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「……ほう」
腕を組みながら、来賓の一人としてその場所についているスノウは声を上げた。
「なかなかにいい眺めだ。一体いつの間にこの様に訓練させたのですか?」
「各学区の中等学校から代表を出す様に指示しておいたのは、もう半年前になります。それから時々全体訓練を行い、現在の様に。それぞれ同じ曲を用意し、同じ振り付けを訓練させましたが、全体で合わせるのはそう回数が多い訳ではありません」
テルミンはそう答える。あくまでその口調はよそよそしい。
「なるほど。ではずいぶんとその全体練習は苦労したことだろう?」
「そうですね。しかし一回の集中が問われることですから」
くす、とスノウは笑う。横に座るテルミンは、この男が戻ってくることは知っていたが、閣僚にも誰にも、そのことは通達していなかった。したがってこの日、スノウの出番はこの祝賀祭には無かった。来賓、あくまで観客の来賓として、この男は今この場に居たのだ。
「それにしても、総統閣下は未だお姿を見せないのか?」
「ここの所、体調を崩されてまして」
「確かに。体調を崩されたなら、この場は決して楽なものではない。しかし年頭の演説に関しては、無論行われるのだろう?」
「それは無論です。それが無くては、何もならない」
それは確かだった。このスタジアムは、あくまで総統ヘラのパフォーマンスのために作られたと言ってもいい。
テルミンはそれができる人材だからこそ、スペールンをヘラに紹介し、建設相という地位に抜擢し、この都市計画を進めたのだった。
実際、スペールンという男は優秀だったし、それに加えて野心家だった。自分など居なくても、このまま都市計画を進めていくことは、この男には可能だろう、とテルミンは踏んでいた。自分がその昔そうした様に、スペールンが各地に手を回しつつあることは、調べがついていた。
テルミンは、それを使って、スペールンを追い落とすことも、自分には不可能ではないことは知っている。無論、かつて陥れた閣僚に比べれば、厄介であるのは目に見えてはいるが、適切なデータを集めて、適切な行動を起こせば、それは不可能ではない。それはよく判っていた。
だが、それをする気は無かった。
そして彼はちら、と遠い前方に視線を飛ばす。
ぐるりとこの来賓席から大回りしてたどり着くだろう向こう側の壁には、三つのブースが取り付けられている。
右の一つは中央のすり鉢の底や、演壇を映し出す、メインのカメラを取り付けた部屋。ゾフィー達の居る場所に、そのカメラの映像は送られる。
同じ様に、左の部屋からも、サブのカメラが置かれている。場合により、こちらがメインになる場合もある。ややカメラの置かれる角度が違うのである。その方向からのアングルのほうが、総統の姿が良く映るなら、その時はそれがメインになる。
そして、真ん中の部屋は、空いていた。
一応機材倉庫と名目は打たれているが、そこには鍵が掛けられていて、使用不能だった。少なくとも、ゾフィーはテルミンにそう報告していた。
「それにしても、君の設計したこの建物は素晴らしいことだ」
スノウはテルミンとは逆の隣に座る建設相に向かって話しかける。
「光栄なことですね。建築家としては、自分の設計した建築が依頼主や観る人々に好まれるの程嬉しいことは無いことですからね」
「ああ、実にいい舞台装置だ」
穏やかな笑みを浮かべながら、あっさりとスノウはそう口にした。
「それは、どういう意味でしょうか?」
対するスペールンの口調も、あくまで穏やかだった。テルミンはそんな会話を聞きながら、微かに目を細めた。