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第39話 価値観

 二時間後、少女とマリアの姿は霞ヶ関にあった。


「……連絡をもらえれば、こちらから迎えに行きましたのに」


 玄関で出迎える雫の言葉を聞いて、少女は首を傾げる。


「あら、そう? でもまあ、この国の観光もしたかったし。それに、厭なのよね。そういう風に送迎をしてもらうのって。そりゃあまあ、特別扱いを受けているのは重々承知ではあるのだけれど。地下鉄やバスがここまで発達しているのだから、わざわざリムジンで来るのは味気ないってものでしょう?」

「そういうものかねえ……」


 雫は呟くが、少女はそれを素知らぬ顔で見送ると、


「ところで、パイロットは? てっきり出迎えてくれるものとばかり思っていたのだけれど?」

「……いや、流石にそれは。一応、待機はしているから。直ぐに来てくれると思うけれど。先ずは荷物を置いてから、態勢を整えてからでも遅くないのでは?」

「平和ボケした国の考えることは、何時まで経過してもそういう考えなのかしらね。……まあ、だからこそ八十年以上も戦争が起きていないのかもしれないけれど」

「何が言いたいのかしら?」


 雫は笑顔——しかし目は全く笑っていない——で少女に問いかける。

 しかし、少女はそれを見て見ぬ振りをして、


「とにかく、案内して貰えるかしら。そちらのご厚意に甘んじて、荷物を置いてから……ね」



◇◇◇



「わたしがエーデルワイス=ハンスバーガーです。どうぞよろしく。アメリカでオーディールのパイロットをしています」


 流暢な日本語で自己紹介をしてきたからか、聡と瑞希は目を丸くしてしまった。

 ぽかんとしてしまっていた、というのが真実だろうか。


「ど、どうも……」


 そう言って、二人はそれぞれ自己紹介する。


「聡と瑞希ね、どうぞよろしく。気軽にエーデルワイスと呼んでもらって構わない。だって、年齢的にはそう変わらないでしょうから」


 エーデルワイスはそう言うと、椅子に腰掛ける。

 それと同時のタイミングで、隣に立つ長身の女性——マリアはペットボトルの水と何か錠剤のようなものを手渡した。


「ん。ありがと」


 慣れた手つきでそれを受け取ると、無駄のない動きでそれを口の中に入れて、取り入れた。


「……ビタミン剤か何か?」

「まあ、そんなものね」


 瑞希の問いに、エーデルワイスは簡素に答えた。


「別にそんな気にするものでもないのだし。いずれにしても、これが理由でパフォーマンスが著しく低下するなんてことも起きないのだから、そこは安心して欲しいのだけれど」

「ああ、そう」


 素っ気なく答える瑞希に、エーデルワイスはつまらなそうに溜息を吐いた。


「ところで、これから如何すれば良いのかしら? あちらからは特に何も指示もされていなければ、計画の提示さえも行われていないのだけれど。グノーシスが何か用意してくれているのかしら?」


 エーデルワイスから視線を向けられた雫は、そのまま松山に視線を移す。

 松山も二度首を横に振り、


「——聞いていませんよ、何も。こちらもただ、アメリカからパイロットがやってくるので交流の機会とみなしてよろしく頼む、としか」

「投げっぱなしってことか、いずれにせよ……。そんな感じだとホテルは?」

「一応機関が予約してくれているみたいだけれど、マリア」

「はい」


 名前を呼ばれると、直ぐにマリアはスマートフォンの画面を雫に見せる。

 雫はそれを見る。そこに映し出されたのは、メールアプリだった。予約サイトの予約完了通知のメールが全画面に表示されており、その真ん中らへんには高級ホテルの名前とスイートルームを予約していること、それに雫の給料ではとても払えそうにない莫大な金額の支払い通知が明記されていた。


「……何というか、アメリカはビッグだな、相変わらず」

「この国が長年経済成長をしなかったのが原因では? いつまで経っても給料も増えず、増えたとしても税金やら年金やらで持っていかれると聞きます。それでも国民は従順ですからね、絶対にテロやデモはしないじゃないですか」

「とはいえ、デモばかりが起きて銃社会であり、平和とは言い難い国には好んで住もうとは思わないがね。無論、住めるとも思っていないが」

「……まあまあ、ここで国同士のいがみ合いを再現しなくても良いでしょう。ともあれ、今日は疲れたのではありませんか? オリエンテーションなどすることもあるでしょうけれど、先ずは休息を取ってからでも遅くないはずです。そう、明日からでも……」


 このままでは平行線を辿るほかない議論を、半ば強引に止めたのは松山だった。

 松山の言葉を聞いて、雫もエーデルワイスも深い溜息を吐いたのち、ゆっくりと頷いた。


「……まあ、確かにその通りだ。ここでいざこざを起こすつもりもないし、起こす必要もない。我々は共通の敵が存在するのだから」

「そうですね。いずれにしても、仕切り直すと言うのは良いアイディアです。それじゃあ、早いですがわたしはこれで失礼しますね」


 立ち上がり、そそくさと会議室を後にするエーデルワイス。

 マリアもそれを追い、部屋を出る前に踵を返し、一礼する。

 そして、まるで台風の如く場を荒らしていったエーデルワイスたちは、会議室を去って行ったのだった。

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