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第52話 竜宮城でのひと時

 と、いう事で妻は少し表情を顰めながらその青いドリンクを飲み干した。


 元々エルフの長耳のあった場所には魚のエラと水掻きが。


 私の前でくるりと回り「どうかしら?」と聞いてくる。

 「似合ってるよ」と返すべきか、はたまた「その姿の君も素敵だ」と返すべきか迷っていると、クスクスと笑われた。


「何さ」

「いいえ。ただ貴方は歳を重ねても変わらないのねと思っただけ」

「変わらないよ、私は。周りが勝手に騒ぐだけだよ。それよりスズキさん、案内を頼むね?」

「|◉〻◉)あ、はーい」

「総司の相手をしてくれてたのね。ありがとうルリーエちゃん」

「総司?」

「この子の名前。ゾスという名じゃ味気ないでしょ?」

「だからって日本的な名前は……」

「ゲームに合わない?」

「いや、ただどうして日本名なのかなって」

「実は男の子が生まれたら付けようと思ってた候補がこの名前なの」

「そうなんだ。でも……」

「ええ、男の子には恵まれなかった。でもゲームの中でなら良いじゃない?」

「うん、良いんじゃないか? なによりも本人が気に入ってるのなら私が何か言うことはない。でも総司か……」

「なぁに?」

「いや、君が新撰組が好きだとは知らなかった」


 沖田総司、新撰組一番隊隊長の名前と同じだ。


「そういえば若き天才剣士もその名前ね」

「偶然だったと?」

「字数も良かったのよ」

「そこまで考えているあたりが実に君らしい」

「何よそれは」


 少し照れる妻に、離れて歩く幻影たち。

 スズキさんもすっかりお姉さん風を吹かせて何か吹き込んでいる。総司君に変なこと教えないでよ?

 怒られるのは私なんだから。


 場所はファストリアからファイべリオンへポータルを使ってテレポートする。

 ファイベリオンは海上に佇む城だ。

 その下には海底宮殿などが配置されている。

 確かここでルアーさんと一緒に釣りをして、亀のフレーバーを拾って竜宮城へと行ったんだよね?


