるを得ない。僕はそういう人間だ」

「目的のためには手段を惜しまない? たとえ記憶を失う羽目になっても?」

「僕の記憶など、大したものじゃあないだろう。予想がつく。今だってそうだ。確かに仲間は居るが、僕はきっと、自分の研究が自由にできるというなら、彼らをも裏切りかねない。そのくらい、僕にとって地学は強烈なものだ。僕はあの惑星で、他の連中が、逃げ出したがっている間、ひどく気楽に、毎日毎日鉱石を掘り出しては、楽しかったんだよ」

「……ええ、確かにその様でしたね」


 ケンネルはうなづいた。



 政府の命を受け、軍の技術研究所の中から、地学分野において詳しいスタッフが、総勢七人、科学技術庁所属という名目をつけて、ライへと派遣された。

 ケンネルはその中でも、元々パンコンガン鉱石に関しての研究に携わっていた、ということで、若手ながらスタッフの筆頭としてライの雪を踏んだ。

 既に「夏」期は終わっていた。そこで待ち受けていたのは、囚人達にまんまと脱走された軍のスタッフ達と、食堂の主だった。

 軍のスタッフは、彼らと入れ替わりに大半がアルクへと戻って行ったが、食堂のスタッフはそのまま残留を続けた。囚人達が脱走した時に、脅されたにせよ何にせよ、彼らに手を貸してしまったということで、食堂のスタッフ達にはすぐの帰還は認められなかったのだ。

 結果、軍の管理スタッフが五人と、アフタ・ラルゲンを始めとした食堂のスタッフが五人。それまで何百人と居たこの場所に、それから三年間、十七人で生活することになったのである。

 ケンネルは三年間と決められた時間なら、せめて有意義に過ごそう、と考えるタイプだった。今までの何処ででもそうだった。またそれがわりあい簡単にできる性質だった。

 それは友人のテルミンと違い、無理のないものであったので、付き合う者達にも何処か安心感を持たせるものだった。

 慣れない雪の中の作業が終わると、彼らの楽しみは、食事と風呂くらいである。

 もっとも、この研究所のスタッフの場合、作業そのものが楽しみの一つであるのだから、気の抜ける時間、と言い換えた方がいいのかもしれない。

 水には困らないのだ。辺りには、雪がこれでもかとばかりに深く積もっている。多数の囚人に使う必要の無くなったこの期間、彼らはこの唯一の息抜きを非常に大切にしていた。

 とは言え、それは共同である。時間もある程度決まっている。そうなると、自然、様々なスタッフが一同に顔を合わせることになる。


「ふぅ」


といつも赤ら顔のラルゲン調理長は、湯に浸かると殆どゆでだこの様な状態である。

 そしてこんなことも言った。


「いやあ、毎日風呂に入れるっていうのはいいねえ」

「毎日じゃなかったんですか?」


 ケンネルはふと興味を覚えて訊ねた。すると何を今更、という顔になってラルゲン調理長はうなづいた。


「そりゃあまあ、囚人の様に全く入らない、っていうのじゃないがな、一週間に一度、とかその程度だな。確かに水に不自由はせんが、そうそうそんなことに構ってられなかった、というのが正直なところだね」


 へえ、とケンネルは頭にタオルを乗せながらうなづいた。

 そんな風に、元々風呂好きの彼は規定時間いっぱいまで利用しながら、スタッフ一人一人を把握していた。

 把握するのは、研究所・軍・食堂どれも問わない。研究所のスタッフにしたところで、全く気を許せる位置に居た訳ではなかったのだ。ただ、ケンネルの性格上、そんなことに頭を使うのは面倒だったのだ。だったらなるべく早く把握してしまって、それなりの対応を取る方が得策だった。


「それにしても、ずいぶんと雪焼けしましたね」


 そして、やはり風呂好きらしい料理人の一人は、ケンネルによく笑顔を見せた。

 彼はジオと名乗るこの一人に会うたびに、既視感を覚えていた。ただ、それが何なのかがさっぱり判らなかった。

 そして、違和感。

 ジオは他の料理人とは何処か色合いが異なっていた。何処が、というのではない。実際、ジオも食堂の奥の調理場で食事を作るスタッフとして仕事をしている。その姿を目にしたこともある。実に器用にするするとじゃがいもの皮をむいていたし、タマネギのスライスは透けて見える程薄く作ることができる様だった。

