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第6話 食材の入手経路

 すっかりシズラさんのお店の一員になって働くこと三日。


 まだ姉さんはこちらにやってくる気配は見せない。

 というか、リアルじゃまだ12時間しか経過してないのだ。


 ログイン権と関係ないところでログインできてしまってるのはもはやバグではないか?

 だなんて思いながらのんびりアルバイトをこなしていく。



「ハヤテちゃん、そろそろ私ログアウトの時間だわ」


「お疲れ様です」


「ハヤテちゃんはまだ時間ある?」


「もうちょっと余裕がありますね。お料理覚えるの楽しくて、気がついたらって感じです」


「あらー、それは羨ましいわね。私は最近全然熟練度上がらなくなっちゃって」


「極しモノ! みたいでかっこいいじゃないですか。尊敬します」


「逆にそれはそれで頭打ちみたいで料理人としては望ましくないのだけれどね」



 ログアウト中、店の経営は商業ギルドで雇えるNPCに任せるのだが。

 私はその中に混ざらせていただいている。


 この三日、ほとんどログアウトせずに活動してるが、流石に怪しまれるのでオリをみてログアウトしているということになっていた。


 すっかり人間らしい生活をぶっちぎっているのは、ひとえにAWOの知らない部分を見れて楽しいからというのもあった。



「それじゃ、あとお願いね。あ、そうだ」



 シズラさんがログアウト間際に何かを思い出したように言った。



「素材が切れそうだから補充しておいてほしいんだ。場所わかる?」


「AWOってそういえばどうやってお野菜とか仕入れてるんです?」


「そりゃ初心者にはわからないわよね」



 ずっと謎だった。

 このゲームのモブには明確なドロップが存在しない。

 落ちても石ころやランクアップに必要な貢献値で、肉や野菜などは見たこともない。


 けれど妻や娘は私に見事な料理を披露してくれた。

 けど、素材の入手経路はどこにもない。


 私は店の保管庫から素材をお借りして料理をしているが、それがどこから生じてるか全く知らずにいる。

 いつの間にか補充されているので、気にしたこともなかったというのが正解だ。



「いいわ、この際教えちゃいましょう」


「ログイン時間大丈夫です?」


「少しリアルの時間が押し迫ってきてるけど、教えるくらいの余裕はあるわ。野菜はね、ストアから購入できるの」



 ストア。

 アイテムトレードではない、NPCが運営している商店があるのだそうだ。

 完全に盲点だった。


 下手をしたら私ほどAWOをよく知らずに遊んでる人もいないのではないか?

