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二十三話「魔物の手」



 ボクがそれを見つけたのは。

 王都の騎士が街を通り始めてから一時間ぐらい経った時だった。


 その違和感が、思わず目にこびりついた。

 それしか見れなくなって。

 ボクは思わず、固唾を飲み込んだ。


「……この跡は」


 大きな足跡だった。

 街の外周から引きずった様な跡が、街に入っていた。

 その引きずった跡の大きさは、ボクの体より大きくって。

 そしてその巨体は、外周から突き破るように入り。

 近くにあった鶏小屋を破壊していた。

 ありえない程の巨大な何かが通り過ぎた跡。

 その先は、街の中心部だった。


「……何が起きてるんだ」


 トニーは今居ない。

 たまたまボクがトイレをしようと中央広場から離れて。

 ボクはその帰りに、その巨大な跡を見つけた。

 街角で、丁度建物で見えない場所にあった。

 誰も見つけていないこの有様。


 ボクは、その跡をそって歩いた。


 何が起きているのかを知らなかった。

 だから知ろうとした。

 決して興味本位とかじゃない。

 何かあった時の為に、ボクは杖を構えた。

 そして、聞こえた。


「ガルル」

「……ひっ」


 路地裏だった。

 そのひどい引きずった跡が、路地裏の暗闇に消えていた。

 そしてその先から、この世の物とは思えない様な声がした。


 なんだ……今の声。

 分からない。

 でも、動物みたいな声だったような。


「………」


 違う、動物よりもっと凶暴で。

 暗闇の先に居るこの怪物は、ボクを見て。


「グルッ!!」


 日に照らされて、その黒い獣はボクに手を伸ばした。

 黒い、巨大なネコの手の様だった。

 一つ違う事があるとするなら、その手の爪はマルより何倍も鋭くって。

 赤い血が、付いていたことだ。


「――【魔法】ブリーズ!!!!」


 ボクは咄嗟に、その魔法を口に出した。

 杖の先から強い風が吹き出し、その怪物を抑えるように風は勢いを増す。


「ッ!!グガ、ガアアアアァァァ!!!」

「っ……来ないで!!!」


 今ボクにわかることがある。

 それはこの魔法を切ってしまったら、この怪物はボクを切り刻むと言う事。

 だから、それを理解したから。

 ボクはその不安定な魔力量で放っている魔法をやめることが出来ない。

 このまま路地裏に追い込んだ所で、魔法を切ってしまえばこの怪物は凄まじい殺意で暴れるだろう。

 暴れる。

 暴れると言う事は。


「くっ……」


 この周りにある建物もだし、街も、人も。

 壊される。

 ダメだ。

 ボクが今、やらなきゃ。


「だめ……出てこないで!!!」

「ガルゥ、ガルゥ、ガルウ!ガルウ――!!」

「がぁ、ぁあァあ!!」


 この怪物、力が強い。

 強すぎて、魔法が負けそうだ……。

 だめだ。ダメダメダメダメ。

 頑張ってボク。

 負けないから。

 絶対に負けない。

 魔力を空気から上手く吸収すればいい。

 だから、強めの圧力を掛けるために。


 ――魔力を段々と上げていく!!


