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外伝 メデューサ編その2

間話「石の少女③」


 時間が経つのはあっという間だった。

 その少年はそこから歳を重ね、と言っても、たった数年だったが。

 街の外れに、大きな木の家を持つ程成長していた。


「メデューサ、ここの入り口から君は入りなよ」

「分かった」


 相変わらず無口なメデューサに、そう微笑みかける。

 立派な家だった。

 メデューサは目隠しをしているから分からなかったが。

 部屋は6部屋あり、キッチンやお風呂などがちゃんとついていたのだ。


 少年は、企業をしていた。

 元々少年が居た。洋服工場を継いだ形だ。

 そこらへんにちょっとしたストーリーもあったのだが。

 ここでは割愛しよう。


「僕はね。ミレーヌと言う人に引き取られた孤児なんだよ」

「孤児ってなに?」

「孤児は、親が居ない子供の事」

「そうなんだ。ワタシも親は居ないよ」

「そうなの?メデューサはどこで生まれたんだい?」

「ワタシの中から」

「……そう言えばそうだね。何年かの周期で、メデューサは生まれ変わる」


 そう。

 メデューサと言う魔族は、数十年周期で体が石になり。

 そこから新たなメデューサが生まれるのだ。

 これを、転生と言う人間もいるが。

 実際は記憶を持ち越している訳でもなく、

 記憶がない。新たなメデューサとして生を受けるらしい。


「でも、あなたの事は。忘れたくない」

「……忘れないで貰うと、僕も嬉しいかな」


 メデューサは難しそうな顔をする。

 なぜなら、メデューサは言葉の通り忘れたくないからだ。

 自分が消えるのはいい。だが、この少年を記憶の隅でいいから残しておきたい。


「………」


 メデューサは、この感情の名前を知らなかった。

 少年に聞こうかと思ったけど、聞こうとすると、なぜか全身が熱くなった。

 だから、メデューサはその事を胸に秘めたまま。

 そこから、また何ヶ月か経った。



――――。



「メデューサ。手紙を書いたのかい?」

「うん。字を上手く書けているか分からないから。見てほしい」


 少年は書斎の机で本を読んでいた。

 そこで、メデューサが話しかけてきたのだ。


「……これを、ジャック家に送るのかい?」

「うん」

「そうか。なんだか、嬉しいな」


 手紙の内容を説明するなら、こうだ。

【ワタシの名前はメデューサ。

 数年前、あなたにバーモク病を感染させた張本人です。

 あれから色々あり。ワタシは後悔しています。

 人の命を脅かす行為を、ワタシは強く憎むようになりました。

 ただ、最後にあなたにやってしまった病気は。

 決して、取り返しがつきません。

 あなたが願うなら、ワタシの首を――】


 おぼつかない文字ではあったが。

 伝わらない文面ではないのでまぁいいだろう。

 と、少年は心で思う。

 でも、


「最後の一文はいらないかな」


 と、少年は。

 机に刺さっていた羽ペンを取り出し。


「あ」

「よし。これでいいね」


 その最後の部分を塗りつぶし、そこに新たな一文を付け加えた。

 【ごめんなさい】


「………」

「人に謝る時はごめんなさい。それが一番だ」


 少年はそう言い、笑った。

 それに釣られるように、笑うメデューサ。

 その手紙は、ジャック家当主に送られた。



――――。



 メデューサは、胸にあるモヤモヤの名前を知りたがっていた。

 でも。あまり言葉を知らないメデューサは。熟考していた。

 時には本を開き、時には少年に打ち明けようともしてみた。

 だけど、なんだか出来なくって。

 それを意識する度に、だんだん少年を直視できなくなっていった。


「ねぇカロン」

「なんだい。メデューサ」


 メガネを掛けた。細身の少年。

 いいや、もう青年というのだろうか。


「どうして、あなたは森にいたの」


 それは疑問だった。

 どうしてあの場に居たんだろう。