 そんな気さえする。



「なるほど。しかしそれなら予約を入れるだけで搬入されるのでは?」


「普通ならそれでおしまい。でも私は料理人で、食材をこだわる」


「仕入れ先が違うと?」


「正解。専用の農家さん、この場合はプレイヤーさんだけど、その人と契約して卸してもらってるの。このメモを見せればいつも通り購入できると思うから」



 シズラさんは素早くメモにペンを走らせ、私に持たせた。



「じゃあ、あとはお願いね」


「はーい」



 ログアウトしたのを見送り、私はマップを確認しながらその場所に赴いた。



「へぇ、こんなところに畑が」



 ファストリアのことは調べ尽くしたと思っていたのだけど、探せば知らない場所が見つかるものだ。

 いや、見てはいてもそこに興味が向かなかっただけの可能性もあるか。



「およ、誰かな? ここから先は私有地だよ」


「ああ、すいません。私はパーラーシズラの従業員でして」


「おー、シズラちゃん? へー、プレイヤーの従業員雇ったんだ。珍しいこともあるね」



 声はする。

 けれどその姿は見えず。

 私は周囲を見まわした。



「ここだよ、ここ。あなたの腕」


「へ?」



 そこには手のひらサイズの小さな人間がいた。

 背中には蝶を思わせる透明な羽を生やした少女だ。



「うわっ」


「あははは、初めての人はあなたとおんなじ反応するよねー」



 ヒラヒラと鱗粉を撒きながら上昇する少女は、私の目線の高さまで上がるとこう名乗った。



「あたしはこより! 精霊種族の上位存在であるプレイヤーなのだよ。わっはっはー」


「精霊種族なんて選択肢にありました?」


「チッチッチ! 特殊進化先だよ。初っ端から選べるわけないじゃん。それで、今日はなんのご用? あたしの種族について聞きに来たってわけじゃないんでしょ?」


「あ、そうでした」



 いつもならではの考察で、相手を観察し尽くすところだった。

 今日はお使いに来ているのだ。

 余計な考察で相手を不快にさせてどうするのか。



「ほうほう、お肉にお野菜に、調味料かー。シズラちゃんめ、一気に寄越すじゃん」


「最近お客さんが多いみたいで。新規が増えたとかでしょうか?」


「んー、あそこの客層はあたしも知ってるけど、長期休みでもないのにこんなに人が集中することってまずないのよね」


「はぁ」



 じゃあ、どうしてあんなに人が?

 意味がわからない。


 忙しい分にはお店が儲かり、仕事が尽きないので私としてはありがたい限りだが。



「これはあれかな、君のような若いプレイヤーが入ってきてそれで人気が出たと見るね、あたしは」


「私を見に?」



 そんな暇人がいるのか?

 訝しむ私に、こよりさんは「自覚がないって怖いわー」と呟いた。


 確かに天真爛漫なタイプの姉なら、人気が出てもおかしくはないだろう。

 しかし私はどちらかといえば地味目。


 スキンケアは頑張ってるし髪質に気を遣ってるが、姉と比べるのは烏滸がましいと思うのだが?

 割と真面目に考察する。



「まぁそれは端においといて」


「自分の問題よ? もっと興味を持って」


「私はしがないアルバイターでしかないですから。それで、注文の品はご用意できそうなんです?」


「この量は流石に今日だけじゃ無理ね。在庫がないもの」


「別に無理してってわけでもないみたいですよ」


「と、いうのは?」


「私、このゲームを始めたばかりで、お料理に使う素材がどこからきたのか知らないってお話をしまして」


「あー、つまり?」


「多分、シズラさんは私に教えるために発注を水増しした可能性もあるのかなと」


「あいつめ、相当にあなたを気に入ってるな?」


「そうなんですかね?」


「あの子が金にならないことに興味を示すはずがないもの」



 すごい金にガメツイ認定されてるんだな、店長。

 まぁ腹に黒いものは持ってるので間違いではないか。


 それから私はこよりさんからAWO内での生産方法、錬金術を教わった。

 なんと畑の農薬から種の生成全てが錬金術で賄える。

 調味料なんかもお手のもの。


 肉に至っては合成肉で本物ではないと聞いて驚きだった。

 何せお店で食べた肉は本物と遜色なかったからである。



「錬金術って、そんなになんでもできるんですか?」


「ポーションだけだと思った? 日用品のほとんどは錬金術で作られてるわね。ここだと最大手は精錬の騎士かしら?」


「知ってます」


「新人さんでも知ってるくらい有名ってことね」


「私のおじいちゃんがやってるお店だってお母さんから聞いてます」


「あらー」



 こよりさんはあまりオーバーに驚かなかった。



「シズラちゃんがどうしてあなたに興味を持ったか理解したわ。それであの子はなんて?」


「売り出しの際に体験学習会みたいにお母さんに見学しにきてもらえないかって提案を」


「それを受けちゃったの?」


「話を通すくらいは問題ないと。来るか来ないかまでは私も責任持てないので」


「いいように宣伝させられないようにしなさいね? あの子にはあたしからきつく言っておくから」


「随分と親しい間柄なんですねぇ」


「ああ、この種族だから色々誤解を受けるけど、リアルで姉妹なのよ。あたしとあの子」


「まぁ」



 一次産業と二次産業を担う姉妹か。

 いいね、憧れる。


 私は錬金術にも興味を持ち始め、その日は簡単な錬金術を教わったりしながら1日を過ごした。

 フレンド登録もしてもらって、るんるん気分でログアウトした。

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