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14.-③

   *


「あなたが詳しいのは当然だったよね」


 ケンネルはつと立つと、本棚のそばに立つジオに近づき、本の無い一角に腕を乗せた。ジオは本を閉じると、顔を上げ、ケンネルを見上げた。


「だけどそれを言う訳にはいかないだろう?」

「ええ確かにそうだった。少なくとも、囚人だったジオという名の人間の正体は。だけど、あの時、あなたは」



 二度目の「新年」を迎えた頃だった。

 遠く離れたアルクから送られてくる電波からは、新年の祝賀行事の模様が送られてきた。

 ケンネルはその様子を、それでも「新年」らしく多少調理人達が腕をふるった料理と、アルコールの度合が軽い果実酒を呑みながら眺めていた。


「どうしたんですか、チーフ、怖い顔」


 研究スタッフの一人が、ふと気付いて訊ねた。何でもない、と彼は答えた。

 画面の中には、にこやかに笑う首相代理と、その側近の姿があった。日々送られてくるニュースによると、首相「代理」が次の総選挙でその「代理」という名称が取れるらしい。無論ニュースキャスターはそんなことを断言する訳ではない。中央放送局は、それを「街の人の声」として収集し、それらしくまとめ上げているだけだ。

 ただし、まとめ上げるのは、「誰か」だ。ケンネルはチーズを乗せたクラッカーをつまむと、口に放り込む。


「新年おめでとう。どうしたんです? ずいぶんと不機嫌そうじゃないですか」


 気配の無さに驚いて振り向くと、そこにはジオがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「別に不機嫌って訳じゃ」

「吸いますか?」


 そう言って、ジオはポケットから煙草を取り出した。


「俺はやらないって、知ってるだろ?」

「そうですね」


 そして煙草はポケットに元通りしまわれる。だがジオはそのままケンネルの横の空いた椅子に横座りの姿勢になった。


「本当はですね、ケンネルチーフ」

「何?」

「結構今日は、出そうだ、ってことを伝えに来たんですよ」

「出そう?」

「鉱石が、ですよ」


 彼は手にしていたコップを置いた。

 「出そう」なもの。それはその時期なかなか「出ない」もののことを指していた。


「パンコンガン鉱石の反応が大きいんです。さっき、ちょっとそちらの部屋にお邪魔したら、探知機ががーがーとうなってましたから」

「……無断で入るなよ」

「いや、別に入ろうと思って入った訳じゃないですよ。ちょっと裏の菜園ポッドから香味野菜を抜きにきたついでに」


 ああわかったわかった、とケンネルは前髪をかき上げた。


「で、それを言いに来ただけなのかい?」

「いいえ」


 何を今更、と言いたげにジオは笑った。


「無論、チーフを誘いに来たんですよ。探索の」


 だろうな、と彼はうなづいた。そしてその十五分後、顔を洗って酔いを冷まし、装備をつけたケンネルは、ジオと一緒に外に出ていた。


 風は無かった。だが痛い程の寒さは変わらない。空気がきしんでいるかの様な錯覚すら覚える程である。陸上車の暖房はいつでも最強になっている。それでも時々すき間から入り込んでくる寒気のせいで、気温は下がろう下がろうとする。

 探知機の反応は確かに強かった。


「……こんな強いのは、俺初めてだ」


 ケンネルは計器を見ながらつぶやいた。そうですか、とジオは問い返す。


「そうだよ。特に最近はそうだ。逃げ回ってばかりで」

「あれは人を見ますからねえ」


 くす、とジオは笑った。


「何、それって、俺達のことを嫌いってこと?」

「というか、あまり切実なものが、今の我々にはないでしょう?」

「切実なもの」


 ケンネルはその言葉を繰り返す。


「ええ、切実なもの。ここに住んでいた囚人達にしてみれば、回り持ちで彼らは鉱石を取っていた訳ですが、パンコンガン鉱石を持って来れない限り、戻ることはできない。それはそれは必死でしたよ。まあ相性がいい奴も居て、何ら苦労無く見つける奴も居たことは居ますが」

