「如何でしたか? この国のパイロットは」
タクシーの中でマリアはエーデルワイスに問いかけた。
「まだ正直なんとも言えないのが事実だけれど……。予想よりは使えそうな気もするね」
水筒に口をつけながら、彼女はそう評価する。
「手厳しい評価ですね、全く」
首を振って、マリアは窓から景色を眺める。
外には、ネオンサインが煌びやかに街を彩っている。
世界屈指のビジネス街、東京を彩る風景の一つだ。
「使えるものはどんなものだって使う——そうやって人々は生活をしてきた。そうでしょう?」
「あなたの持っている知識は、少しばかり偏っている気がしますが。……まあ、半分ぐらいは正解ですかね」
マリアは溜息を吐き、
「とはいえ、あんまりそう言った態度を見せるようにしないでくださいね? さっきの口論で終われば良いですけれど、終わらなかった時が面倒です。この国は、銃を所持することを認められていませんから」
「平和ボケしている国も、流石にどうかと思うけれどね。テロは世界どんな場所だって起きている。無論、戦争だって……。そりゃあ八十年以上戦争をしてこなかった国という評価自体は認めるけれど、だからと言ってそこまでボケる必要もない。いつ起きるかわからない有事に備えてこそ、平和を悠久に享受できるのですから」
「……言いたいことは分かります。しかし、理解してください。アメリカとは違うのです。国が変われば常識もルールも変わる。それはあなただって知っているはずでしょう。エーデルワイス」
マリアの言葉に、エーデルワイスは口を歪める。
「分かってはいるつもり。だけれど、ポリシーは変えるつもりないから」
「それを言うなら、スタンスでしょう……。単語は正しく使わないと、意味が分からなくなってしまいますよ?」
「まあ、それもそうね」
エーデルワイスは二度頷いた。
「……それにしても、お腹空いたわね。何処か良いところ知らない?」
「また急な……。何を食べたいんですか。せめてホテルに到着するまで待っていただけませんかね。そうしないとこの大量の荷物と一緒にお店に入ることになります。そうなるとお店の人にも迷惑がかかりますから」
「全く、あなたって変なところで常識のトリガーが働くのよね。少しばかり横柄に生きてみても良いんじゃないの? もう少しこの国は外国人観光客に優しいと思うけれど。大量の荷物を運びながら店に入っても、少しは許してくれるわよ」
「……優しいからと言って、それが常に供給されるものと思ったら大間違いですよ、エーデルワイス。そりゃあそれに乗っかりたい気持ちも十二分に理解しますがね。しかし、だからと言ってそれを受けられるものとばかり思い込んでもいけません。良いですか、謙虚に生きていくことも大事なのです」
「面倒臭い……」
エーデルワイスはマリアの説教くさい言い分が始まったのを理解して、それから逃げるように外を眺めた。
眠らない街、東京は今もなおネオンサインを煌々と灯している。
「……とにかく、ホテルに帰ってからでも良いから。お店を調べてちょうだい。食べたいのは……、そうねえ。この国には牛丼という食べ物があったと思うから、それを食べてみたいのだけれど」
「牛丼なら空港で食べることが出来たじゃないですか……。まあ、分かりました。調べて後で迎えに行きますね」
「よろしくね」
そうして、二人の会話は終了した。
◇◇◇
エーデルワイスとマリアはそれぞれ一つずつ部屋を予約している。無論、前者の方が広い部屋である。クイーンサイズのベッドにジャグジーまでついている。ルームサービス付きのホテルではあるのだが、しかしエーデルワイス本人は今はそれを好んでいない。ルームサービスの方がクオリティが高いのは、きっとマリアも分かっているはずなのだが——。
翻って、マリアの予約した部屋はダブルサイズのベッドだった。これでもそれなりに十分なサイズと言えるだろうが、クイーンサイズを見た後ではやはり見劣りする。しかしながら、広すぎても持て余してしまうと思っていたようだ。
「……はい」
スマートフォンを手に取って、電話をする。
「はい。無事に到着いたしました。……ええ、挨拶も済ませました。今の所、順調だと思いますよ? 相手側も特に違和感を抱いてはおりません。まあ、そりゃあそうでしょう」
マリアはニヒルな笑みを浮かべて、
「——我々は、同盟国であり偉大なアメリカ合衆国から来たのですよ?」
夜は静かだ。
しかし、その静寂に隠れるように——大きな意志が少しずつ蠢いている。
そんなことは——雫を始め、グノーシスの面々は誰一人として未だ理解していなかった。