 だがそれは、調理人でなくても、家庭の主婦でもできることなのだ。


「あんたも結構なものじゃない?」

「ええ! そうですかね」


 ははは、とジオはそうやってまた笑顔を見せた。無闇に笑う奴は一度疑え、というのが、意外にもケンネルの信条にはある。自分自身がそうであるのはとりあえず棚に置き。


「それで、何か成果はありましたか?」


 もう一つ、このジオという男にさりげなく猜疑の目を向ける理由が、ここにあった。この男は、実によく研究所スタッフの仕事の中身を知りたがる。


「ケンネルさんよ、時々こいつを仕事場に連れてってはくれないかね」


 ある日、やっぱり皆して湯に浸かってほっこりとしている時に、ラルゲン料理長は言った。


「こいつはそういうのが好きなんだよ」

「そういうの?」

「ほら、あんたらがよくやってる、ああいうこと。あんたら七人だけじゃあ、この地の硬い土相手は結構厳しくないですかね?」

「ああ…… でもそっちの仕事もあるでしょう? そりゃ、人手はあった方がいいですが」


 実際、毎日の風呂が嬉しい理由はそこにもあった。研究のためとは言え、毎日毎日ドリル片手に掘削をする作業は、結構に重労働だった。この地に詳しい者が手伝ってくれるなら、それに越したことはないのだ。

 しかし、調理人の一人を、というのはやや気が退ける。


「大丈夫ですよ。昔はこんだけの人数で、何百っていう連中のメシを作ってたんだ。今なんて仕事は楽で楽で」

「それに風呂にも入れるし!」


 そう言って、あはは、とジオは笑った。そうですね、とケンネルも笑い返した。


   *


「全く」


 部屋の片隅に置かれた銀色の灰皿に、ケンネルは半分ほど吸った煙草をなすりつける。ざらざらした表面の灰皿に、くっ、と黒い跡がついた。


「皆してよく示し合わせていた、と思いましたよ」

「示し合わせていたのは、調理の連中だけさ。軍のスタッフは、僕が調理のスタッフの制服を着てしまったら、もう囚人ということは思いだしもしなかったらしいね。いや元々、一人一人なんて見てはいなかったんだから、当然か」

「そういうものでしたか」

「そういうものだよ。まあそれも当然かな。何せ連中は、僕達が死ぬのほ待っていたようなものだから。そういうのを人間とは思わない、というのが得策なんだろうな。一人一人の個人だの人間だの、って認識すると情が移る。あいにく僕と違って、奴らは実に善良だからね」


 くくく、とジオは笑った。ケンネルはその笑い方に、ふと寒気を覚えた。


   *


 実際、ジオという名の調理人は、実に役に立った。

 何せ、大地に突き刺さり、堅い岩盤を削るドリルの刃の音を聞くだけで、この場をそのまま掘っても無駄、とかこの近くに鉱脈があるんじゃないか、とか口をはさみ、それは実によく当たるのだ。

 研究者の面々は、ジオのこの特技とも言えるものに素直に拍手した。元々研究馬鹿とも言えるメンバーを引っ張ってきただけあって、自分の苦手な分野に関しては、他人の助けを素直に受け入れるのに慣れていたらしい。

 それにまた、ジオ自身が、研究スタッフに対してさりげなく敬意を払い、素直とは言えプライドは高い彼らの機嫌を損ねない様にしていた、ということもある。

 気付かないでいることも、できた。ケンネルにしてみても。だが、そういう訳にはいかなかった。

 赴任から三ヶ月程して、一通りの鉱物資源の状態を把握した後に、彼ら研究所スタッフは、本命のパンコンガン鉱石についての研究を始めることにした。


「パンコンガン、ですか?」


 にっこりとジオはそれに対し、首を縦に振る。


「一応、話は聞いてますが。実物も見たことはあります」

「どんな感じ? 俺ら、確かに予習はしてきたけどな、でかい実物をどうしても手に入れることができなかったんだ」


 その頃ジオは、既にスタッフミーティングの時に片隅に居ることを許される様になっていた。それでもその立場を確認するかの様に、短い時間のものだったら立ったままだったし、長くなる時でも、やや離れた場所で聞いていることが普通だった。