「何か、それって、鉱石が生きてるかの様じゃないか」

「そういう気がした、ということですよ」


 あっさりとジオはかわした。


「何せこの惑星に関しては、皆知らないことが多すぎだから、何が起きても不思議じゃあない。どれだけ我々がこの手でドリルでこの大地を掘ったところで、この分厚い惑星の皮一枚傷つけることができないんですから」

「……」


 ケンネルはふとあの既視感が襲ってくるのを感じた。


「我々はこの惑星の歴史に指一本触れていないようなものなんですよ」

「眠る地層の中には、その時々の歴史が全て詰まっている、ってことかい?」

「そう。その通り」


 彼は息を呑んだ。


「だから、それをこれから調べていくことで、この星の歴史をひもとくことになるんじゃないですか」


 既視感がケンネルを撃ち抜いた。


「……止めてくれ」

「は?」

「止めてくれ、って言ってるんだ!」


 ジオは慌ててブレーキを踏んだ。地面の雪が、急ブレーキの車輪の下で、粉になって舞い上がる。


「一体どうしたんですか、ケンネルチーフ」

「……俺のことを、チーフと呼ぶな……」


 ケンネルは顔を伏せ、頭を抱えた。ジオはその顔を上向かせる。


「顔色が、悪いですよ。酔ったんですか?」

「やめてくれ…… いや、やめて下さい」

「チーフ?」

「似てる似てるとは、思っていた。だけどどうしても信じられなかった。フアルト助教授」

「え?」


 ジオは眉を寄せた。露骨な程にそれが困った表情だ、ということは、ケンネルにも判った。そのまま、ジオの腕をぐっと強く握ると、ケンネルは叫んだ。


「俺はあなたを知ってる、ジオ! いや、ゼフ・フアルト助教授!」

「だからそれは」

「知らない、と言う? だったらいい。じゃあ少なくとも、これは本当でしょう? あなたは調理人じゃあない。少なくとも、あなたは本当の、政府から派遣された調理人ではない。だったらあなたは一体誰なんだ?」

「僕は、ジオだ。それ以外の何だって言うんです? だいたいフアルト助教授ってのは、誰なんです?」

「知らない? 知らないって言うの? 俺は士官学校であなたの講義を受けて、地学が好きになった。ここにこうやっているのは、あなたのおかげだ。俺が、あなたを間違える訳が無い…… そりゃあ、外見が、ずいぶんと、変わっていたから、ずっと迷ってはいたけど……」

「ケンネルチーフ」


 ジオは苦笑しながら、ケンネルの手をゆっくりと外させた。


「……あなたは頭がいい。だから、僕が本当の調理人でないことを見抜いたことには、頭を下げる。だけど、僕は、僕がフアルト助教授という、あなたの恩師かどうか、というのには答えることができないんですよ」

「……何故。違うんだったら、違うって言えばいいのに」


 するとジオは首を横に振る。


「僕には、それは言えないんですよ、ケンネルチーフ。あなたは僕が本当の調理人じゃあないと言う。じゃあこの僕は一体誰だと思うのですか? その助教授だ、というのはさておき」

「あ……」


 ケンネルは思わず声を漏らしていた。そう、とジオはうなづいた。


「僕は、ここに居た囚人の一人ですよ」

「まさか……」

「そのまさか。だから、僕には、ここに来るまでのパーソナルな記憶が無い。僕はあなたの言うところの、そのフアルト助教授だったかどうか、ということを答えられないんですよ」


 そんな、とケンネルは思わず叫んでいた。


「そんなの、ひどい!」

「ひどいと言われても」


 ジオは苦笑を浮かべたまま、そうつぶやいた。


「ええ、でも確かに、僕にそういう傾向の知識があったのは確かですよ。それは抜け落ちてはいない。それだけは大切だったんでしょうね、僕はここに来てから、ずいぶんと楽しく採掘をしてましたよ」

「それで、詳しかったんだ……」

「あなたには、それはいつかばれるんではないかと思っていたけど」

「俺はそんな、いい目はしてないよ……」


 く、とケンネルの喉から押し殺した様な声が漏れた。


「だけど、あなたがフアルト教授だ、ってことは、俺は、絶対間違わない。絶対そうなんだよ。あなたはあの講義の時、言ったんだ、確かに。地層と歴史のことを。俺はちゃんと覚えてる」

