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二十一話「不穏」



「なんだか、天気が悪いさね」

「そうだなぁ、これはいくらなんでも昼間なのに曇りすぎだ」


 そこはモーリー食堂。

 おもむろに、食堂の裏口から空を眺めていた二人はそう言った。

 そして、最後にロンドンは言った。


「……なんだか、嫌な予感がする」



――――。



 その日、街はどこか緊迫した空気が漂っていた。


「………何あれ」


 それはこの天気のせいだとかではなく。

 単に直感としてもそうだったが。

 街の風景が、少しだけいつもと違ったのだ。


「ここは我々が守る。だから、街から絶対に出るな」


 なぜなら、そこには王城のシンボルを胸に刻んだ鉄の騎士が。

 白馬に乗りながら街にやって来ていたのだ。

 それも、詳しく事情を説明すること無く

 焦ったように、それだけ言うと馬を走らせた。


 そして街を通過しながら、どんどんと駆けていく早馬達。

 その光景を見ながら、何も知らない街の人たちは強い違和感をおぼえるしか無かった。



――――。



「……サヤカ」

「何だろう。何かあるのかな……」


 勿論、この騒動には二人で遊んでいたサヤカとトニーが巻き込まれていた。

 サヤカとトニーは今目の前で起こっている状況を理解することもできず。

 変な事があるものだと。思うことしか出来なかった。


 その光景を見た後。

 二人は街にある中央広場に歩いていき、そこで買った食べ物を買食いした。


「あのエンブレム、王都の騎士だぜ」

「王都?」


 するとトニーが、そう切り出した。

 あ、確かにあの大魔法図書館にも同じマークがあった気がする。

 つまり、今この街に来ているのは王都の騎士って事なのかな?

 ……でもどうしてだろう。

 別にこの街に騎士が居ることがおかしいわけではなくって。

 騎士なら役所って所にいつも居る。

 だが、わざわざ王都の騎士が。どうしてこんな場所に?


「……」

「俺、嫌な予感がするよ」

「嫌な予感?」

「なんだか、これから大変な事が始まりそうな雰囲気だ」


 トニーは不安を煽るようにそう言ってきた。

 だが、その雰囲気はボクでもわかる。

 もしかしたら、あながち間違っていないかもしれない。

 流石にそんな事はないと願いたいけどね。


「……」


 なんだか、街の外れに家があるご主人さまが心配になってきた。

 ご主人さまなら、ボクと同じ様に街の異様さに気づいていると思うけど……。



――――。



「……あ?」


 ケニー宅。

 サヤカが異変を感じ取った同時刻。


 家の警備魔石が反応した。

 二階から覗いてみると、なんだか見覚えがある巨体が玄関前に居た。

 俺自身、どうしてやつがここに居るのか全く見覚えがなかったが。

 取り敢えずだが、俺は家のドアを開けた。


「こんな所で何してんだよ」

「……ふん。寄りにもよってお前の家なのか、ケニー・ジャック」


 強面の騎士、サリー。

 屋敷で出会ったきり会って居なかったが。まさか家の前に立っているとは。


「何しに来た」

「単刀直入に言おう」


 強面騎士サリーは、妙に畏まった様に敬礼をする。

 そして、サリーは言った。


「ここを近衛騎士団の臨時拠点とし、五十分後に襲来する魔物の大群を撃破するために力を貸してくれ」


 ……は?


