相棒と幻影を連れてサードウィルの街を歩く。
地下ルートはセカンドルナとサードウィルの真ん中くらいにある。
行くのは容易く、進むのは容易ではない。
まさに物理的に炎上する高難易度コンテンツだ。
次の配信までに俺たちもパワーアップする必要があった。
厳密に言えば、ソナークリー戦の様なハイリスクハイリターンの様な状況を少しでも改善したかったのだ。
そういう意味では断章以外の断片を見つけておくべきかなと思っていた。
「図書館行くぞ、図書館」
「図書館でござるか?」
「おう。精霊を従える様になったあれだが、使う度に正気度減るのをどうにかしたい。アキカゼさんは正気度減らす前に侵食度上げろっつてたけど、85まで上げてもなんら強くなった気がしねーんだ。じゃあ断片が足りねーのかなと思った訳だ。俺は未だページ数0で魔導書の持ち主としてペーぺーなんだよ」
「某も未だなり立ててあるがゆえ」
「ちょうどお互いマスターになったんだしさ、図書館探索とでも洒落込もうぜ?」
「むふん、図書館デートでござるな?」
「|◉〻◉)探索です。お間違えなき様に」
「リリー殿は黙るでござる」
村正がシッシッとリリーを追い払う。
扱いがまるでペットのそれだが、お前もそのうち似たような幻影が付き纏ってくるんだぞ?
その時はきちんと手綱握って欲しいもんだぜ。
絶対リリーと喧嘩するに決まってるからな。
最寄りの図書館はワープポータルからファストリアの例のクエストでいける簡単な方をチョイス。
アキカゼさんの情報から、いくつかルートが出ているが、どれも行くのに難易度がつきまとう。
水の中でも村正は嫌がらないと思うが、ドブ攫いをさせたと聞いた親父さんがどんな言いがかりをつけてくるのかわかったもんじゃない。
「ゴミ拾いでござるか」
「ゴミっつってもポイント付きのアイテムだ。ここ最近お前の戦闘も一直線すぎてつまらなかったろ? ここらで普段のトリッキーな動きを思い出そうぜ。本当ならお前には遊撃を任せたいんだが、精霊姫は曲者揃いでいつでも全滅が目に見えていた。それだけは避けたいとお前を生かし切れずにいた」
「あれに至ってはモーバ殿ばかりが悪いわけでもあるまい。地下ルートは我々ハーフビーストにとっての鬼門。その割には動けていた方でござるぞ?」
「だからってストレス溜まってないかといえば嘘になるだろ?」
「そうでござるな。地下での鬱憤を晴らすという意味ではちょうどいい機会でござるか」
「どうせなら誰が一番ポイント獲得できるか勝負しようぜ。リリーも参加な?」
「|◉〻◉)負けませんよー」
気合を入れてクエストスタート。
ゴミ拾いと聞いて最初は遊びの延長戦だなんて思っていた俺も、意外と多角的な場所に散乱しているアイテムの取得にムキになっていた。
「掌握領域! っと、3枚ゲット!」
「|◉〻◉)へっへーん水動作と水中の僕ならその三倍は集められますけどね?」
「水で埋まる前に迅速に奪うまで! シッ」
途中からポイントでも消そうになれば、スキルや掌握領域を使ってまで相手の足を引っ張り、自分の価値を優先した。
なんと言ってもリリーの獲得ポイントが酷いんだ。
あいつの宣言通り、水操作が異様に広範囲かつ俺たちの手の届かない場所での乱獲なので勝負にならないのだ。
なので属性停止でリリーの一人勝ちを止め、村正に隙を突かせてポイントを取らせた。
最終的には僅差で村正が勝ち、時点でリリー。
俺は最下位になった。
「ぬっはっは、どうでござるかリリー殿? 某達の勝利でござるな?」
「|◉〻◉)狡いですよ村正さん! いつの間にかマスターと組んで! 悔しい、そこは僕のポジションなのにー」
どうやら村正的には俺と組んでの大勝利と言うことだった。
リリーは俺の幻影だからと俺と組みたがるが、村正はそれに対抗してるように思う。
「さ、それはさておき例の場所だ。気合い入れていくぞ?」
目の前には異質な空間。
図書館、といえば蔵書の置かれた空間を指すが。
その場所は魑魅魍魎が跋扈してそうな雰囲気を醸し出している。
なんか居る。
そう思わせる気配があった。
入り口の前で足踏みしていると、何も感じないのか村正が先に入って手招きした。
「どうしたでござるか、モーバ殿?」
「|◉〻◉)村正さんは感じませんか? この奥にいる何者かの威圧感を?」
「いや、全く」
「もしかして聖典側の断片がそこにあるっつー危機感か、これは?」
「むふん? では某のための書物があるのでござるな?」
いそいそと、何やら何かを感じ取った村正が図書館の中を探し回り。
一冊の光り輝く書物を手にした。
瞬間極光が薄暗い図書館を埋め尽くし、眩い光の中から幻影と思しき存在が浮かび上がった。
あれ? 幻影って断片一枚目から存在すんの?
