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21.-③


「……連絡がナイ?」


 回線の向こうの相手に、リタリットは声を低める。


「……って、それは何よ ヘッド」

『成功にせよ失敗にせよ、何かしらの連絡があるはずだ。生きていれば』


 ヘッドは重い声で、それだけを仲間に告げた。


「何ソレ」


 リタリットは即座に問い返す。


「アンタはあの馬鹿が、死んでしまったとか、そういうコトを言うわけ?」

『いやそんなことは言ってはいない。ただ、連絡が取れない、ということなんだ』

「同じことでしょ。……首府では、総統閣下が殺された、って知らせは何処にも出てないよ。まあ本当に殺られたとしても、きっとソレはしばらく隠されるんだろうけどさ。……現在総統ヘラ・ヒドゥン閣下は、『ご病気』だそうだよ。宣伝相テルミン閣下、がそんなコトを政府公報で言ってた。そっちにも伝わってるだろ?」

『……妙な気は起こすなよ、リタ』

「なーにが」

『……BPが捕まっているとかそんなことを考えて、下手な動きはするなよ、と言うんだ』

「そんなコトするかよ、ばーか」 


 リタリットは軽く答える。その答えに、回線の向こう側の方が驚いた様に、言葉を失う。


「奴は、帰ってくるよ」

『リタリット?』

「暗殺なんて、出来やしねーんだ。そして、帰ってくるんだ。絶対」


 そう言って彼はハルゲウとの回線を切った。何か言いかけているな、とは思ったが、知ったことか、とポケットから煙草を取り出して火をつける。

 ふと視線を上げると、伸びかけた金髪が視界に入る。けっ、と声を立てると、広げた指でリタリットはそれをかき上げた。そして端末の回線を、別の場所へとつなぐ。数回のコールで、相手は出る。


「……よお」

『万事快調、っていう感じの声じゃないかな?』


 穏やかな声が、回線の向こう側から聞こえる。何処が、とリタリットは即座に吐き捨てる様に返す。


「心配せんでも、やるコトはやってる。それより、何が一体起こっているのか、あんたはオレに説明できるのか? 代表ウトホフト」

『残念ながら、今この状況に関しては、私も説明ができない』

「BPからの連絡が途切れているとオレは聞いたが」

『事実だ。実際、一緒に行動させた四人についても判らない』

「……」


 ヘッドに対しては反論できることが、この男に対してはできなかった。情報量が、ヘッドに行くそれとこの男に行くそれでは違いすぎる。そもそも、ヘッドは彼がウトホフトと直接話していることは知らないはずだった。


「それで、オレはこのまま半月もの間、お馬鹿な放送を続けてりゃイイのかな?」

『新年まではな』

「ふうん。新年に、何か起こると思ってるんだ、あんたは」

『そう思うなら思えばいい』

「あんたは、一体何だ?」


 リタリットは問いかける。


『おや、それはよく知っていると思ったが』

「それはあんたの考え違いだ。オレはそんなコト知らない」

『私の考え違いかな?』

「考え違いだろ」


 そして念を押す様に、もう一度新年までの放送を約すると、彼は再び回線を切った。端末はそのまま、煙草と共にジャケットのポケットに放り込まれる。モードを変えれば、それは普通の通信回線にも使用できる。

 それを見つけた時には、よく無事だったものだ、とリタリットは思った。携帯式の放送用端末。

 首府に入り込んだのは、代表ウトホフトからの要請があったからだった。あの時の訪問から少し経った後での再会で、この代表は、何を思ったのか、彼に海賊放送をやる様にと頼んだ。

 彼らライからの脱出者集団に対し、この代表は「お願いする」という形を必ず取っていた。それはBPであるにせよ、ヘッドやビッグアイズと言った、やがて起こるだろうことに対する実働隊にせよ、昼間の仕事をするキディに対してまで、変わらないスタンスだった。


 その時彼は、ビッグアイズと一緒にその依頼を受けていた。ビッグアイズは、本人が思っていた通り、実働隊への加入を「お願い」された。

 だがリタリットに対し、この代表は、特別な「お願い」をした。その内容に関しては、ビッグアイズも席を外すことを「頼まれ」た。

 そして代表が「お願い」したのは。


「我々の仲間が八年前に残した放送機材があるはずなのです」


 あっさりとそんなことを彼に向かって言った。それが何処にあるのだ、と訊ねると、ウトホフトは判らない、と答えた。その当時から、その機材も端末も何処にあるのか判らない、当の指令を受けた本人しか判らない、と言ったのだ。

 だから彼は反論した。


「オレにソレがどうして判るって言うんだよ!」

「判ると思うのですがね」


 腹が立つ程に、穏やかにこの男は言った。リタリットは思わず立ち上がり、座ったままのウトホフトを見下ろした。その姿は、店に出る時のままのギャルソンの黒いエプロンをつけたままだった。


「そう言えば、君を訪ねてきた男が居たらしいね。リタリット君」

「居たよ。でも何であんたがそんなコトを知ってる」

「君の仲間が、問い合わせてきた。ただしそれは、君達のヘッド達のところにだがね」

「ドクトルとトパーズからの通信を、横から聞いてたのかよ」


 自分達脱出者集団が決して信用されている訳ではないのは、彼もよく知っていた。だから彼らのテリトリイ内での会話はまず奪われていると思ってもよかった。少なくとも、リタリットはそう考えていた。