「はぁ、ぁぁぁッ!ああああああああ――ッ!!」


 風が切っていく音がそこら中に響いた。

 だが、その音に耳を澄ます暇なんてなくって。

 ボクは目の前の事にだけ集中していた。

 だって、誰も死なせたくないからだ。

 ボクだって死にたくないけど、この街の人にも死んでほしくない。

 トニーもいる、モールスさんもいる、モーリーさんも居るんだ。

 ボクは自分が死ぬより、そんな、ご主人さまの大切な人が死んでしまうのが。

 一番、辛い。


「グガァ、アアアアアアア!!」

「デて……来ないで!!」


 両手で杖を支えて、自分も飛ばされそうな風を足の力だけで耐える。

 限りなく、全身に力を入れている状況だった。

 誰か助けが来るまで、続けられるとは思わなかった。

 普段の倍の魔力を使っているんだ。

 取り込んでいるからと言って、魔力は無限じゃない。

 付近の魔力がなくなれば、一巻の終わりだ。


「おね、がい……」


 お願いします。

 神様、いるならお願いします。

 この怪物に、誰も殺させないでください。


 神頼みしか無かった。

 考えれば考えるほど、どうしようもないジレンマが頭に過ぎった。

 今の状態を続けられるなら良いんだけど。

 魔力を放っている体力も。

 吸収する集中力も、考えれば考えるほど余裕が無くなる。

 それも、この怪物、力が強い。

 どんどん、強くなってる。


「……魔物、なの?」


 本で読んだことがある。

 魔物は空気中の魔力を捕食し、力を増すと。

 だからだろう、近場にある魔力の減りが普通よりおかしい。

 どうしてこんな場所に魔物がいるのか分からないけど。

 あの騎士達が、何か関係あるなら……。


「たすけを……待つしか……っ」

「ガアアアアアアアアアアア!!!!」


 どんどんと強くなっていく魔物の力が。

 ボクの体力が着々と奪っていった。

 目眩がした。

 腕に力が入らなかった。

 だけど、今更ボクは魔法を切ることが出来なかった。

 耐えるしか無い。

 耐えるしか、無いんだ。


 必死過ぎて涙が出てきた。

 だけど、諦めるわけには行かなかった。



――――。



 何分経ったんだろう。

 十五分くらいかな。

 もう、全身の感覚がないや。

 魔力が付きかけて。

 腰の力が抜けて、ボクは跪きながらも杖を向けていた。


「………」

「ガアアアアアア――っ!!!!」


 魔物は勢いを無くすことは無かった。

 ボクだって頑張ってるけど、もう力がない。

 意識が飛びそうだった。


 だけど、周りに変化はあった。

 周りに人が集まり始めた。

 魔物が大声で叫んでいるから、流石に誰かが気づいたようだ。

 その助けを、今待っている。

 魔法大国でも、魔法が使えない人間はいるんだ。

 使える人を呼んでくれると、期待するしかない……。


「………」


 もうどのくらいここにいるのだろう。

 魔法を使い初めて、こんなに持続したのは初めてだ。

 今後もこうゆう事、体験したくはない。

 いや、もしかしたら。

 今後とか、もう無いのかもしれない。

 ボクは、死んでしまうのかもしれない。

 最後に死ぬのが、切り刻まれるのか……。


「…………っ」


 いや、だなぁ。

 死ぬなら、ご主人さまの胸の中で死にたい。

 ここじゃない。

 ここは、ボクの死に場所じゃないんだ。


「……だけど、限界だなぁ」


 腕の力が無くなって、そのまま右手が地面についた。

 その瞬間、杖の先から発せられた緑の光が消えて。


「――ガァァァァアアアアアアア!!」


 魔物の腕が。ボクの目の前に来た。

 鋭い爪があった。


 死を覚悟した。


 死んだんだなって思った。

 『死は一瞬』だと本でみたことがあるけど、今この瞬間だけ。

 ボクは時間を超越した様に、世界がゆっくりと進んでいた。

 どんな当てつけなのだろう。

 神はボクの味方じゃなかった。

 死を鮮明に感じさせるのが神だったのだろうか。


『―――――――――――――――――――カ』


 あぁ、これ、なんて言うんだっけ。


『――お―には、――が似合っ―――。――カ』


 走馬灯だっけ。

 死にそうな瞬間に、過去の記憶が蘇るって言う。

 こんな感じなんだ。

