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第51話 おばあちゃんとの馴れ初め

 その日は一時解散ということで、私達もそれぞれの作業をする。

 そう言えば配信のアーカイブ化もまだだったなと編集して、特に編集する場所もなかったなと全部垂れ流して公開した。


 ブログも書くほどではないしとログアウトすると娘の由香里から呼びかけられる。

 どうやら真希(シェリル)から今日妻と一緒に遊んだ事が漏れた様だ。


 どこまで話したのか知らないが、久しぶりのデートを楽しんだのじゃないかと聞きたい様だが、お邪魔虫がたくさん居すぎてそれどころじゃなかったと語れば「それは災難だったわね」と返された。


 お茶をいただきつつ、昼食の準備をする娘の姿を眺めていると、昔の電話型コールが鳴る。


 今時古いタイプを利用しての連絡手段。娘が出るだろうと待っていると「父さん、出て貰える?」と指名が入る。


「私でいいの?」

「こっちのコールは父さん用だから。会社からのは秋人さんのに直通だし」

「本当に私に便宜してくれてたんだね。しかしこっちにかけてくるなんて誰だろう?」

「母さんじゃない?」

「今日の今日で?」

「いいから、出てあげなさいよ。待たせちゃ悪いわ」

「そうだね」


 こうして問答してる時間も無駄だとばかりに、私はコールを受け取った。相手は案の定妻だった。


「ああ、あなた。こっちに戻ってきたのね、良かったわ。伝え忘れた事があったからコールでだけでも伝えようと思って」

「それでわざわざこっちにかけてくれたんだ」

「ええ、今日はごめんなさいね。本当は私一人だけの予定だったのに、リンダさんたらついでにみんなも誘おうと言い出してしまって」

「いやいや、別に私は構わないよ。私の知識がクラメンさんの役に立てたんなら何よりだし」

「でも、期待させてしまったんじゃない?」


 期待をしてなかったと言えば嘘になる。


「その埋め合わせと言ってはなんだけど、午後から二人でどこか出かけない? 幻影と一緒に」

「いいの?」

「ええ、今更こんなお婆ちゃんとじゃ嫌?」

「そんな事ないよ。私だってもうお爺ちゃんだ。今更だけどこんなお爺ちゃんでいいの?」

「ふふ、それじゃあお互い様ね。では午後に。こちらから連絡するわ」

「うん」


 言うだけいったらコールが切れた。

 自分でも言ってて恥ずかしくなったらしい。

 なんだか久しぶりに青春した気がするな。


「母さんなんだって?」

「午後から少し時間をもらいたいって」

「父さんはもちろんOKしたのよね?」

「そりゃ断る理由がないからね」

「それは良かったわ。母さんて素直じゃないから、父さんを誘うのに四苦八苦してるんだもん」

「へぇ、全然知らなかったよ」

「だって、父さん忙しそうにしてて母さんが声かけても全然気づいてあげないじゃない。見てて心配だったのよー」


 どうやら妻からのアピールに気づいてあげられない点を責められている様だ。

 そんなにアピールしてたかな?

 一緒になって攻撃された記憶しかないんだけど。


 もしかして攻撃される前にさりげにアピールしてたのかも。

 きつい物言いの時はアピールに気づかなかった仕返か。

 難易度高すぎない?


