「お母さん、お母さん!ハヤテがね、今度一緒にAWOで遊ぼうって!」
「そんなことを言っていたの?」
夕食時、姉さんがお母さんにそんな話題を振った。
私はその光景をお行儀悪いなと思いながら見つめている。
「うん、だからね、今度は少し時間を合わせてログインしようかなって」
「へぇ、お爺ちゃんはそういうの好まないと思ってたけど」
「そのお爺ちゃんていうのやめて。あたしの妹だから!」
そうだそうだ。
私はもうお爺ちゃんじゃないぞ。
転生して子供になったんだ!
「妹……まぁあなたの生体データを使ってるからそうなったのでしょうけど」
「ハヤテも、それを望んでるよ。今度ね、一緒に演奏しようって言ってくれたんだ。あたしが楽器を鳴らして、ハヤテが歌を歌ってくれるって」
待って、そんな約束してない。
私が歌うの?
歌なんて歌ったことないぞ?
いや、知ってる歌が古すぎて姉さんはついて来れないんじゃないか?
「演奏か、いいじゃないか。母さんも歌って踊れるアイドルをしていたからな」
「あ、それハヤテも言ってた」
「もーやめてよ。こんなおばさん捕まえて」
おばさんだなんていうが、まだまだ若い盛りじゃないか。
だが、孫の言い分も確かだ。
前世で私がアイドルを名乗れたか?
つまりはそういうことなのだ。
若気の至りでは済まされない。
そう思えば今の孫は娘と同世代なのだ。
恥じらいをもって当たり前である。
私も若干恥ずかしい。
こういう周知は若い時は乗り越えられるというが、嘘だと思う。
食事は終わり、お風呂に入る。
あー、姉さんたら。服を脱ぎ散らかして入って。
あとで畳んでおかなきゃ……いや、流石にそれは余計な世話か。
「ねーハヤテ、聞こえてる?」
チャプ
「一緒にいてくれるんだよね? アテにしてるからね?」
チャプチャプ
「えー、なんでそこで否定するのよ! 今までしてきたんだからこれまでもしてくれてもいいじゃない!」
チャプチャプチャプ
私は何も答えてない。
ただ、なんとなく私の声が聞こえてる前提で、姉の独り言は深刻化していった。
これ、お風呂だけだからいいけど、授業中にも言い出したら変な子確定だよ。
どこかで会話できるようにしとかないと。
姉が寝静まったのを確認してから、起き出す。
「メモメモ。これでいいかな?」
今の時代、ノートは全部電子データだ。
紙やペンが廃止されたわけではないが、世代ごとに必要性が異なる感じだ。
私は電子ノートにサインをする。
姉さんへ。
やめた方が良いことを箇条書きで記す。
寝入った姉さんの代わりに日課のスキンケアとヘアケアをしておく。
そこで尋ねてきたお母さんが。
「あらあなた、まだ起きてたの?」
「うん」
「今、お爺ちゃん?」
「お爺ちゃんはやめて」
「じゃあ、ハヤテちゃんって呼ぶわね」
「うん」
「あの子に、疾子に付き合ってくれてありがとうね。でも、あんまり甘やかさないでくれると嬉しいかな?」
「そんなことをしてるつもりはないんだけどね」
「今こうやってケアをしてること全て、あの子が覚えることなの。お爺ちゃん、ハヤテは言ってたわよね? 苦労は買ってでもしろと」
「そんなこと言ったっけ?」
覚えはない。
けど勢いでいった記憶はあった。
「聞きました。あの時のあたしは理解が及ばなかったけど、社会に出て痛感した。もっとあの時お爺ちゃんのいうこと聞いておけばよかった、身になるための技術を身につけておくべきだったって」
「それを今からこの子に自覚させる?」
「できたら嬉しいとは思ってるけど」
難しいことは理解してる。
問題は自分でそれに気づけるかなのだ。
「どのみち私は人生の主役に立てない存在だ。姉さんも、そこを弁えてくれたら」
「無理じゃない?」
「今のままだと難しいのは認めるけどね。だからこそ、私という存在がいなくなった時の用意はしておきたい」
「それを当てにしすぎてる姿が目に見えるようだわ」
私も見えた。
とてもくっきりと。
今のままじゃ確実にその道に入るのは確かだ。
「でも、だからこそ諦めるのは早い。君も諦めなかったからこその今があるんじゃない?」
「さっきお爺ちゃんじゃないって否定したのに、お爺ちゃんらしさ出てる。生意気」
「いだだだ」
こめかみをぐりぐりされた。
これが親子のスキンシップ?
同姓ならではの?