話を聞く限り四枚目からその姿を表すと聞く。
聞くが……
「|◉〻◉)なんですか、マスター?」
リリーは一枚も断片獲得してないのに存在してるんだよなぁ。
「お初にお目にかかります、マスター。私の名はヴェーダ。聖典リグ・ヴェーダの化身にして神格ブラフマー様に遣える幻影です。以後お見知り置きを」
実に堂々とした名乗り。
現れたのは秘書官の様な出立ちの少年。
歳の頃は10代後半。
幻影の年齢はプレイヤーに縛られないのか?
ふとリリーを見下ろすと。
「|◉〻◉)ぼ、僕の顔に何かついてますか?」
「いや、なんでもない」
見た目はあれで、中身はちびっこ。
ロリコン趣味じゃねぇからプレイヤーの趣旨はどうだっていいのかもな。
「ヴェーダ殿であるか?」
「私に敬称略は不要です、マスター」
「ではヴェーダ君?」
「どちらでも。それよりもマスター」
ヴェーダとやらは図書館の敷居を跨いで対峙する俺たちをキッと睨んで威嚇する。
武装はなんとも現代的とはいえない杓と水の入った器。
しかしそれらには油断できない脅威が潜んでいると俺の警戒心がガンガンと警鐘を鳴らしている。
「敵対陣営がおります。滅しますか?」
「武器を下ろしてヴェーダ君」
「しかし、彼奴等は我が陣営に悪影響を及ぼす憎き魔導書陣営。一匹見つけたら100匹入ると噂の魔導書陣営ですよ?」
俺たちゃゴキブリかよ。
ま、リリーですら毛嫌いするのが聖典だもんな。
俺も直接言葉を聞いて納得した。
こいつ嫌いだわ。潔癖症で会話が通じない。
聖典か魔導書か。
そんな関係をいちいち押し付けてきて、マスターの気持ちを微塵も考えちゃいねぇ。
幻影って言うのはどいつもこいつもこうなのか?
うちのリリーが特殊すぎて意味がわからねぇぜ。
「村正、どうするんだそいつ? 流石にそうまで嫌われたら俺たちは一緒に行動は出来ねーぞ?」
「マスター! 魔導書陣営と一緒に行動するなど正気ですか?」
「ヴェーダ君? 少し黙ろうか?」
いつになく冷めた瞳の村正。
ヴェーダの肩に手を置き、無理やり座らせると顔の位置を下にして圧をかけていく。
普段のロールプレイを取りやめ、素の口調が現れた。
「いい? ヴェーダ君。モーバさんは私の大切な人なの。もし私との仲を割いたら絶対に許さない。今すぐに聖典を破り捨ててもいい。それくらいの覚悟だよ?」
「マスター……いいえ、村正様のお覚悟の程を見極められず申し訳ありませんでした」
「わかってくれればいいんだ。じゃあ行きましょう、モーバさん?」
「口調……」
「行こうではないか、モーバ殿!」
「その方がお前らしいよ。で、あれどうすんの?」
図書館で主人に見捨てられた子犬の如くその場でうずくまるヴェーダに振り返りもせず、村正は言った。
「今は上下関係を厳しく躾ける頃合い故。口出し無用で頼むでござる」
「お前がその態度で行くのなら、俺は何も言わんぞ?」
「流石モーバ殿でござるな。その器の大きさ、某が見定めただけのことはある」
いつどこでその結論に至ったか聞くのが怖いが、村正の本気度はこれ以上ないくらい伝わった。
俺もどこかでこいつの気持ちに決着つけなきゃいけないのかねぇ。
図書館一発目からやたら疲れた俺だった。
こりゃ二枚目の在処は随分と骨が折れそうだ。
って言うか俺、まだ一枚ももらってないんだけどな?