 しかし何故自分が当然の様にそんな風に考えてしまうのか、はまだその時点ではよくは判っていなかった。

 ただ。


「彼らは君のことを心配しているのだよ」

「それは当然だろ」


 彼は言い放つ。そんなことを、この男からいちいち言われる筋合いは無かった。


「だがアンタには関係の無いコトだ」

「そうかな?」


 ひどく微妙に、ウトホフトは語尾を上げた。その調子がまた、リタリットの神経に触る。


「関係無いコトだよ!」

「そう、関係無いことだね。でも君は、あの少年の話を聞いて、どう思った?」

「は。ひでー家庭に育って、アワレなガキだよね。けどな」

「けど?」

「それでいきなり行方くらましたんだろ? ハイランド・ゲオルギイで『朱』だったヤツってのは。いきなりにしちゃ、馬鹿すぎねーかって思うけどな、オレは」

「そう。確かにそこだけ取ればね」

「アンタは、『朱』は知ってるはずだ」

「ええ、知ってますよ」

「……何で、そいつは、いきなりそんな行動に走ったんだ?」

「そんなことは、本人しか知ることではないでしょう」


 あっさりとウトホフトは答える。


「聞いてはいないのか?」

「私が知ってるのは、その子から聞いた事実だけですよ。それがその子の中にどう影響を及ぼしたかまでは、私の知るところではない」

「じゃあ何があったんだ」

「知りたいのかな?」

「知りたい」


 もっとも、彼は何故自分がこうまでむきになってそのハイランド・ゲオルギイ=「朱」のことを聞きたがっているのか、まだ自分の中では曖昧なままだった。

 ただ、ひどく苛立つのだ。その人物の話をすると。

 何故苛立つのかがはっきりしない。それが余計にリタリットを苛立たせていた。


「何で?」

「そんなこと、知るかよ! ……ただ、痛いんだよ。そいつの話を聞くと、無闇やたらに、このあたりが」


 彼は自分の胸を指す。


「それに何で、オレにわざわざ、皆その話をするんだよ? オレに何か、関係してるって言うのかよ? ……畜生オレは何で、こんなにムキになってるんだよ!」

「……『朱』は、私に言ったんですがね」


 リタリットの嵐がひとまず治まった、と思われたところでウトホフトは口を開いた。


「誰かに、彼は父親の正体を知らされたのだ、ということですよ」

「……正体?」

「君だったら、リタリット、どう思いますか? 小さな頃から家庭のことなど忘れた様に政務に取り組む父親、だけど尊敬している父親、妹ばかりを可愛がる父親、だけど自分のことを振り向いてもらいたいがために、一生懸命努力してきたその父親が、実は、男色家だと聞いたら」

「……え」

「無論それ自体は、珍しくは無いですね。君達の中にも、仲間同士で仲良くやっている場合も多い。だがそれはそれです。少なくとも、家庭を作って、妻と子供二人が居て、そしてその家庭を続けていくポーズを取っている父親が、実はそういう嗜好を持っていたとしたら」


 彼は思わず胸を押さえた。


「その嗜好は元々のもので、結婚自体が、政略的なものでしかなくて、妻のことなど全く愛してもいなく、自分は義務だけのために作られた、としたら」

「……だ……けどそいつには、妹が居たじゃないか」


 だが違う、とリタリットの中で、何かがわめき出す。ウトホフトは続けた。


「その妹は、母親の不倫の相手との間にできた子だった。それは元々彼も気付いていた。それだから余計に、自分が何故父親から目をかけてもらえないのか理解できなかったんですよ。父親も娘が自分の血など引いていないのは知っていましたからね。でもそうではない。父親は、自分が女との間に作ってしまった子供だから愛することはできなかったんですよ」


 彼は息を呑んだ。


「それだったら、妻が勝手に別の男と作った他人の子の方が、他人であるだけ気楽に付き合える。娘は娘としてやっていくことができる。だけど父親は、ゲオルギイ首相は、自分の子だから、遠ざけたという訳なのですよ」

「……嘘だ」

「少なくとも、『朱』は私にそう言いましたよ。そう聞いたのだ、と。そしてそれはつじつまが合うのだ、と」

「嘘だ!」


 耳を塞ぎ、リタリットは首を大きく横に振った。


「嘘だと言われても、リタリット君、これは私が彼から昔聞いたことなのですよ」

「……それでそいつは、父親憎さに、反政府活動に走ったって訳かよ?」

「それは本人にしか判らないでしょう? 私はあくまで、『朱』に何が起こったのか、それしか聞いてはいないのですから」

「……オレには関係ない」

「君に関係がある、と誰が言いました? 聞いたのは、君ですよ? リタリット君」


 顔を歪めて、リタリットはウトホフトを見据えた。


「それとこれとは、別ですよ。だから君への『お願い』は、その彼が残した通信施設と端末を見つけだして、こちらの指示する内容を盛り込んだプロパガンダ放送を流して欲しい、ということなのですよ」

「それを残したのは、『朱』なのかよ」

「ええ。彼は父親の使わない放送用端末を持ち出してました。首府において、携帯型放送用端末は、民間は全て登録されますが、公用はそうではない。これは彼らの特権です。だがゲオルギイ首相は、それを扱いかねて、家に放り出してあったそうで、それを『朱』は、使えると踏んで手にしたらしいですよ」

「見つかる訳ねーよ」

「でも君は、『朱』の気持ちが判るのでしょう?」


 悠然と、ウトホフトは笑みを浮かべた。リタリットは大きく息を吸い込むと、同じ勢いで鼻からそれを吐き出した。


「じゃあ首府に入り込むIDをくれ。BPが入り込んだように、アンタはソレができるんだろう!」


 放送用端末を見つけだしたのは、リタリットが首府に入ってから四日目だった。

 それは中央大学の中にあったのだ。

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