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エピローグ-②

   *


「さて」


 大きく音を立てて、船内の倉庫の扉を閉じる。もう積み込めるものは全て積み込んだはずだった。


「このくらいでいいかなあ?」


 やや高めの声が、ぱんぱんと手をはたきながら、小柄な隣の相手に訊ねる。


「いいんじゃない? ま、こんだけの宝石がありゃ、しばらくは大丈夫だろなあ」


 低めの、乾いた声がそれに答える。


「こんだけあれば、もっとでかい上等な宇宙船が数隻買えるよ? どうしようね。またどっかで調達する?」

「俺の長年の給料だからな、このくらい無いと割が合わん。無駄遣いは禁止」

「そりゃ、確かに、総統閣下」


 言われた側は、肩をすくめる。


「お前だって人のこと言えるの? 科技庁長官」

「もと、ね」

「だったら俺だってもと、だ」


 「もと」総統ヘラ・ヒドゥンと、「もと」科学技術庁長官ノーヴィ・ケンネルは、そう言って笑い合う。

 出発の時間が、迫っていた。三ヶ月近く過ごしたこの冬の惑星から、彼らは離れようとしていた。もう少しここに居ても良かったが、アルクの首府から飛んでくる電波が、どうやら交渉に成功したことから、今度は別の意味での駐留隊をこの場所に置くだろうという情報を運んできた。

 だとしたら、生きているはずのない総統と、失踪した科技庁長官はこの場に居る訳にはいかない。

 さすがにこれだけの時間留まれば、まだ保管庫にあった備蓄食糧も尽きてくるし、宝石の原石の採集もある程度の量かなった。


「それにしてもさあ」


 ケンネルは操縦席につくと、背後に立って椅子に腕をかけるヘラに向かって声を掛ける。何、とヘラは相手を見下ろしながら訊ねる。


「ヘラさんあんたが、あいつをすんなり帰してしまうとは、俺も思ってなかったけど」


 ケンネルは、一ヶ月の間彼らと一緒に居た、黒い服の男のことをほのめかす。


「あれ。じゃあケンネルは、俺が奴と一緒に居たいと言っても、こうやって船を出してくれた?」

「うーん、どうだろう」


 くくく、とそんな答えを聞いて、ヘラは笑う。

 既にあの男は、この場にはいなかった。BPと呼ばれている男は、意識を失ったままヘラと共にこの地に連れて来られたが、一緒に過ごして一ヶ月ばかり経った頃に出て行った。この地に残してあった輸送船を修理して、アルクへと戻って行ってしまったのだ。

 出て行く時に、ポケットに手を突っ込んだまま、その姿を眺めているヘラに、BPは悪いな、と言っていた。

 きっとこのままここに居たら、自分はあんたを好きになるだろうと思う。だけど自分には、待っている奴が居るから、と言い切って。

 ヘラは止めなかった。そぉ、と乾いた声で返事をしただけだった。


「でも、そんな意外だったかなあ?」


 乗せた腕に、あごをかける様にして、ヘラは問いかける。


「うーん。どうかなあ」

「そうゆう言い方は卑怯だね。でも、さ、仕方ないし」

「仕方ないかなあ」

「仕方ないよ。奴には、帰る相手が居るんだし」


 それがどんな奴なのか、結局ヘラは聞きそびれてしまったのだが。


「妬ける?」

「まあね」


 どんな奴であったにせよ、あの男を少なからず変えたのだから。妬けないと言ったら嘘になる。


「でもな。何か、仕方ないじゃん。奴が俺のこと、このまま居れば好きにはなるだろうけど、そうゆうのって、何か俺的にはね。つがいのひと、取ろうって気にはなれないし」

「ふうん」

「なあんか、必死で最初っから、奴、帰ろうとしてたし。そんな奴を、引き留めても、ねえ」

「うんうん」


 ケンネルはうなづく。知っていた。ヘラはそこで意見を言って欲しい訳ではないのだ。これは愚痴なのだ。どうしても、言わずにいられない類の。


「それにさ、あの時と違って、それでも今度は、俺もちゃんとしたいことはしたし」

「そうだねえ」


 くす、とケンネルは笑う。あの時の、BPの奇妙な表情は、ケンネルにも忘れがたいものだった。


「俺も、楽しかった」

「だろ?」


 そしてくすくす、とヘラは笑う。だがそれは長くは続かなかった。


「……テルミンには、結局悪いことしたかな」

「そんなことはないさあ」

「親友だろ、お前」


 ヘラは意外な答えに目を丸くする。するとケンネルは、平然と答える。


「親友だからね」


 そう? とヘラは問い返す。そうなの、と呆れた様に答える。


「テルミンは、あんたから何も欲しいとは思わなかったよ。ただあんたにシアワセになって欲しいとは思ってたけどさ」

「……馬鹿だねえ」


 俺みたいな奴に、と言う言葉はその口の中で噛み潰される。


「馬鹿だよ。だから、俺も、とっても、奴のことは好きだったよ。だから、ヘラさんはそこでテルミンに負い目なんか感じちゃいけないの。そんな資格、俺達には、ないもの」

「そうだね」

「そうなのよ」


 あの男の性格を知らない訳ではなかった。だがそれを知っていて、止めようとはしなかった自分達には、テルミンに負い目を感じる資格は無いのだ。

 そしてケンネルはそのままくっ、と顔を上に上げさせられる。ヘラは軽く首を前に倒すと、その口に軽く口付けた。

 離れた唇は、こう言葉をつむぐ。


「終わったんだよ。全部」


 ケンネルはそうだね、とつぶやいた。


「さて、行こうか」


 ヘラは身体を起こすと、目の前に広がる空に視線を移す。ひどく透き通った空が、そこにはあった。

 この冬の惑星を離れて、レーゲンボーゲンを離れて、これから何処へでも行くことができるのだ。


「準備はおっけーだよん。軍資金もあるし。行き先は何処がいい? 総統閣下」

「さあて。飛び立ってみなくちゃ、判らない」


 くすくす、とヘラは笑う。


 ―――もう帰らない。

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