「だけど、僕の中には、それは何処にも無い。そう、きっと、無くしても惜しくはない記憶だったのかもしれない。あなたの言う、フアルト助教授は、一体何をやって、ここに送られたんですか? ここに居るということは、政治犯だ」

「……騒乱を……」


 ケンネルがそう言いかけた時だった。ビー、と激しい音が車中に鳴り響いた。二人は会話を止めて、音の出所に顔を向けた。


「……これは」


 ジオは目を大きく広げて、様子の変わった探知機の針を見た。


「ケンネルチーフ、行きましょう」

「行きましょう、って何処に……」

「この様子は、いつもと違う。僕が囚人だった時、やっぱりそういうことが一度あって。いや僕ではなかったけど。他の房の者が」


 ジオはアクセルを大きく踏み込んだ。それまでの貼り付いた様な笑みで応対をしていた顔とはずいぶんと異なっている。ケンネルは急発進にベルトで胸を強く圧迫されて、ぐえ、と喉から声を漏らした。

 おっと、と言いながらジオは探知機とケンネルを横目にスピードを上げていく。


「一体、どういうことなんです!」

「敬語は止して下さい! その時、やっぱり二人組が出かけたんですが、その時、一人はひどいケガをして帰ってきて。もう一人は、身体には別状なかったけど、心が」

「心?」

「喋ることができる状態じゃなかった」

「何だよそれ!」


 ケンネルは思わず叫んでいた。


「僕は、何とかして、ケガをした方に会おうと思った。会って、話を聞きたかった。そのために、しないでいいケガをわざわざ作って、滅多に入れられない『医務室』という奴に入っている奴から、何とか話を聞き出した」


 ケンネルははっとして目を凝らす。首筋に、うっすらと跡があるのが見えた。


「そんなことまで!」

「そんなこと、でも僕には重要だった。だからやった。当然じゃないか。向こうは向こうで、別に処罰で暁に祈らせる様なことはするくせに、真面目な奴の自殺は効率に関わるとか何とか言って、適当な手当をして、また労働に出させる。そのほうが効率的、だから。僕はそれを知っていたから、そうしてみた。さすがに血がずいぶん抜けてふらふらしていたけど、夜中に起きだして、容態が悪化して虫の息だったそいつから、その時にあったことを聞き出した」

「……」

「僕は思わずその時気が遠くなった。何故だと思います? ケンネルチーフ。僕は、嬉しくなったんですよ。目の前で、人が一人死にかけているというのに。自分も処置したばかりでまだ傷が痛んでいたというのに。だって、そいつは、こう言ったんですよ? 『パンコンガン鉱石に、話しかけられた』」

「何だって!」

「僕だって信じられずに、問い返しましたよ。だけどやはりそうだった。間違いじゃない。そいつの妄想でない限り……いや妄想だったとしても、そうさせる何か、がパンコンガンにはある。それを知った瞬間、僕は躍り上がりたい程、喜んだんですよ」


 ケンネルは背筋が寒くなるのを覚えた。だがその寒気が、この目の前の男のせいなのか、男の喋る出来事のせいなのか、それとも、これから先に起ころうとすることのためなのか、判らなかった。

 やがて、一つの地点でジオは車を止めた。そこは岸壁になっていた。普段もよくそこからは採掘されていたらしく、向きだしの岩肌には、所々ドリルの掘削跡があった。


「……ここ…… なのか?」

「いいえ、違うと思います」

「それじゃ」

「と言うか、それは、人を見るんですよ」


 ジオは断言する。ケンネルはまだ半信半疑だった。固く凍った雪を踏みしめ、ジオはその岸壁へと近づいていく。手には普段の採掘道具であるドリルは無い。

 おいちょっと待て、とケンネルはジオの後を追った。

 そして、前を行くその肩に手をかけようとした時だった。

 ふら、と頭の芯が揺らぐ様な感触をケンネルは覚えた。


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