「やっほー」
「遅いぞー、ミルっち」
「そういうお姉ちゃんだってさっき来たばかりだよね?」
なぜそこで威張れるのか、これがわからない。
私はあれからすぐにログインして、シズラさんのお店のキッチンを借りて料理をして待っていた。
着いたらメッセージをくれると準備をしていたのだが、一度に制作する時間が5分はかかる料理が、9個目に至ろうとした時にお姉ちゃんが現れて。
10個目でミルちゃんが現れた。
おおよそ50分の遅れ。
時間を潰せる私だったらいいけど、リノちゃんだったらブチ切れてたと思うよ?
なんでこんなに遅れたのか、私は事情を尋ねていた。
「まさかとは思うけど、一度ログアウトした?」
「いやー、まさか」
「そうだよ、ちょっとドリンク取りに行ったくらいだよ」
「そうそう」
二人して目を泳がせる。
それはログアウトしたってことでは?
二人に白い目を向けつつ、私は今日の方針を話した。
さっきブログで散々話したのではないかって?
あんな中身のない会話で方針を決められたら大したものだよ。
「とりあえず今作ってるの終わらせちゃうから待ってて」
ジャーッとフライパンの上で生姜焼きの火入れをしちゃう。
蜂蜜にたっぷり漬け込んで、浸透圧で柔らかくなったお肉を使っているのでほんのりと甘いお肉に仕上がっている。
溢れ出た肉汁が、野菜に絡まってこれまた何ともな香りが店内に広がった。
それをお皿にもり、パッキング。
使用後の調理器具は使用済みのタグをつけたストレージに放り込んだ。
「これは匂いでご飯3杯いけるやつでは?」
「お腹が空く匂いだよね」
「えっと、二人共お腹空いてるの? 各自ENの申告よろしく」
昼食を食べたばかりだし、なんならログアウト前にも食事はしてたよね?
「90%!」
「85%だね」
「食べる必要なくない? これは食べると85%回復なんだけど」
「聞いた? ミルっち。この子、あたしたちがお腹空いてるのにケチりましたよ?」
「だよねー、小腹とかすぐ空くよねー?」
まるで屁理屈のようだ。
こういう場合、料理をふるまっってやらなければテコでも動かない気がする。
私は詳しいんだ。
「あー、はいはい。軽食作るから待ってて」
「やた」
「ハヤっちのご飯美味しいから助かるー」
「本当はこういうところで無駄な食材使いたくないんだけど」
「ごめんて。あとで収穫手伝うから」
「あたしたちはリノっちに報告する義務があるからね」
お姉ちゃんはそれが免罪符になると思ってる節がある。
「じゃあ、次のブログはお姉ちゃんにお任せしようかな。食べる前にスクリーンショット撮るの忘れないようにね?」
「任された!」
「味見の方はいつでもお任せあれ」
この子達、今後一切料理とかするつもりがないんだろうか?
それくらい食い意地で脳みそが支配されてるようだった。
いや、美味しく食べてくれてる分には作り甲斐はあるのだけれど。
問題はミルちゃんのあの小さな体のどこにあの量が入るのか。
謎だよね。
「ふー、食った食った」
「今日はもうこれ以上思い出残さなくてもいいかなーなんて気がしてるけど、どうですかねミルモさん」
「そうだね、トキ君」
なんでこの二人はご飯食べただけでもうやる気無くしてるのかなぁ?
自分がブログ担当と聞いて急に面倒くさくなっちゃったのかな?
EN回復させたら次は行動でしょうに。
「全然良くないよ。食レポも適当だし、まだお日様も高いよ? ほら、立った立った」
「お腹いっぱいで苦しいんですけど~」
「ミルちゃん。お姉ちゃんの頭の上はふかふかで気持ちよさそうだよ」
「うへへへ天然のベッドだ!」
酔っ払いかな?
と思うほどに悪ノリでお姉ちゃんの頭の上に陣取ったミルちゃん。
まるで秘密基地を獲得した子供みたいにはしゃいでる。
「なんか頭の上、ベチョってしたんだけど! ねぇハヤテちゃん、ミルっち何してるのか教えて」
「気持ちよさそうに寝てるよ」
「なんか首筋にツーって! これ絶対よだれだよね?」
「気のせいじゃない?」
ギャーギャー騒いでるお姉ちゃんを無視して、私はギルドにクエストを探しにいく。
ここにきた目的は、私の生産以外でのお金を稼ぐ方法だ。
「すいませーん」
「たのもー」
「たのもーってなに? おもろw」
「はいはい、いらっしゃい。見ない顔だけど、ここは初めてかい?」
NPC、なんだよね?
