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四十四話「ゾニー・ジャックと兄」



 話を聞いて俺が感じた事を言うなら。

 まぁ、なんつうか。いろいろありすぎてわからないんだけど。

 多分だが、ゾニー・ジャックと言う男は。

 繊細なんだと、思った。


 俺に自覚はなくとも、俺はあいつにとっての英雄だった。

 意外だし、過大評価だと思う。

 なんつうか。

 気持ち悪くはない。

 だけどそれで優越感に浸っている訳ではない。

 ゾニーにはゾニー独自の価値観があり。

 世界があるんだと思う。


 否定はしたくない。

 だからと言って、こう、エマ姉さんの時みたいに。

 俺側に、明確な答えがあるわけじゃないんだ。

 これは俺の価値観で、ゾニーの価値観に対して言葉を出さなきゃいけない。

 言葉が突っかかるけど。

 やっぱり、言わなきゃいけないんだ。


「そんなに気に病まなくてもいいと思うぞ」

「別に精神を病んでいる訳じゃないよ」

「そうなのか?」


 するとゾニーは、少しの考える間の後。

 来ていたトーストにオレンザペーストを塗りながら。


「何て言えばいいんだろう。まぁ簡単に言うなら、悔しいだけだよ」

「悔しい?」

「そう、悔しい。みんなが凄いのが羨ましい。嫉妬?って言うのかな。

 言葉にすると不快な単語だけど、僕の気持ちを言葉にするならそうなる」

「別に俺は凄くないぞ?」

「兄さんの事は、最近までは特に気にしてなかったよ」

「お、おう?」

「でもさ、あの戦いでさ。力もないのに、騎士より前に出て戦えるのって」

「………」

「すっげぇ、カッコイイ事だと思うんだよね」


 少し笑いながら、俺じゃない何かを見て言った。

 ……褒められているのだろうか?

 いまいちゾニーの情緒が分からないな。


「今は語りたい気分なんだ。誘ったのは兄さんなんだから、最後まで付き合ってね」

「……別に面倒とか思ってねぇぞ。お前の意見を理解しようとしてるんだ」

「そこも僕たち違うよね。遺伝子が違うのかも」

「それも今度カールに問ただす」

「その時は、僕も一緒に行くよ。はむっ」


 ハムッと、ゾニーはトーストを頬張る。

 サクサクと、うまそうな音が聞こえるな。

 オレンザペースト、小さな時食べたことがあるがうまいよな。

 今度サヤカにも食わせてやるか。


「がらんどう」

「……?」


 モグモグしながら、ゾニーは唐突にそう言った。


「僕はがらんどうなんだよ。伽藍堂、何もない。みんなに比べて、僕は明らかに劣ってる」

「おま、ネガティ――」

「ネガティブ思考と言われても否定はしない。その通りだと思うよ」

「だ、だったら……」

「……だからさ、心変わりの理由は嫉妬だよ」

「……」


 嫉妬……。

 なんというか、無性に。

 俺はその言葉を否定したくなる。

 いいや、嫉妬は否定しなくていい。

 でもそれは。

 違うと思う。

 違う。

 明らかに、答えじゃない。


「なぁゾニー」

「なんだい兄さん」


 平然と、幸せそうにトーストを食べながら微笑んでいるゾニー。

 そんなゾニーに、俺は言わなければいけない。

 正面を向いて、ゾニーの目を見て。

 言った。


「自己否定は、『考える』を放棄してるのと同じだ」

「………は?」

「俺も一時期、自己否定を繰り返してた時期があったんだけどさ」

「……」

「それで何か得られたかと言われれば、ただ問題を先送りしてるだけだった」

「………」


 ゾニーが食べていたトーストが、ふと、お皿に落ちた。

 ゾニーはその言葉に、雷に打たれた様な表情をし。

 明らかな、怒りとも取れる表情をした。


「兄さんは、僕が考えて来なかったと言いたいの?」

「それは違う」

「兄さんは、僕が努力不足だと言いたいの?」

「だから、違うって」


 明らかに違った。

 いつものゾニーじゃなかった。

 蛇、蛇のような目だ。

 鋭く、相手を閉めようとする目だった。

 これが、ゾニー・ジャックの闇なのか?