「まぁ、うん。午後は母さんを気遣う気で行くから。あまり責めないでよ。私だって責任感じてるんだ」

「しっかりしてよねー」

「なんのお話~?」


 そうこう言ってるうちに孫娘の美咲がお昼ご飯を食べにやってくる。


「お父さんがね、お母さんとデートするらしいのよー」

「デート! お爺ちゃんとお婆ちゃんデートするのー?」


 ワクワク顔で聞いてくる。

 やはり中学生ともなれば色恋に興味を抱くか。

 誰が好きかまでは言わずとも、恋バナに興味を示し始めたらすぐだろう。


「そうだね。本当は午前中にそういう約束だったんだけど、色々邪魔者が入ってね」

「邪魔者ー?」

「ほら美咲、ご飯の前に手洗いが先よ」

「えー! お爺ちゃんのお話聞きたいー」

「私が連れてくよ。行こうか、美咲」

「うん、お話の続き聞かせてね?」

「それはもちろん。美咲もだれか気になる人がいるのかい?」

「えー、まだ居ないよー!」


 否定はするが、心なしか満更でもなさそうだ。

 あまり私につきっきりでは困るけど、年頃になればすぐに私どころではなくなるだろう。

 そうなると少し寂しくはなるが、孫の将来の方が心配だ。


「ほら美咲、今日は好物のハンバーグだそうだよ?」

「やったー! あー、ニンジン!」

「残さず食べなきゃダメよ?」

「お父さん様には小さめのを用意したけどそれで平気?」

「助かるよ。私に美咲と同じサイズは厳しいからね」


 若い時はモリモリ食べられたのに、いつからか脂たっぷりの食事は胃が受け付けなくなっていた。

 食べ盛りの美咲には信じられないという顔をされたが、野菜や魚で十分だ。うん、今日の味噌汁も美味い。

 海を感じられる具材が入ってるのでホッとするね。


 美咲にはニンジンが強敵な様で、苦しげにニンジンを食べて居た。こんなに美味しいのに。

 でも子供の時は確かに苦手だったな。

 ふとそんなことを思い出し、そう言えばと美咲に問いかけた。


「よし、じゃあ美咲がニンジン残さず食べたら私とお婆ちゃんの馴れ初め話をしてあげよう」

「ほんと!」

「あ、それ私も聞きたい」

「はいはい、食後にね」


 何故か娘まで食いついてきて、賑やかな昼食を終える。

 妻との馴れ初めは基本的に幼なじみだったから顔見知りだったと言うのもある。

 小学校の頃はおとなしい女子というイメージだ。

 けど、中学、高校に上がるとやっぱり男子は女子を意識して見る様になる。


 同じ通学路で歩く妻を視線でよく追いかけたものだ。

 その頃はまだ好きだという気持ちより、興味みたいなものだったな。

 そう語る私に、孫は不思議そうに首を捻った。


「幼馴染ってなぁに?」

「同じ地域に住んでる子供達のことだよ」

「???」

「美咲には分からないかもね。ご近所さんと出会うこともないし、VR時代にはない習慣だわ」

「お母さんの時代はあったのー?」

「まだ私が子供の頃はあったわね。20歳になる頃にはVRがで始めたくらいかしら? その頃には流行病が蔓延してて、多くの患者さんが出たのよ」

「うん、私達は平気だったけど。由香里の世代か下くらいの世代が直撃だったね」

「ええ、それからVR空間に引っ越しだーってリアルから撤退しちゃったのよね。父さんはそれで寂しい思いをしてたんじゃないかって姉さんと心配してたのよ」

「ええ、あの子達年に一度しかハガキ寄越さないのに?」

「そりゃ姉さん達は会社を経営してる人間だもの。私の様な専業主婦とは違うわよー」


 娘はそう返すが、だからってハガキ一枚よこして終わりはなくない? 忙しいのは分かるけどさ。


「それよりお爺ちゃん! お話の続き!」

「ああ、そうだった。お婆ちゃんに意識し始めたのは高校に上がった時くらいだね。私の幼馴染にはもう一人居てね。それが神保さん。ゲームではダグラスさんだよ。あの人は私の一つ上でね。顔を合わせるたびに誰か好きな子が出来たかって話が出るんだ。そこで片想いの相手に当時のお婆ちゃんを立候補に挙げたのがきっかけだったかなぁ」

「ダグラスさんは恋のキューピッドだったの?」

「と言うよりは因縁のライバルだったかな? 彼もお婆ちゃん狙いでね。と言うかお婆ちゃんはモテたんだ。神保さん以外にもライバルはいっぱい居てね。どっちが先に告白するか勝負だーなんて」

「青春ねー。あー、私もそういう恋愛してみたかったなー」

「由香里だって恋愛結婚じゃない?」

「私の時は時代が時代だったから。リアルに残るかVRに引っ越すかって時だったし、リアル暮らしの私は今の仕事失って大丈夫かなって心配し通しでさー」

「それで結婚渋ってたの?」

「秋人さんがね、生まれてくる子供の分まで僕が全部受け持つから、だから信じてついてきてほしいって。プロポーズ受けて。それで決めた感じかなー」

「なんだかんだ君たちだって青春してるじゃないの」

「なんか恥ずかしいわ。いい歳して恋バナで盛り上がるだなんて」

「たまにはいいじゃない。さて、コールだ。お婆ちゃんからお誘いのお電話かな?」

「じゃあ私お部屋でお勉強片付けちゃうねー」

「母さんも午後からログインするから、たまには一緒にまわりましょ」

「えーお母さんついて来れる?」

「お母さんだって昔は鳴らしたのよー? 若い子にはまだまだ負けないんだから」


 妻からのコールを受け取ると、すっかり親子で腕を競い合っている。子供の成長は早いからね、由香里もうかうかしてられないんだろう。


「それじゃあ私もお婆ちゃんとデートしてくるよ。その時のお話はまた夕飯の時にでも」

「いってらっしゃい、父さん」

「いってらっしゃい、お爺ちゃん!」


 娘達に見送られて、私はゲームの世界へとログインする。

 キョロキョロと周囲を見渡し、部外者はいないよねと警戒する。


「何をしているのよ」

「少し周辺調査を」

「あなたの幻影が一番怪しいまであるわよ?」

「|///〻///)ゞそれほどでも」

「褒めてないわよ。というか言うだけ無駄ね、この子には」

「うん、じゃあ行こうか」

「行き先は決めてあるの?」

「実はずっと連れて行きたいところがあったんだ。その為には飲んで欲しいものがあるんだけど」

「ああ、例のドリンクね。と言うことは海中デート?」

「うん、すごくしょっぱいけど」

「いつかそのドリンクを素材に料理を作ってみたいものだわ」

「いいの? 言ってはなんだけど君の手に負えるものではないよ?」

「今更でしょ? それにゆくゆくはこの子のためになるのなら、それくらい惜しくはないわ」


 妻はゾスの化身を抱きかかえ、はにかむ。

 ああ、きっと私はこの笑顔にやられたんだ。

 老いてもなお変わらぬ魅力に、私は再び青春時代を思い返す様だった。

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