「……あと数分で、共通歴830年も終わろうとしています」
ライトが不自然なまでに強烈に当たる、フィールドの中、中継するカメラの前で、中央放送局の女性アナウンサーがマイクを手にしていた。
ゾフィーはそのカメラの映像を、スタジアムの放送室の中でチェックしていた。これから新年の訪れと共に始まる祝賀祭の模様を全星域に中継するのは、彼女の役目である。彼女が陣頭指揮を取っていた。
と言っても、事前準備をスタッフに任せる所は任せておいたことから、彼女自身の当日の仕事というものは、責任はともかく、量的に多くはない。
実際この中継において、「すること」は単純だった。これから行われる祝賀祭の模様を、より効果的な方法で、全星域に流すこと。ただその「効果的」がいつも彼女の問われるところである。そのあたりをいつも彼女は宣伝相テルミンと相談してきたのだ。
しかし今回は、彼女自身「任せる」と言われたのだ。
あの書庫で会って以来、テルミンとは事務的な会話しかしていない。何かを彼がやらかすのではないか、という懸念は明らかにあるのだが、ゾフィーにはどうすることもできなかった。
とりあえず「効果的」にするには。ゾフィーはものごとを単純に考えようとした。今回の目玉は、何と言っても、このスタジアムそのものだった。この祝賀祭をめどに建設された、新しいこのスタジアムそのものだったのだ。
この星系において、それは最も大きな多目的円形会場となる。だが、最も大きな目的は、やはり政府の示威行動だった。
ゾフィーがテルミンから伝えられている今回のプログラムは、大きく分けて三つのパートに分かれる。
まずはオープニング。あらかじめ配置された音楽隊と、各地から召集された学生達による集団のダンスが披露される。旗や布を使って行われるマスゲームの様なものもあれば、その地方特有のフォークダンスの様なものもある。それが次々に披露される。
一通り終わったところで、総統の登場である。そこで、新年の祝辞が述べられ、続いて各閣僚の祝辞が、総統よりは短い時間で述べられる筈だった。閣僚は総勢10人。現在の陣営になるまでは、八人だった。宣伝相と建設相が、元々のポストに加えられ、そしてその加えられた新ポストが、現在の内閣において、総統の次に力のある存在と言ってもいい。
それは他の閣僚が、自分の手に権力の重みを掛けるのを厭った結果だ、とゾフィーは了解している。
宣伝相も建設相も、新しいだけではなく、曖昧なスタンスの閣僚である。二人ともその曖昧さを利用して、力をつけてきたのだ。
それにしても、とゾフィーは窓からスタジアムを眺める。馬鹿馬鹿しい程のセットだ、と彼女は理解していた。
この巨大な、白い建物は、すり鉢状の形をとる、客席だけで七万人の収容ができるものだった。これまでにその形のものが無い訳ではなかったが、この規模のものはこの星系では初めてだった。また、あったとしても、それはスポーツ利用が主体のものであり、式典・祝典といったもののためではない。
ところが、このスタジアムは、むしろそちらの用途を目的としている様だった。
一目で判る、とゾフィーはモニターに映る中央演壇に視線を移す。モニターは様々な位置に取り付けられているカメラの受け取る画像を映している。時と場合により、その映像は切り替えられ、全星系に流されるのだ。
演壇は……大きかった。無闇に大きい、とゾフィーは最初にこのスタジアムに足を踏み込んだ時感じた。
彼女達放送スタッフを自らその時案内したのは、建設相スペールンだった。テルミンともよく話すことがあり、都市計画に確固たる信念を持っていると聞くこの男は、彼女に向かい、この建築物の作りを説明した。
「基本は白です」
短い言葉をスペールンは好んだ。そんな色のことに始まり、演壇の背後に立つ四角い塔の様なものの意味、外側にずらりと並ぶ柱の意味などを短い言葉で、しかし長々と説明した。
「よほどこの建物がお好きなのですね」
とゾフィーはその時スペールンに対して感想を漏らした。すると建設相は、当然でしょう、という顔をした。
「これは私の夢の第一歩ですからね」
何故かその時ゾフィーは男のその口調と態度にぞく、とするものを感じた。
正直言って、彼女はこのスタジアムにあまりいい印象を抱いていなかった。大きすぎるのだ。確かにカメラはあちこちに設置され、放送設備としては、悪いものではない。上手い切り替えは、すなわち上手い映像効果となるだろう。それは確実だった。また、この全体の白さは、夜の式典の際には、ライティングに都合が良いだろう。
だが。
彼女は思う。この広い会場は、誰のためにあるのだろうか。舞台装置。それならいい。あくまで、自分達がTVの映像を作るためのセットであるなら、これは非常に都合のいい会場である。その七万人の観衆すらも、映像のためには良い小道具となるだろう。
だが、それでいいのだろうか。
彼女は疑問に思う。ここに集まった人々は一体、何のために来ているのだろうか?
疑問に思わなかった訳ではない。今までテルミンと一緒に政府担当の映像を作ってきて、ためらいを感じなかった訳ではない。ただ、それはその時必要だった。自分と、あの友人にとって。……しかし……
彼女は頭を軽く振る。どうしたすか、とスタッフの一人に加えられていたリルが訊ねる。何でもないわ、と彼女は答える。
「カウントダウンが始まります」
リルは彼女に告げる。ゾフィーは身を乗り出し、すり鉢の底をのぞき込む。
「……5・4・3・2・1……」
0。
その瞬間、スタジアムの全ての照明が消えた。
そしてすり鉢の底に、きらきらと細かな光が、その時一斉に点った。
みっしりとその「底」を埋める、その日の出場者達が、手にひどく小さな、だが光の強いライトを持ち、それを一斉に掲げたのだ。
同時に、音楽隊の演奏が始まる。古典的な、管楽器と打楽器で構成される楽隊は、中央大学と、軍楽隊がその日一日だけの共同戦線を張っている。高らかにトランペットが学生側から鳴るかと思えば、呼応する様に、トロンボーンの音が長く伸びる。細かなスネアのロールを学生が鳴らせば、向こう側では、銀色に輝く金属音のメロディを響かせる。
そして花火が上がる。ぽん、ぽんという連続する音とともに、色とりどりの花火が、次々に空へと上がる。弾ける。空を明るく染める。
「新年おめでとうございます!」
アナウンサーの声が弾む。OK、とゾフィーはつぶやく。局の中でも、とりわけ明るい声の、だけど軽くならない女性を使った。
花火とアナウンスの声につられる様に、階段座席に居る観客は、拍手と歓声と帽子を一斉に投げた。
すり鉢の底の光は、そんな声や音の中、やがて左右に分かれて、渦を巻きながら出口へと流れて行く。
ライトが復活する。その時には最初の演技者達が、既に用意を済ませ、手に旗を持って待機していた。音楽が鳴る。整然と並んだ地方学生の集団が、旗を回しだした。