いや、違うな。
恨みも込み込みのやつだ。
気苦労ばかりかけたからな、甘んじて受けようか。
「でも、そうだね。あたしもそうだったし、この子も今は危なっかしいけど、わかってくれる時が来る、のかな?」
「そう願うことしかできないよ。親は」
「あなたも私の子供なのよ、ハヤテちゃん?」
目が怖い。頭を撫でるても何故か力が込められていて、ギシギシなってる気がする。
気のせいだといいな。
「そ、そうだね」
脂汗をかきながらやり過ごす。
大人と子供の体格差をこれでもかと味わっている時。
「あ、そうだ」
本当に突然、お母さんが話を変えて。
「うん? 突然どうしたの」
「ハヤテちゃん、あなたスキル骨子は?」
「あー……なぜか全部パッシブになってたね」
気がついたら、そうなってたのだ。
「あー、そればかりはごめん。あの子に教えるときにお爺ちゃんのスタイルを教えてたから」
「それは本当に困る。私は突然あの世界に縛り付けられたから」
何も心の準備ができてなかったのだ。
「でも、他にやることもないだろうし、前と同じ道筋をなぞるのかなって思って」
「ないない。むしろ今回は錬金術とか料理とかに興味があるよ」
「意外」
「私をなんだと思ってるの?」
「変人?」
「違いない」
私は甘んじて受け取った。
変人と言われて言い返す言葉が思いつかなかった。
「でも、今は女の子として頑張っている。そこを認めてほしいね」
「わかった。お父さんにも伝えとく」
「お父さん?」
「ハヤテちゃん的にいえばお爺ちゃん」
「あー、オクト君」
「その言い方は失礼だからやめること」
ほっぺにぎゅむうと指を突きつけられる。
「ふぁい」
孫はあれから立派なお母さんになっていた。
私はタジタジだ。
翌日、お母さんと一緒にログイン。
姉さんが学校に行ったタイミングで私は無罪放免になった。
いつもは学校にまでついていくのだが、そこは不干渉の掟があった。
「やぁ、来たねマリン。話はパープルから聞いてるよ。ほしいのはこれだね?」
お爺ちゃんは一つの腕時計を取り出した。
「これは?」
「ハヤテちゃん、今はお母さんがお話ししてるところなの」
おっと、話の主導権は握らせてもらえないようだ。
お母さんの顔がやけに怖い。
何か怒らせることをしてしまっただろうか?
身に覚えがありすぎて怖いな。
「ハヤテ。生まれて来なかった子だね。この子が?」
「そう、お爺ちゃんの生まれ変わりの可能性が高くてね」
「初めまして、お爺ちゃん」
「うーん、らしくないなぁ。疾子も君そっくりで、全然らしくなかった」
「もう少し、こう手心というのを加えてくれないかな?」
「あ、今のお義父さんらしいです」
おっと、何か見極められてたかな?
「うん、まぁ話は聞いてるから今更疑いようはないんだけど。実際にこの目で見ておかないと思ってさ」
「人が悪い」
「あはは、お義父さんに鍛えさせてもらいましたから」
その時の恨みが尽きないと言われてるみたいなものだ。
「それでこれは」
「スキルチェンジャーというものでね。スキル骨子のスキルを特定のスキルと置き換えることができるアイテムだ」
「へぇ!」
私は目を輝かせる。
「ただし一つのスキル当たりアベレージ一億はもらう」
「高いっ」
「これを高い程度で済ませるのはお義父さんらしいね」
「普通ならぼったくりって言われるものね」
「なんかそれぐらい稼げる気がしてたけど、現環境だと厳しい気がしてきた」
「普通はそんな予想はしないんだよ、お爺ちゃん」
「なんだか昔の癖が抜けなくて」
「この子、やっぱりお義父さんだよね?」
もう隠す気もない会話に、いよいよオクト君が疑わし気な視線を送ってくる。
「で、これはいくらで私に貸してくれるの?」
「この子ったら、もう貰う気でいるわ」
「お爺ちゃん、お金かかるって話聞いてた?」
「孫特約で、ね? お爺ちゃんお願い!」
「このずる賢い感じ、やっぱりお義父さんだ」
当たり前だとも。こんな誰かのレールを歩くくらいなら、私はいくらでも借金をするぞ。
「やった! 錬金術をやってみたかったんだよね。ありがとっ、お爺ちゃん!」
「この笑顔、ずるくない?」
「うちの娘は着実に成長してますよー?」
「にひひ」
私はお母さんと一緒に笑った。
そしてスキルチェンジャーなるものを借りた。
とりあえず二枠。
約二億の借金をこさえる。
流石に孫特約で二億はチャラにならなかった。
世の中そんなに甘くはなかった。