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22.-③

   *


「悪趣味」


とリタリットは周囲に聞こえない程度の声でつぶやいた。

 善良なる市民の観客に混じって、海賊放送のアナウンサーは祝賀祭の観客席に居た。

 全く悪趣味だ、と彼は更につぶやく。身を乗り出す様にして、すり鉢の底の様なグラウンドと、近くに据えられている大型モニターの間に視線を走らせる。

 何かあるかもしれない、と言うのが、ハルゲウの「赤」のウトホフトからの情報だった。

 首府の情報なのに、どうしてハルゲウに居る方が詳しいのか、そのあたりはリタリットにしては知ったことでは無かったが、とにかく「何かあった時」に、電波状態を混乱させる役割を仰せつかってしまったため、そこに潜り込むことにしたのである。

 とはいえ、その役目を抜きにしたならば、なかなか面白い眺めだ、と彼は思っていた。悪趣味過ぎて、笑えてくる。

 古今東西の独裁者が好む方法を、そのまま踏襲しているに過ぎない。統一させた行動、統一させた意志。見た目には美しいけれど。

 そんなものが何処にあるんだよ、と彼は思う。

 見た目はともかく、中身はそんな訳が無いのだ。それを美しい舞台で、美しく演出したところで、中身が違えば、何にもならない。

 もともと現在の政治の情勢は、所詮、暫定的なものだとリタリットは考えていた。

 元々、総統ヘラは首相の「代理」として任命され、事態が事態だっただけに、承認されたに過ぎない。

 その後に、権力を次々に手にし、独占して行ったとしても、そこに、果たして正当性はあるのだろうか。

 もっとも、と彼はくっ、と笑う。政治というのは、正当とか正当ではない、という言葉ではくくれないものであることは、よく判っているのだ。

 そして一般庶民にしてみれば、結果さえ良ければよい。あの青物屋の女主人の言った様に。ゲオルギイ首相だろうが、総統ヘラだろうが、表に見える結果さえ良ければ、大した変わりは無いのだ。

 それは正しい、とリタリットは思う。政治家というのは、誰よりも上手く、演じてくれればいいのだ。

 だが、その台本が、間違っているなら、その時は、その台本が間違っている、と言わなくてはならない。間違っていることを判らせてしまうような馬鹿な行動を役者が取るなら。

 それが観客だ。

 そういう意味では、現在の総統は、いい役者だ、と彼は思う。その容姿、その声、全てを駆使して、ヘラ・ヒドゥンは「総統」という役をこなしている、と判断していた。

 そこにかつてゲオルギイ首相が持っていた様な、何かに対する意志というものが見えない。それが「政治家」でなく、「役者」としてリタリットがヘラを見なしている理由だった。

 ゲオルギイ首相は、あくまで帝都政府に対し、このレーゲンボーゲンを、一つの独立政府として対応させる様に行動してきた。それがゲオルギイ首相の行動の中心となっており、全ての行動は、そこから派生するものだった。それは確かだった。筋道が通っていた。

 しかし総統ヘラに関しては、そういう部分が無い。少なくともリタリットにはそう見えた。

 「意志」は宣伝相テルミンが持っているのかもしれない、とも考えることはある。ただ確証は無い。勘である。彼は自分の勘を基本的に信じていた。

 唇を指でつまんだり、口の端を引っ掻いたりしながら、再び彼は巨大なモニターに視線をやる。

 総統ヘラが現れ、ゆっくりと席に付く姿が映し出される。周囲から歓声が聞こえる。リタリットは目立たないために、適度に拍手を送る。確かに、その容姿に関しては拍手を送りたいくらい見事なものだったのだ。

 元々この「総統」は、軍服に似た格好を取ることが多かった。別段「総統」は服装が決まっている訳ではない。それに、ヘラ・ヒドゥンは一応文民のはずである。だが軍服を身に付ける。これに対して異を唱える者が無かったというのだろうか。いやあったはずだ。だが、それはおそらく、軍人上がりの宣伝相にかき消されてしまったのだ。

 紺色の軍服に似たその服を身に付け、いつも以上にゆったりと席につくヘラの姿を、カメラは追い、モニターにその姿を映し出す。

 彼はポケットに手を入れると、放送用端末に触れた。

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