2.
国境を越えたら、そこにあるのは別世界。
わざわざ隣り合った文化に線を引いて侵入を拒んでいるのは、
「まったく違います」
とのことだった。
「そのままの言葉で受け取ってもらって大丈夫です。私のいた世界には魔法なんて技術は存在していませんでしたから」
「別の世界……か」
「異世界と言ったところですかね? 私からすればこちらの世界が異世界ですけど」
言いながらダンウィッチは、鳩原の隣に座ってきた。
ベッドが圧し折れるんじゃないかというような音と立てていたが、ダンウィッチは気にした様子もなく、話を続ける。
「
「何から聞いたらいいかわからないけど……そうだね。どうしてその『鍵』をこっちの世界に取りに来たのかを知りたいかな」
うーん、とダンウィッチは腕を組んだ。
「こっちこそ、何から話したらいいかわからないんですけど」
そう前置きをしてから話し始めた。
「私のいた世界はですね、もう取り返しがつかないことになっています」
「取り返しがつかない?」
「『
浸食?
気になる言葉があったけど、あとでまとめて質問するとして、今は話を聞こう。
「私はですね、その『
鳩原の中で腑に落ちる。ダンウィッチのこれまでの振る舞いや言動と一致した。レジスタンス……それはつまり、
この場合は、その『
「戦争をしているってこと?」
「はい。そうです」
即答だった。
「私の仲間たちは十数年に及ぶ戦いで疲れ切っています。私たち――『レジスタンス』は『世界を取り戻すための作戦』を練ってきました。ですが、計画段階で攻撃を受けました。不十分なまま作戦を実行するしかなかったんです。たったひとりしか、別の世界を越えられなかったんです」
「その作戦って……」
「はい、『世界を越えて「鍵」を取りに行く』という作戦です」
少しの沈黙。
鳩原は考えながら言う。
「わからないことを聞いてもいい?」
「どうぞ」
「まず、『
「『
「門? それはなんだ?」
「わかりません」
これにもダンウィッチは即答だった。
「『レジスタンス』の大人たちなら、何か知っていたかもしれませんが、私が知っていることは――『
なったとかではなく到った? 到達したとか、そういう意味だろうか?
「浸食っていうのは?」
よくわからないままだが、次の質問をした。
すると、ダンウィッチは腕を組み直して、
「……これはちょっと例え話になるんですけど、いいですか?」
「構わないよ」
「世界を一隻の船だと思ってください。海の上に浮かんでいる船です。『
ひと息に話し終えたダンウィッチは顔を上げる。
「どうですか? わかりますか?」
「イメージはできたよ。その穴が『門』で、工具が『鍵』だね?」
「はい、そうです。私たちはその船底の穴を閉めたいんです。だけど、『
「……ダンウィッチは、今いくつなんだ?」
「え? 十四歳です。どうしてですか?」
「いや、別に……」
そんな年齢の子から『殺す』と言った。
冗談なんかじゃない、本当の殺意が込められた言葉が、ごく自然に出てきたんだ。それが少し、鳩原は嫌だった。
「私を含めて『
戦争。ダンウィッチの身なりはそれが故か。
髪の毛は適当な刃物で切り揃えただけで、痩せているのは栄養が足りていないからで、昨晩のハウスとの戦いでの振る舞いは戦うために生きてきたからか……。
なるほど。こういう屋根と壁があるだけの野宿と変わらない廃屋をマシだと言ったのは――そういうわけか。
鳩原は戦争がどういうものなのかを知らない。
戦争は今も世界のどこかで起きていることだけど、鳩原にとっては歴史の授業で習う過去の出来事である。
これまでの人類の歴史を紐解いたとき、比較的――今は平和な時代だ。
人類が育んできた文明の中では。