 神様は残酷だな。

 神頼みが意味ないことは、奴隷だった頃に知っているのに。


『――――――』


 あ、これ。

 ご主人さまの声だ。


『――お前には、笑顔が似合ってるよ。サヤカ』

「………」


 その瞬間、理解したその言葉に、無意識に腕が動いた。

 地面に転がっていた杖を持ち上げ。

 ボクは、声を荒げながら叫んだ。


「――【魔法】ブリーズぅ!!!!」

「――【魔法】ブリーズ」

「ガアアアアアアアアアアアア!!」


 刹那、魔物が爪を立てて地面をえぐりながら、路地裏に戻された。

 さっきより魔法の風量が多く、放たれたその魔法。

 その魔法は二重になっていた。

 そして詠唱が二回聞こえた。

 耳がおかしくなったのかなって思ったけど。

 違った。


「トニー?」

「遅いと思ったら、これ何してんだよ!!」


 ボクの右側。

 茶色の短髪が揺れていて。

 その憎まれ口はご主人さまに似ている少年。

 トニー・レイモン。

 ボクの親友だ。


「魔物がいる……」

「は?魔物!?あれが魔物なのかよ!なんで……」

「ガルルル!!」


 路地裏から、白い目が光る。

 その鋭い目線に、トニーは肩を震わせた。

 だけど、状況を理解してくれたのか。

 トニーはボクの肩を支えて。


「俺が来たから、もう大丈夫だ。騎士もいずれ来る。助けも来る」

「……うん」

「良く、頑張ったな」

「……うん」

「あ?どうして泣きそうなんだよ」

「だってぇ、死ぬって思ってぇ!!」

「お前が死ぬとかどんな状況だよ」

「だって魔物強いし!相手にしたこと無かったんだもん!」


 巨大な得体も知れない怪物に対して十五分も戦ったんだ。

 常に限界だった。

 泣いてたりした。

 だから、トニーが来てくれたおかげで。

 心の奥底から安心して。

 思わず泣いてしまった。

 だって、死んだと思ったから。

 無理だって思ったから。


「安心しちゃって、肩の力が……」

「おい馬鹿!魔法の力を緩めるなよ!」

「ボクはもう魔法が使えないよ。ここらへんの魔力も殆どない。

 でもトニーは中に貯めていた魔力があるはずだから大丈夫。

 少しでいいから、休ませてほしい。休んだら、また魔法を使うよ」


 杖を下げると共に。

 魔物の肩が勢いよく動いた。

 トニーが「くッ……!」

 と魔力を制御し、腕に力を入れる。

 元からトニーは風魔法が向いているからか、

 ボクの魔法よりは勢いが強く。路地裏の壁がきしんでいた。


「あまり強くし過ぎちゃだめだよ……」

「わかってる。あくまで魔物の注目をこっちに向けながらやるさ」

「壁なんてすぐ壊せると思う。

 あいつに知能が少しでもあったら、ボクは二分くらいで肉塊になってたよ」

「……魔物は馬鹿だからな」

「魔物の注目が別の方向へ行ったら、一気にこの陣形は崩壊する。騎士が来るかボク達が倒れるか」

「これは、勝負だな」


 騎士達が街の先へ行ったことは知っている。

 だから、きっと騎士は街の離れで魔物と戦っているのだろう。

 その漏れで、今目の前にいるこの魔物はやってきた。

 どうやってその包囲網を抜け出したのか知らないけど。

 魔物には知能がないから、多分たまたまなのだろう。

 たまたまであってほしい。

 もしこいつらに本当に知能があったなら、ボクは死んでたんだ。


 まってよ、騎士が街の外れで戦っているとしたら。

 騎士が来るの、もっと遅れるのでは?

 情報伝達すら出来ていなかった。

 それほど魔物襲来が予想外だったとしたら……。

 ここでボク達は、どのくらい耐えてればいいんだ。

 まだ負けるわけに行かない。

 戦うんだ。

 戦って、勝つんだ。


「トニー、行くよ」

「わあってるよ!!」


 ボクはもう一度杖を構える。

 トニーも今一度、杖を強く握った。


「ねぇトニー」

「あ?なんだよ」

「エレメントスは?」

「――絶っ対負けねぇ!」


 最近読んだ本の内容、トニーが知ってるってご主人さまに聞いてよかった。




「――【魔法】ブリーズ!!!」







 余命まで【残り286日】



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