「――出来てるやつから言われても、説得力どころか、煽っているとしか思えないよ」

「………っ」


 ……抑えろ。

 抑えるんだ。

 イラついても、抑えるんだ。

 感情を任せても、いい事なんてないんだ。

 冷静に。

 冷静にならなきゃいけないんだ。


 ……あれ、これ、どこかで感じた事があるんじゃないか?

 いいや、感じたんじゃない。

 見たことがあるんだ。

 俺はこの状況を、どこかで。

 そうだ。

 思い出した。


『もう、比べられるのはうんざりだ――っ!!』


 トニーだ。

 トニー・レイモンだ。

 あいつは、あいつは。

 サヤカと喧嘩したとき、きっとだけど、ゾニーと同じ感情だったんだと思う。

 どうしてだろう。

 ……理解は出来ないな。

 いやまぁ、多分だが、子供の時から上を見すぎたんだ。

 トニーはトニーのお兄ちゃん。ゾニーは……俺たち。

 上を見すぎて、目標を高くしすぎたのかもしれない。


 そうだな。俺たち”出来てる奴ら”には理解ができねぇや。

 負け犬の感情なんて、負け犬の遠吠え並みに理解ができないのかもしれない。

 ただ、それは俺たちが上から目線とかじゃなくって。

 きっと、価値観の違いだと思うんだ。


「……」


 ケニー、冷静になれ。

 俺は、どうしたいんだ。













「――俺はクソ野郎だ」

「……え」


 唐突の暴露に、ゾニーは間抜けな声を出した。


「人の期待を裏切って、親不孝で、人の事を考えていない。クソ野郎だ」

「………」

「サヤカの事も、元はと言えば童貞を卒業したかったから奴隷市場に足を踏み入れたんだ」

「え、は?」


 意外だろ?実はそうだったんだぜ。誰にも言ってなかったがな。


「ほんと、正直自分でも驚いているよ。

 まさか買った奴隷に感情移入して、自分の子供のようにしているんだから。

 可愛がっているんだから。愛しているんだから。

 ここまで人間変われるんだって思ったよ。

 いまだに、自分がどうしちまったか分からない」

「……な、なにを?」

「わかるように言ってやるよ。俺はクソ野郎だったんだ」

「………」

「だからよ、自分の感情論はすべて取っ払ってさ」

「……」


 久しぶりに、俺はクソ野郎に戻ろうと思う。

 サヤカと過ごして大きく変わった人生だ。

 大事にしていたわけじゃない人生。

 すべてが成功だったとは言わせない。


 騙され、詐欺の片棒を担がされ。

 口車に乗せられて犯罪に手を染めた。

 俺の人生すべてが、成功な訳ないだろ。

 だからさ。

 知ってくれ。

 俺を語らず、お前を知りたいなんて傲慢だった。

 お前の人生に、答えをやるよ。

 これは失敗の先輩からの、大事なお言葉だ。


「一人くらい、死ぬ気で守りたいって人間作るだけで。人間は簡単に変われるんだ」

「……守りたい?」

「そうだ。誰でもいい。街の人間でもいいし、動物でもいい。何でもいいんだ」

「………それで、兄さんになれるの?」

「それが間違いだ」

「……間違い?」

「他人になるな。他人の道を行くな。お前の自分で切り開いた道を、堂々と歩けば良いんだよ」

「……」


 考える事をやめるな。

 止まるな。

 お前は一人だが、無力じゃない。


「ゾニー・ジャック。俺らが血の繋がっていない兄弟だとしても、俺はお前を兄として支えるよ」

「…………」

「これを踏まえて、もう一度言おう」


 俺は席を立ち、茫然としているゾニーに告げた。


「自己否定は、『考える』を放棄してるのと同じだ」

「………」

「進むことだけを考えろ。守るべき物を作れ」

「……あぁ」

「努力し続けろ。やめる事が一番ゴールから遠のいている。

 成果がついてこなくとも、チャンスは必ずやってくる」

「……そうだね兄さん。僕が間違えていたよ」


 ゾニーは、少し沈んだ声でそう言った。

 別にお前の価値観を尊重しながら言ったと思う。

 だがまぁ、そうだな。

 俺の持論でもあるから、一概に正しいとは言えないな。


「兄さん」

「ん?どうした」

「座ろうよ。目立ってる」


 あ、

 ……恥ずかしい。

 ふと周りを見回すと、明らかに浮いていた俺の存在。

 この時間から飲んでいるお母さま方が、少しだけ笑っている気がした。

 笑われている。

 はっず。


「コーヒーが冷めるよ」


 そんな俺を見て、少しだけ楽しそうにゾニーは言った。


「そうだな……コーヒーが冷める前に俺を冷まさなきゃ」

「うまい事言わないでよ。笑っちゃうだろ?」


 ……あれ。

 なんだかゾニーが。変だ。

 どうしたんだろう。

 変わった?