 なのでそれに倣って釣り場から足を入れて、水中へ。

 妻に至っては水魔法で自身を覆ってから水中へと入ってきた。

 一人だけずるいんだ。


 スズキさんは総司君と一緒だ。

 サハギンスタイルで人型の総司君と手を繋いで泳いでいた。

 妻は足をマーメイドの様に魚に変え、しかしすぐにはなれない様で少し練習が入る。


「ごめんなさいね、お待たせして」

「私も練習したのでおあいこさ。時間はたっぷりあるし、急がなくて良いよ」

「ではお言葉に甘えさせてもらうわね」


 少しのんびりとした時間を過ごす。

 ここ最近先へ先へと進めてきたからね。

 配信という都合上、相手の欲する情報を上回る必要性があった。これじゃあシェリルたちのことを言えたモノじゃないな。

 妻は人と同じ様な泳ぎをしようとして、それでうまくいってない様だ。

 そこで私が手本を見せる。


「いいかい、ハーフマーメイドは人と同じ感覚で足を動かすんじゃないんだ。体全身で前へ進む。手は基本は使わず、進路を変更する時に少し動かしくらいだ」

「すぐには覚えられないわ」

「ゆっくり覚えればいいのさ。こればかりは感覚で掴むしかないし」

「総司は大丈夫かしら?」

「スズキさんが面倒みてくれるし、平気でしょ。今はあの子に任せてあげて。それよりも君が泳げる様になる方が先だ」


 手を握り、一緒に泳ぎに練習をする。

 最初は戸惑っていた彼女も、私の水操作の補助なしでもある程度の泳ぎをマスターしつつあった。

 やっぱり飲み込みが早い。

 今日中に泳げてしまうんじゃないかというくらいの上達ぶりだ。


「お待たせしました。いきましょう?」

「スズキさん、総司君は?」

「|⌒〻⌒)はしゃぎ過ぎて眠ってしまったみたいです。僕がおぶっていくんで、アキエさんはマスターと一緒に景色を楽しんでくださいね」

「貴方もすっかりお姉さんね? 少し頼める?」

「|>〻<)任せてください」


 いつになくやる気で、やはりポナペ経典の彼程敵視はしていない。と言うより自分の知らないクトゥルフさんを知ってる相手。

 興味を示すのもわかる気がした。


「では行こうか。道中海流の激しい場所もある。手を繋いで行こうか」

「少し恥ずかしいわ」

「私も年甲斐もなく胸の高鳴りを感じているよ」


 泳ぐ、泳ぐ。

 当時は竜宮城まであっという間だったのに、今日はヤカに距離が長く感じた。

 それはきっと彼女の手から伝わる体温のせい。


「なぁに? こちらをチラチラみて」

「いいや、美しい景色だなと思って」

「惚れ直した?」

「いいや、ずっと惚れっぱなしさ」

「本当かしら?」


 スイっと私の前を泳いで行く妻。

 私の手をすり抜けていく彼女を追おうと足を蹴るもハーフマーメイドの全力遊泳には些か及ばず距離は離されてしまう。


 ああ、行かないでくれ。

 そう思う気持ちが、無意識で領域を展開させていた。


「きゃっ」

「ごめん、脅かすつもりはなかったんだ」


 掌握領域で、海水ごと妻を優しく包む。

 それを丁寧に引き寄せて、再び手を繋いだ。

 もう二度と離さないぞ。

 そんな気持ちが篭った。


「びっくりしたぁ」

「本当、ごめん」

「こっちこそ、ごめんなさい。今更あなたの気持ちを試す様な真似なんてして」

「本当だよ。私は君とこうして会話してるだけで嬉しいのに」

「本当なのね、本当に不器用。私も、貴方も」

「うん、そうかもね」

「みて、あそこに兵士さんが居るわ」

「じゃあそろそろかも」


 兵士さんに挨拶を交わすと、顔パスで通してくれた。

 妻も同様に。

 クトゥルフさんの計らいでハーフマーメイドも新しい仲間として認められたのだ。


 スズキさんを先頭に、竜宮城前の街へと入る。


「ここが、海の世界……」

「活気に満ちているだろう? 私がくる前も種族はいたけど、今はプレイヤーの姿もちらほら居るね」


「あ、アキカゼさんだ!」

「え、どこ?」

「ほらあそこ!」

「どれー?」


 早速見つかってしまい、妻を連れて裏路地へ。


「別に隠れなくたって良かったんじゃない?」

「それじゃあなんのために君と二人きりになったのか分からないじゃないか。それとも全く知らない第三者にデートの邪魔をされて君は不満はないの?」

「全くないと言うわけでもないけど」

「なら、今は私のことだけ考えて欲しいな」

「全く、しょうのない人ね」


 少し困った様に笑い、握った手に力を込めて引き寄せた。

 信頼を置いてくれた証拠だ。

 私が手を引けば、彼女の体は私と同じ方へと流れた。


「ここ、どこかしら?」

「スズキさんとも別れちゃったし」

「そうだったわ、総司!」

「と、大声を出したら見つかるよ?」

「ごめんなさい」


 物陰で息を潜めながらの会話の向こう、野次馬たちが私の登場を噂しながら練り歩いている。

 プレイヤーがどこで何したっていいでしょうに、全く暇な人たちだ。


 深海の街は建築基準法が地上と違っている。

 街だと思ってまっすぐ進んでいても、どこかの塔の一部だったりと急に足場が消えることがままある。

 海の中なので落ちはしないが、心臓に悪いと言う意味ではいい感じに妻とどきどきを共有できた気がする。


 気がついたら私達は竜宮城の門の前まで来ていた。


「|◉〻◉)あ、マスター探しましたよ!」


 そこで偶然私と逸れたスズキさんが。

 スズキさん曰く逸れたのは私達の方らしいが、気にしては負けだ。


「お母さん見つかった?」


 アキエさん、幻影にお母さん呼びさせてるの?

 流石にそれは……


「何か?」

「いや、なんでも……」

「おかえりなさい総司。お姉ちゃんと一緒に遊んでもらえて良かったわねぇ」

「うん!」


 総司君と出会うなり妻は母親の顔になる。

 つまりデートはここでおしまいということだ。


「どうする、ついでに乙姫さんに挨拶する?」

「|ー〻ー)いつもクランで会えるのにですか?」

「ああ、あの子達。ここのお姫様だったのね、なんでアイドルなんてやってるの?」

「|◉〻◉)趣味です!」

「そう……」


 あ、引いてる。

 まぁアイドルになんてならなくても魚介類から慕われてるのにね。

 じゃあなんで地上に出たかといえば、信仰のためにすぎない。

 海底でひっそり暮らす時代は終わり、地上に出てクトゥルフさんへの思いを届ける活動に出た。

 それだけだ。


「なんだか今日はドッと疲れたわ。でも、たまにはこんな日もいいわね。また連れてきてもらえる?」

「じゃあ明日にでも……」

「毎日は流石に疲れちゃうわ。でも、あなたの都合の良い時があったら伝えてちょうだい。私の方でも合わせるから」

「いいの?」

「何を遠慮してるのよ。私からお願いしてるんだけど?」

「じゃあ、絶対連絡するから!」

「あ、でも。イベント本戦に選ばれちゃったら終わってからでも大丈夫かしら?」

「それは勿論。じゃあその前に向こうを住みよくしておかないと」

「あまり手入れしすぎて娘に怒られない様にね?」

「そこは彼女次第なところだね」

「もう少し善処してあげなさいな」


 ふふふ、と笑い妻は総司を抱き寄せた。

 すっかり他人事だけど、あの子敵陣営である私たちに容赦ないから君も危ないんだよ?


 いや、実際に手を出すかどうかは怪しいけどさ。

 私と違って妻とは一緒に暮らしてる手前、流石に気まずくなるだろうし。


「でも、そうだね。程々にしておくよ」

「それがいいわ。喧嘩するにしたって仲直りできる前提で動かないと。ねぇ、総司?」

「んー?」

「総司君にはまだわからないかもね」

「そんな事ないわよ。こう見えてうちの子は誰かさんと違ってしっかり者なんですから。ね、総司?」

「うん」


 返事は少し頼りなさげ。

 でも妻の願望がそこに集約するなら吝かではないといった感じだ。


「じゃ、帰る?」

「その前にお土産を買っていきましょ」

「いつでも来れるのに?」

「記念に、いいでしょう?」

「そうだね。それを見るたびに今日という日を思い出す様なものがいいかな?」

「ふふ、そうね」

「お母さん楽しそう」

「あら、わかる? 年甲斐もなくはしゃいでいるのよ」

「|◉〻◉)良かったですね、マスター」

「うん、君が総司君を引き取ってくれたおかげで、こうして二人きりの時間を過ごせたよ。ありがとうね?」

「|///〻///)ゝそれほどでも」


 いつになく素直なスズキさん。

 そういえば今日に限って私の事をマスターと呼ぶのは総司君の手前だからだろうか?

 いつも通りハヤテさんでもいいのにと思いつつ、今日はログアウトした。

 部屋を出ると待ち構えていた娘や孫に捕まって、早速感想を聞かれた。


 さて、何から話したものか。

 私は考えをまとめ、臨場感たっぷりに語った。

 多少脚色をつけたが、ありのままを語るのは幾分恥ずかしいのでそこは許して欲しい。

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