「……何言ってんだ。魔物の大群?」

「王都の闇払いが、ここ数週間の魔物の動きを見ていた。

 その結果、闇の力が王都に迫ってきて居ることが判明し。

 臨時の拠点をこの家の近く、厳密に言えば、家の周りの古畑跡に中継地点を設置し。

 騎士をここに集めたい」

「………」

「時間がない。魔物達は刻一刻とこの街へ迫っている。

 現場の早期対応、騎士の配置を急がなければ……」

「急がなければ……?」


 サリーは元から強面だが。

 いつもにも増して、その表情は恐怖に満ちていた。


「街に魔物の軍勢が直撃し、取り返しのつかない事になる」


 俺はそう言われた。

 現状を上手く掴めていないが、ノーとは言えない状況だった。

 別に俺に不利益なんてないし、いい顔は出来ていなかっただろうが答えはイエスと言った。


 街の住民に街から出ることを禁止したらしい。

 騎士を集結させる事を優先させているから、街の人間への説明を後回しにしているとも言っていた。

 騎士が焦っていた。

 王都の精鋭が、焦っていたのだ。

 だから俺は、その想像もできなかった状況をただただ眺めて。

 三十分程度で家の近くに設置されたテントを見ていただけだった。


 すると、俺が考えをまとめる前にまた見覚えのあるやつが現れた。


「お前は……」

「やぁ久しぶりだね。名前は確か、ケニー・ジャックだっけ?」


 細い体にカラフルな衣装、その顔は陽気な笑顔が張り付いていて。

 その腰には短刀が下がっていた。――道化師。


「改めて、僕の名前はヘルク・クラク。近衛騎士団、第十五部隊の隊長をしているんだ」


 俺はそこで初めて、その陽気な少年のフルネームを知った。


 ヘルク・クラク。【王都・近衛騎士団、第十五部隊:隊長 ヘルク・クラク】

 そして並びに、

 サリー・ドード。【王都・近衛騎士団、第十三部隊:隊長 サリー・ドード】

 と言う名前も教えてくれた。


「………」


 てっきり、こいつらはならず者だと思っていた。

 だが、まさかカール兄さんと同じ、近衛騎士団に所属していたとは。

 それも隊長って……なかなかに高い階級だ。


「ん?どうしたの?そんな分からなそうな顔して」

「………」

「僕だよ僕。あれ、忘れちゃった?」

「……覚えている。忘れるわけない」

「だよね!!」

「……だが、一気に色々ありすぎて脳の処理が追いつかないな」


 魔物が攻めてくるとかサリーとヘルクに再会するとか。

 なんか、頭がパンクするのは仕方がない気がする。


「それは僕たちも同じさ、いきなり出動させられて。ここに到着したのはついさっきなんだ。

 みんな疲れてる。だけど今から、戦争が起きるんだ」

「……どうしていきなり?」

「戦争はいきなり始まるもんさ。ただの騎士程度では、戦争を未然に防ぐことなんて出来ない。今回に関しては魔物との戦争だけどね」


 ヘルクがあまり冗談を言わない。

 俺は別にヘルクと長いこと同じ空間にいたことがないが。

 こいつはじっと黙る事が出来ないタイプだと思っていた。

 だけど、やはり街の危機となると真剣になるか。

 流石、騎士様って感じだ。


「……街の危機」


 おい待て。そう言えばサヤカは街の方でトニーと遊んでいるんじゃないか?

 今サリーが言っていた話が本当なら、サヤカは……。


「おい待て、どこに行く」


 家から出ようとすると、丁度庭まで来ていたサリーが腕を掴む。

 相変わらず、その顔の傷は怖いな。


「街の方に俺の子供がいるんだ。行かせてくれ」

「ダメだ。お前にはまだ力を貸してもらわなければいけない」

「そんなの俺じゃなくても……!」

「いいやお前じゃなきゃダメだ。ここらへんの地形と、街の詳しい地図を教えてくれ」

「………」


 そう言う物は元から用意されてるのが定石ってもんじゃないのかよ。

 おいざけんな。サヤカはどうするってんだよ。


「お前の子供は、俺と初めて会った時にも居たやつか?」


 とは、サリーの言だ。

 サリーは声色を崩すこと無く、冷静に聞いてくる。


「ああそうだよ!あの白髪のガキが俺の子供だ。頼むから離してくれ!!」

「なら大丈夫だ。あの子供は強い。魔物に対し善戦する程の強さを持ってい――」

「――持ってたとしても!あいつはまだ子供だ。魔物に魔法で対抗する事も出来ないはずだ!!」

「お前はあの子供の何を知っているんだ。親なら信用しろ。

 あの子供の力をお前の尺度で図るんじゃない。

 ――お前の妄想と子供の能力をはき違えるな!!!!」

「………」


 その太い叫びは、古畑跡まで響いていた。

 様子を見ている騎士も居た。そいつらを見て、俺は冷静になった。


 ……それもそうだな。

 頭に血が昇りすぎた。反省しよう。


「あぁそうだな。お前の言う通りだ」

「……心配なのはわかる。だが、お前のたった一つの行動で、助けられる命があるかもしれないんだ」

「………」

「教えてくれ。街の地図、このあたりの地形、使えそうな建物。なんでもいい。

 その情報で何か対抗策を練れるかもしれん」


 今は、サリーも騎士団も焦っている。

 ゆっくりとは行かないが、誰かのためになるなら。


「わかった、協力しよう」



――――。



「近衛騎士団、第一部隊:団長 カール・ジャック。ただいま参りました」



 高貴な雰囲気を纏い、腰に真剣を携えた騎士が頭を垂れた。

 魔物強襲、二十分前。王城にて。


「遅い。事態は深刻だ、今すぐ北部の街へ馬を走らせろ。魔物の侵略を防ぐのだ」


 王様。

 老けた白い髪の毛に、強面の男がそう言う。

 その男は身なりを整えていなかった。

 整える暇すらないほど、事態は急だったのだ。

 王様ですら焦る状況、その短く簡単な命令を聞くと。


「はッ。今すぐ向かいます」


 その男は王室から走って出ていき、そのまま騎士団本部の出撃できる部隊を総動員した。

 そこから馬を走らせても、北部の街へ到着するまでには数十分と掛かる。

 近衛騎士団、団員は全ての勢力を結集し、北部へと走り出した。


「……ケニー、死ぬなよ」


 白馬に乗りながら、カール・ジャックはそう呟いた。


 王都・近衛騎士団、第一部隊:隊長 カール・ジャック。

 及び。

 王都・近衛騎士団、第二部隊から六部隊までを再編成。



 ――第一次、大規模魔物群討伐作戦、決行。



 日の出から五時間後。

 魔物の軍勢、第十五・十三の部隊と接触。

 北部の街から数キロ離れた地点で戦闘開始。






 余命まで【残り286日】





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