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7.誰が勝ちで、誰が負けか


     7.


「あなた――どういうつもり?」

 ハウスは『アミュレット』を握り締めながら言った。その防犯魔法『アミュレット』は既にはとはらによって内部構造が破壊されていて本来の役割を果たすことはない。

「どうせこれもドロップアウトが企んだ何かなんでしょう? あなた、ドロップアウトの一員じゃないはずよね? なのに、どうして加担しようとしているわけ?」

「随分と質問が多いですね」

 扉の隙間から返答があった。

 鳩原のすっとぼけるような返答に苛立いらだちながら、

「あんな規格外の部外者を学校に招き入れて、いったいどういうつもりなの?」

 と、強い口調で言った。

「……何か勘違いしているみたいですけど」

 少しの間があった。

「僕もその子も、ドロップアウトとは無関係ですよ。それにさっき出会ったばかりです」

 足音が聞こえた。

 すぐそこに――あの『侵入者』が立っている。

 自分から一メートルも離れていない距離だ。地べたに座り込んで鉱石を握り込んでいるハウスを見下ろす角度だ。

「ああ、なるほど――」

 扉の向こう側で納得する声がする。

「ハウス・スチュワードさん。あなたがどうして『ここにいるのが僕だ』ってわかったのか、だんだんわかってきましたよ。あなたは最初からドロップアウトの仕業だと決めつけていて、霞ヶ丘ゆかりと関わりがある僕が候補として挙がったんですね。きっと――日常的にマークされていたんですね。それだけ生徒会から『霞ヶ丘かすみがおかゆかり』という生徒は目をつけられているということ――ですが、僕は関係ありません」

「それはシロでもクロでも言えることね」

「……だったら僕がシロなのかクロなのか、もう一度よく考えてみてくださいよ」

「…………」

 確かに、霞ヶ丘とよく一緒にいるし、仲がいいようには見える。でも、あくまでも一緒にいることが多いというだけで、距離感は保っている。実際に生徒会でも彼の名前は挙がっていた――霞ヶ丘ゆかりと同じくらいに警戒するべきなんじゃないか、と。

 それらのことを踏まえた上で、ハウスは返答する。

「……シロ、ですね」

 そう――そういう声も挙がってこそいたが、鳩原那覇なはは極めて模範的な生徒で、同級生からの評判もいい。勉強を教えてもらいにいっても嫌な顔をせずに丁寧に教えてくれるし、人当たりもいいとか、そんな話もよく聞く。学校の性質上、落第寸前みたいな扱いを受けているが、ハウスから見ても勤勉な生徒である。

「……だからこそ」

 現状に抗うように、ハウスは言う。

「どうしてあなたは、この『侵入者』に加担するようなことをしているの⁉」

「わかりませんか?」

 と、あまりにも冷たい声――それは『侵入者』のものだった。

 魔女のような少女は近づいてきて、屈み込んでハウスと目線を合わせる。

「初めまして。ダンウィッチ・ダンバース。それが私の大切な名前です」

「…………っ」

「あなたの名前はなんですか?」

 そこに親しみも、友好的な表情もない、ただの徹底的な冷徹。無表情だ。

 このまま素直に名乗ってもいいものか。一瞬迷ったが、

「……ハウス・スチュワード。それが私の誇りある両親からいただいた名前よ」

 と、答えた。

「そうですか。よろしくお願いします」

『侵入者』――改め、ダンウィッチはこくりと頷いて、そう言ったものの、手を差し出してくるようなこともなく、依然姿勢は変わらない。

「私が人に名前を名乗るときはふたつです」

 二本の指を立てる。

「ひとつは出会いを大切にしたいから。もうひとつは対峙です。言葉でのやり取りが必要だと感じたら、名乗るようにしています」

 指を折り畳んで、不気味に言う。

「残酷な、手段……」

「さっきまでがそうでしたね」

「どうして――」

 ハウスは言う。

「私は、最初からあなたに対して攻撃の意志なんてありません。私は初めから言葉でのやり取りを――」

「私を見たからです」

「え?」

 言い終わる前にダンウィッチは答えた。

 いや、今なんて答えた?