 …………。


 うぅ、なんだか無性に喉が渇いたな。

 コーヒーが冷める前に、一杯飲んでおくか。


「――にっが!」

「……兄さん。それ僕のコーヒーだよ」

「あ、あれ?間違えたのか」

「ブラック飲めないの?」

「苦いのは得意じゃない」

「子供っぽいんだね。兄さん」

「馬鹿にするな!」


 あれ、おかしいな。

 でもこの感覚、どこかで体験した。

 そうだ。エマ姉さんとのわだかまりが解けたとき。

 エマ姉さんは、そうやって笑ってた。


「つまり」

「ん?」


 ゾニーは今、心から笑えていると言うことだ。

 変わってしまったゾニーじゃない。

 昔の、というか。本当のゾニー・ジャックだ。


「……はっ。はは」

「どうしたの?」

「いいや、何でもないよ」

「そ、そう……」

「そうだな、おん。決めたよ」

「?」

「お前の話を、もっと聞かせてくれよ」



 俺はその日、夕日が沈みかける時間まで。

 それぞれの話で、盛り上がった。



――――。



「今日はありがとう。話せて楽しかったよ」


 と、茶色に近い髪を靡かせゾニーは言った。

 腹を割って話すというのは、まぁなんというか、難しいものだ。

 必ず対立するし。

 言い合いになるかもしれない。

 それをうまく対処することで、人間関係と言うのは築かれているのかもしれないな。


「そう言えば兄さん」

「なんだ弟よ」

「結局、ストーカーの正体って誰だったの?」

「うーん。秘密だ」

「え?」

「ストーカー本人からの願いだ。今後もうそうゆう事はしないから、ゾニーの悩みを聞いてやってくれだとよ」


 ナタリーも成り切れないな。

 根が聖人なのだろう。

 やはりそうゆう、姑息と言うか汚い手はあまりやりたくないのだろう。


「えぇー。なんだよ、つまんないな」

「そうか?」

「だって、ストーカーの正体が分かったから呼び出したと思ってたのに」

「まぁ確かにそうだな。だが、約束は守る男なんでね」


 約束は守る男ね。

 そうだなぁ、いい響きだ。


「……ところでゾニー」

「ん?」

「お前、気になってる人とか居るの?」


 ……なんだか、こうゆう質問は初めてだから緊張するな。

 実はだが、ナタリーから。


『今後、ストーカー行為はもうしません。

 ただその代わりに、ゾニーさんの悩みを聞いてあげてください』

『いいだろう。仕方ないな』

『そしてもう一つ条件が』

『あ?』


 が、

 今の質問だ。

 正直、恋なんぞしたことがないから分からん。

 どうせゾニーの事だ。

 特に居ないのだろう。


「強いて言うなら、長い間一緒にいるナタリーさんかな」

「………」

「あの人の金髪はいつも美しいし、優しいし、声色が落ち着くのが好印象だ」


 …………。

 俺、決めた。

 こいつらくっつける。

 絶対くっつける。

 いい夫婦になるだろう。

 だからくっつける。



――――。



 結局、両思いだったわけだ。

 まぁ正直、話のオチとしてはあまりにも拍子抜けだ。

 だが、本題と言うか。

 大きな事件は、ゾニーとの会話の後、家に着いた時に始まった。


 一通の手紙が届いていた。

 どこからというと、その妙に硬い手紙を裏返してみると。


『魔法大国グラネイシャ。王都王城、近衛騎士団』


 というので、急いで家に入り。

 その硬い材質の紙をハサミで切ってみると。


『緊急。死神に関しての会議に来てください。貴方の活躍は耳に入っております。

 死神についての対策会議、及び情報の開示を致します。

 日時は別紙にて。    第23代目王様 アルフレッド・グラネイシャより。』




 余命まで【残り216日】


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