 どうしてメデューサを知っているのだろうと。


「……話すと長くなるけど、いいかな?」


 そう前置きをして、少年は語りだした。



――――。



「どうしてそんな事が出来ないのかしら」

「だから!!道でお婆ちゃんが果物を落として!!」

「それはいい善行です。が、元々の目的を果たしてから!!!」


 そうだな。

 今の僕から見たら、あれは完全に僕が悪い。

 孤児院と洋服工場をしていたミレーヌと言う女性に引き取られてから、毎日こんな喧嘩をしていた。

 正直、ミレーヌ自身も不満は溜まっていただろうし。

 僕だって、なんだか嫌な気持ちになっていた。


 必然だったし。それは必ず爆発する物だった。



 ある日の事だ。

 仕事の取引先、ジャック家と言う場所に連れて行かれた。

 そこで様々な服を売り込み、当主のグラルと言う人には好評だったようだ。


「カロン、ここで待っていなさい。絶対に動いてはいけませんよ」


 そう言われて止まっていられるのは、大人だけだと思っている。

 僕は屋敷を一人で歩いた。

 使用人をできるだけ避けながら、冒険感覚で歩いた。

 新鮮な物ばかりだった。

 綺麗な装飾、高い天井。すべてが真新しく。すべてが新鮮だった。


「ねぇ君」


 思わず肩を震わせる。

 どうやら、話しかけられたようだ。


「ひっ」


 驚いた。

 見つかるかもと言うドキドキが楽しかったのはそうだが。

 まさか本当に見つかるとは思いもしていなかった。


「あの、あなたはど、どちら様で?」


 引きつったような敬語だった。

 同じような年齢の男の子なのに、何故敬語なのだろうと少し不思議に思った。


「君、その本」

「あ、これですか?」

「エレメントスじゃないか! 君も好きなの?」

「え、あなたも好きなのですか!?」


 そこからその子と意気投合し、

 エレメントスと言う物語の話で盛り上がったりした。


「最後に名前を教えてよ」


 夕方、ミレーヌに見つかる前にその男の子に行った。

 すると男の子は。


「ケニー。ケニーって呼んでくれよ!」


 満面の笑みでそう答え、僕はミレーヌに耳を引っ張られながら屋敷を後にした。


 その後月日は流れ、僕はミレーヌとの喧嘩に耐えきれず。

 その工場を逃げ出し。

 エレメントスと言う本にあったストーリーを元に。

 森に小さな小屋を作ってみた。


 流石に本通りには行かなかったが、形にはなった。

 あとは逃げ出すときに盗んだお金で数日暮らし。

 森の中で自給自足をするための試行錯誤を始めたのだ。



――――。



「で、メデューサに会ったってわけだよ」

「……じゃあ、ワタシを知っていた理由は?」

「そのエレメントスという本の敵役にメデューサが居たんだ」

「………」

「でも、本は全てじゃない。実際の君は可愛いしね」


 また、メデューサの体が熱くなった。

 でも。その感覚の名前を知らなかった。

 だが、知らないと言うのも、ある種の苦痛だったのだ。


「ねぇ……カロン」

「ん?何か?」


 メデューサはなんて言えばいいのか分からなかった。

 なぜならそれは始めてであり。

 それは、知らないことであり。

 だから、分からなかった。

 でも。だからこそ。


「あなたを見る度に、どこか恥ずかしいの。赤くなって、熱くなって。胸が、苦しくって」

「………」


 カロンは口を開けたまま静止した。

 何を言っているんだと、カロンは頭が真っ白になった。

 そして、そして。


「んっ……」

「んぐっ!?」


 メデューサは、カロンに。

 キスをした。


 メデューサも分からなかった。

 この行為をキスと言うことすら知らなかった。

 だけどキスをした瞬間、メデューサの髪の毛は浮かび上がり。

 その頬を赤く染めて。




 その感情の名前を、『恋』と知った。





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