「ふうん。じゃあジオ、どういう感じ、なんだ? あんたの見た感じ」

「綺麗ですよ」

「綺麗、と言っても色々あるだろ? ほら、そこのエメラルドやらアメジストやらの様な、とか」

「ああ、そういう綺麗さではないですね。どっちかと言えば、見かけはオパールとかに近いです」

 なあんだ、とスタッフの一人から声が上がる。

「おいおい、俺達は別に宝石漁りに来たんじゃないのよ。パンコンガン鉱石がどんだけのエネルギーを秘めたものなのか、それを研究しに来てるんじゃないの」


 ケンネルは穏やかな声でスタッフの一人にやんわりと注意する。彼らの目的は、あくまでエネルギー資源としてのパンコンガン鉱石だった。

 そもそも彼らスタッフは、帝都政府がこの鉱石だけを強烈に希望するのは、それが今までになかったエネルギー資源であるから、と踏んでいた。

 元々は政府が依頼した研究テーマだった。当初は、彼も他のスタッフ達も半信半疑だったのだ。何せ、研究しろと言ったところで、その鉱石そのものがそう簡単には手に入らないのだ。採掘された鉱石は、アルクに着くとすぐにそのまま帝都行きの船に乗せられる。彼らが研究できるのは、そんな中でそっとかすめ取られたほんの小さな原石だけだった。

 元々、一日100グラムだけ、をノルマにして採掘されたものである。数が減ったことくらい、すぐに判ってしまう。その中からぽろりとこぼれ落ちたり欠け落ちたもの、そんなものをこっそりとかき集めたものが、彼らの研究所に送られてきたのだ。

 そんな思いをしてかき集められた原石は、彼らにとって非常に興味深いものだった。

 まず、その欠片にしたところで、反応するものとしないものがある。同じ大きさ、同じ重さであっても、エネルギー反応を見せるものと見せないものがあるのだ。

 しかもそれは放射線の様に既に過去の研究で見つかったものではない。何か別の、エネルギー反応である。ケンネルを始め、その研究に参加したスタッフは、次第にこの鉱石の正体を知ることにはまって行った。そうでなくて、どうしてこの冬の惑星にわざわざ来ようか。中には家族を首府に残した者も居る。

 何せ、このライであれば、大きな原石で、気が済むまで観察と研究をすることができるのだ。

 冗談ですよ、とスタッフの一人は手を広げる。


「でも、やっぱり皆で見つけた時に、綺麗なかたまりだったりすれば楽しいでしょう?」

「あ、それはちょっと」


 ジオは手を上げた。何、とケンネルはジオの方を向いた。


「パンコンガン鉱石は、人数が多いと逃げるんです。だから、採取に行く場合は、いつも二人一組だった、って聞いてますが」

「二人一組」

「囚人にしてもそうでした。あれを採取しに行く場合は、二人組にして、一日地上車に乗せて雪原に放り出すんです」

「……うわ、悲惨」


 思わずスタッフの一人がそんな声を立てた。


「でも、仕方ないんです。パンコンガン鉱石は、人数が増えると、その反応を変に転移させるのか何なのか……」


 上手く説明できませんね、とジオは笑った。ふうん、とケンネルはあごに手をかけた。


「……そうだな。じゃあジオ、最初にあんたが、俺と一緒に採取に出かけてくれないか?」

「チーフ!」


 口々に声が上がる。それはやや「ずるい」とでも言いたげな口調だった。


「うるさぁい。何にしても、初めてなんだし、だったら水先案内人は必要だろう? ジオは少なくとも俺達よりよく知ってるから、案内人としては最適だ」


 スタッフ達はうなだれる。


「それに、俺の番が終わったら、どんどん順繰りにすればいいじゃないか。その間別の鉱物の件もあるんだし」

「ですが~」


 恨めしそうな声で、子供の心が半分を占めているスタッフ達は肩をすくめた。

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