それにしては随分と人間のような受け答えだ。
いや、このパターンは一度体験したことがある。
確か特別なイベントを起こした後に、質問に対して返答できる権限が降りた場合だ。
でもおかしいな、私はその類のイベントを起こした覚えがない。
「|◉〻◉)おや、新人の人?」
「あ、レッドシャークさん」
なんて?
どこかで見たことのあるような鯛のボディに、サハギンのスタイルのプレイヤー? が私たちに向けて声をかけてきた。
「プププ、レッドシャークって! 鯛じゃん」
「縁起物だよ、知らないの? ミルっち」
「し、ししし知ってらぁ」
「えと、うちのメンバーがすいません」
「|ー〻ー)いいよ、別に。見た目が名前負けし打てるってよく言われるし」
「レッドシャークさんは今クエストの帰りですか?」
「|◉〻◉)そう。僕たちサハギンは水中戦でしか役に立たないからね。クトゥルフ様がご降臨なされて地上でも暮らしていけるようになったけど、それでも制限があるから」
はて、制限?
「失礼ですけど、街の中で空中浮遊は」
「|ー〻ー)? そんなことできないけど」
あれれー、おかしいぞー?
「ハヤテちゃん、この人知らないのかな?」
「もしかしてそうかもね。お姉ちゃん、教えてあげたら?」
「ふふーん、ここであたしのダンスを披露しちゃうよ!」
お姉ちゃんは即座に下半身を魚にし、その場で宙返り。
ギルドの中で遊泳してみせた。
「|◉〻◉)えっ! どうして泳げるんですか? まさかルルイエ様が浮上なされた?」
「ルルイエ様ってなーにー?」
「|>〻<)ルルイエ様を知らないなんて、本当に君は世間を知らないね! いいよ、僕が教えてあげよう!」
<シークレットクエスト:レッドシャークの教えが開始されました>
シークレットクエスト!?
まだ埋まってたか。
いや、なんで誰もこのクエストを発見できてないんだ?
もうサービス開始から二十年も経っているんだぞ?
もしかして条件が非常に複雑だったり?
いや、この場合はどちらでもいい。
問題はこれが連続するタイプかどうか。
今日だけで終わればいいが、終わらなかったらリノちゃんが仲間外れになる可能性がある。
「ハヤテちゃん、どうする?」
「受けたー」
お姉ちゃんは一応受けるかどうかを聞いてくれたが。
まーたミルちゃんがやらかした。
「コラー! ミルっち!」
「え、ここは受ける流れじゃんか!」
「仕方ないよお姉ちゃん。発動してしまったらもう戻れない。今はこのイベントをこなそう」
教えを聞けばクエストは終わる。
私はそう思っていたんだけど、どうにもこのクエスト相当長引きそうだった。
何せ聖魔大戦関連ワードがこれでもかと出てくる。
クトゥルフ、魔導書。
そしてドリームランド。
レッドシャークさん曰く、ここには何かの間違いで流れてきてしまった。
ドリームランドに帰りたい。
話を要約すればそういうことだった。
そしてこれは、僥倖というか。
シークレットクエストのたびにパーティメンバーが変わっても問題がないような仕掛けが施されていた。
今回は仕方ないけど、次はリノちゃんを誘っていける。
そう考えれば引け目は少ない。
「この人はプレイヤーじゃないの?」
「NPCのようだね。流暢に喋るから驚くけど」
<シークレットクエストが進行しました>
<続・シークレットクエスト:レッドシャークの興味が開始されました>
<NPC『レッドシャーク』が召喚可能になりました>
「イベントが進行したみたい。いつでも一緒に戦ってくれるって」
「|◉〻◉)どうやら君たちは話がわかるようだからね。素敵なダンスのお礼だ。僕の力が必要だったらいつでも頼っておくれ」
こうして、私たちの旅に珍妙な魚が付き添うことになった。
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<レッドシャークイベント発生条件>
聖魔大戦開始後10年経過していて
新規登録からリアル時間で10日以内(今回は9日目)で
NPCからの信頼度50%以上獲得していて
戦闘スキルを誰も持ってない状態で
2名以上の深海種族を連れているパーティがギルドを訪れると話しかけてくる。
主に開始10日でNPCの信頼度を50%以上獲得するのが難しくて今までお蔵入りしてた系。
基本的に存在はするけど、興味を持ったり話しかけてくる条件が非常に厳しいため、ずっと発見されずにいた。
召喚に関しては深海種族が2名以上その場にいないと応じてくれない。
召喚時には戦闘に、水中移動にと大幅に活躍の見込みがあるが、能力を大幅封印中。
プレイヤーの行動次第で封印が解除されるぞ。
なお、封印解除を進めれば進めるほど正気度を喪失するので発掘しないのが正解まである。
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