1.
アラディア魔法学校は豊かな自然に囲われた立地に建っている。こんな人里離れた
十五世紀から十七世紀までの暗黒の時代。
魔法を使う者も、そうでない者も、疑わしい者は次々と迫害を受けて処刑台送りにされた時代。魔法使いたちは迫害を恐れ、人里離れた山奥に隠れ住むようになる――そんな魔法使いたちのために十六世紀に創設されたのが、このアラディア魔法学校である。
魔女狩りが落ち着きを見せたのは十八世紀の
やがて、時代は移り変わり、名門校と呼ばれるようになる。
あの時代の
(『人が住まなくなると家は駄目になる』って聞いたことがあるなあ)
ここに来るまで本当に大変だった。
山道や獣道ではないにしても、
鳩原はすっかり息切れし、汗だくになっているのに、ダンウィッチは
(鍛えているのかな? あるいは……)
あるいは? あるいは――いったい何だと思ったのだろうか。
そこから先の言葉がちゃんと出てこなかった。
(全体に灰色だ――)
村にやってきてすぐに鳩原はそう思った。
すぐ目に入ってきたのは倒壊した木造家屋だった。これが家屋なんだとわかったのも、この廃村をしばらく歩いて、半壊している木造家屋を見たからである。ただの腐った木の残骸くらいにしか見えなかった。
切り石などで作られた建物なんかは原型を留めている。廃村全体が灰色っぽい色合いだが、別にそういう視覚的な意味だけではなく、村全体から彩りが感じられないという意味でもあった。
時間が止まっているという感じだ。
(この村は、どれくらい前のものなんだろうか――)
この国は自然や歴史のある建築物の景観を保護しようという意識が高いのは知っている。だけど、このアラディア魔法学校の周辺地域は、そういった保護の手が及んでいない地域だ。
必要がなくなって、捨てられた場所。
「こちらです」
なんて考えていると、案内されたのは廃墟だった。
それは切り石で作られた建物だが、玄関には扉がない。最初からなかったのか朽ち果てたのかは鳩原にはわからないが、ダンウィッチに案内されるまま建物の中に這入る。
薄暗くて空気は埃っぽいし、じっとりとしていて生臭い。
「ここは?」
「私の拠点です」
そうでしょうね。予想していた返答だった。
荒れた部屋の中には、かろうじてテーブルらしきものとベッドらしきものがあった。壁に黒いローブと、真っ黒な帽子がかけられている。
「片づけたので寝泊まりはぜんぜん余裕ですよ」
ダンウィッチはそう言いながら、ティーカップを持ってきて、テーブルの上に置いた。
「この国では友人を招いたときにはとっておきのカップで紅茶を出すのがもてなしだと聞きました。なので、せめて形だけでも――ああ、どうぞ。かけてください」
「…………」
促されるままベッドの腰を下ろす。今にも折れてしまうんじゃないかという音が感触と一緒に伝わってくる。
テーブルの上に出されたティーカップのほうを見る。そちらの状態はきれいだ。この廃屋にあったものではなく、どこかで新しく調達したものなのだろう。
「これは何?」
「フルーツジュースですね。スーパーで買ってきました」
この部屋に案内される途中にオレンジの描かれた紙パックを見かけたので、そうだろうなとは思っていた。せっかく出してもらったので口をつける。味はしっかりと市販で売っているオレンジジュースの味だった。
部屋の中を眺める。
窓には何もないので剥き出しになっていて、床が濡れている。じっとりと生乾きの臭いがしているのは昨日の雨の影響か。
「あ、外と変わらないって思いましたね?」
「……思ったよ」
「それは外をナメてますよ。外で寝るよりはマシです」
それはそうかもしれないけど……。
扉も窓もなければ、テーブルやベッドもほぼ腐ってるし、あまり同意もできない。
「
なんてふうにはにかんだ。
そうだった。
(……『私のいた世界』)
ダンウィッチの言葉を頭の中で繰り返して、その意味を鳩原なりに考えた上で、
「ダンウィッチ。きみの言う『私のいた世界』っていうのはどういう意味なんだ?」
と、訊ねた。
ダンウィッチは壁にかけてあった帽子をひょいっと手に取って深々と被った。前髪と帽子の鍔の奥にある瞳がこちらを見る。
「私はこの世界の人間ではありません」
ダンウィッチは言う。
「私は『鍵』を手に入れるために、別の世界から来ました」