……?」

「…………っ! それだったら鳩原さんも同じはずじゃないの⁉」

 扉の向こう側を見る。

 ダンウィッチと鳩原にどういう経緯があったのかは知らないが、ハウスが予想するに――たまたま消灯後も起きていた鳩原と、学校に侵入してきたダンウィッチがたまたま出会ったという感じだ。

「それは僕も気になっていたんだよ」

 と、言いながら鳩原が扉を開けて外に出てきた。

 鳩原の姿を見て、ダンウィッチの表情は少しだけほころんだ――ように見えた。

「それは簡単ですよ。鳩原さんには敵意がなくて、ハウス・スチュワードさんには敵意があった。だから、私は敵だと判断しました」

 それだけです――と言い切った。

 丁寧な口調は変わらずだが、女の子らしい穏やかな口調だ。これが好意的な気持ちを向けられた人物への顔かとハウスは思った。

「て……っ、敵意って!」

 命の危機を感じた者としては、そんな曖昧な理由だけでは納得できない。

「そんなのっ! あなたの感じ方ひとつじゃない!」

「それだけで十分だと思いませんか?」

 この返事を受けてハウスは思った。

 ああ……、言葉は通じるけど、話にはならない相手なんだ、と。

「わ――私は」

 押し問答はやめて、今一番知りたいことを訊ねる。

「私は――助けてもらえるんですか?」

「そりゃあ、まあ……別に

 まるで日常会話のように、しれっと『殺す』という言葉が含まれていたことに恐怖を感じつつ、ハウスは訊ねる。

「どう、すれば?」

「見なかったことにしてくれたら、それで十分ですよ」

「わかった」

 ここでハウスは即答した。

「私は何も見ていないし、憶えてもいない。それでいいのね?」

「待った」

 ここで口を挟んできたのは鳩原だった。

「そんな約束を守るとは思えない。ハウス・スチュワードさんがこんな出来事を、そんな簡単に目を瞑ってくれるわけがない」

「何よそれ……、あなたは私の何を知っているというのよ……」

「正義感と責任感のある方だと聞いています」

「はは、それは過大評価よ。私の意志なんてそんなに強くない。命のほうが大事よ」

 ハウスは苦笑いを浮かべながら言った。

 それでも、こんなふうに評価されているのを聞けて少し嬉しい気持ちになる。

(その通りね。鳩原くんの言う通り、私ならこんな出来事は目を瞑らない――)

 ダンウィッチに殺されそうになった理由を聞いたときにいろいろと諦めることにした。平和的な解決や、この事態を穏便に済ませようという考えを放棄した。

 だから――と、ハウスは考える。


(――私が助かったあとはその限りじゃない)


 取り乱していたハウスも、この時点ではそれなりに平常心を取り戻していた。

 そして、この状況を見て、ハウスはこんなふうに思った。

(私が一番有利だ)

 絶体絶命は間違いない。

 だが、鳩原が防犯魔法を破壊したのは、教職員が駆けつけてくるのは困るという判断をしたからだ。すなわち、ダンウィッチという得体の知れない少女は――大人の力があれば取り押さえられるということだ。

 ダンウィッチがどういう目的でこの学校に侵入したのかわからないが、目的があるはずだ。

 その目的のためにも、誰かが――たとえば、ハウスが殺されでもしたら、警備はより厳重になるし、もっと多くの人数が『ダンウィッチ』という人物を追いかけるようになる。

 つまり、ダンウィッチや鳩原にとって、この状況を切り抜けるためには、ハウス・スチュワードを殺すことなく黙秘に合意してもらうしかない。

「…………あなた」

 ダンウィッチが言う。


?」


「え?」

「ハウスさん。頭はいいみたいですけど、あまり分別がついていませんね。視野が狭いんですか?」

 ダンウィッチの、その冷たくて不気味な視線が向けられる。

「これは私とハウスさんの命を助けてくれた鳩原さんへの礼儀なんですよ」

「は? 鳩原くんへの……? 礼儀?」

「鳩原さんが『それ』を止めていなければ、ハウスさんは助けを呼べていました。ですが、私はハウスさんを殺していました」

「…………っ」

「そこに駆けつけてきた魔法使いの方々に私は殺されてしまっていたでしょうね」

 ダンウィッチは扉の傍らにぶら下がっている『アミュレット』を指で弾いた。

「『これ』が使い物にならなくなったことで、助けを呼ぶことができなくなりました」

 ダンウィッチは続ける。

「対話も通じない、戦闘も適わない、救助もできない。そうなったら、自分の無抵抗を示して、私と話をするしかありません。この状況にしたのは鳩原さんなんです。鳩原さんは私たちの命を助けているんです。私たちは――鳩原さんに負けたんですよ」

 そう言われて、ダンウィッチの言っていることを理解できた。

 鳩原の行動は、この少女にくみするためだけではなく、

「負けた私たちにできることと言えば、彼に礼儀を尽くすくらいだと思うんですけど、そうは思いませんか?」


 こうして。

 ハウス・スチュワードはいろいろと逡巡しゅんじゅんした末に、項垂うなだれるようにして頷いたのだった。






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