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四十六話「夢=未来」



 ――これは夢だと気づいた。



 どうして夢の中で夢だと気づけるのかが不明だが。

 多分だけど、これは普通の夢じゃない気がする。


「ご主人さま!魔病が治ったんですか?」


 知ってる顔が、すぐ近くまで近づいてきた。

 思わずその姿に、なんだか懐かしみを覚えるが。

 それは、違う物だと。


「………」

「ボク、もっと長い間ご主人さまと入れると思うと涙が出てきて」

「…………」

「本当に、よかったです」


 そう笑顔で、すすり泣きながら笑う。


 違う。

 お前は、誰だ。

 ここはどこだ。

 俺は王都の宿で天井を見ていたはずなのに。

 どうして?


「見てください!沢山のお肉です!ゾニーさんもケイティさんも、カールさんもエマさんも来てくれています!」


 と言うと、本当にいつの間にか、その場所にその四人が居た。

 あり得ないくらい都合がよすぎる夢だ。

 だから、おかしいと思うんだけど。


「……あぁ」

「もっと喜びましょうよ!」

「………」

「ご主人さま?」


 なんだか、気持ち悪い。


 やめろ。

 そんな目で、見るな。

 違うんだ。

 これは幻想だ。夢だ。

 現実じゃない。

 誰だ?

 こんな悪趣味な夢を見せてるのは。

 俺の魔病が、治るわけ。


「………」


 ふと、自分の右腕が見えた。

 その手首に、知っている記号がなかった。

 思わず衝撃を受けた。どこか体の芯が震える様な衝撃を受けて。


 無かった。

 無かったんだ。


「あ」

「ご主人さま?」


 ふと、涙が溢れた。

 ぼろぼろぼろ。どうしてだろうと思うと。

 なぜか胸に溢れてきたのは安堵であり。

 俺は多分、俺の体は。うれしいのか?

 理性では感じてないのに。

 なんだ、この感覚。

 気持ちが悪い。

 気持ち、悪い。

 キモチワルイ。


「――――っ」

「え」


 ――ふと、優しい感覚に包まれた。

 なんていうのだろうか、親に抱かれている感覚だ。

 優しくって。暖かくって。安心できて。


 え、白。

 白色だ。


 目を開くと、白い波が揺れていた。

 そこには、成長したサヤカが立っていた。

 長く伸ばした白い髪の毛を風になびかせ。

 その太い腕で、俺の頭を、撫でていた。

 俺より身長が高かった。

 俺より大人っぽかった。

 だからだろうか、なんだか嬉しくって、悲しくって。


「あぁあ。ああ……」

「僕は大人になりました。貴方が、父さんが育ててくれたお陰です」

「………さやか?」

「はい。サヤカです。サヤカ・ジャックですよ」


 サヤカ・ジャック。

 そんな名前、初めて聞いたぞ。

 アーロン・ジャック。とかいう立派な名前はどこにやったんだよ。んたく。


 ……でも、サヤカが大人になったら。

 俺の身長なんて抜いて、大人っぽくなって、優しくって、強くって。

 完璧じゃねぇか。

 そっかぁ……。

 見てみたいなぁ。


 ――――っ。


 だめ、だ。

 ……これは、夢なんだ。

 悪趣味な夢だ。

 現実じゃ、ないんだ。

 ちがう。

 ちがぁう。


 でも、どうして。

 違うと否定するたびに、苦しくなるんだ。

 胸が苦しくなる。

 悲しいのか?

 寂しいのか?

 どうして?

 まやかしだ。全部嘘だ。

 クソが。


「……さやか?」


 俺はサヤカに、話しかけた。


「はい。サヤカです」

「お前は今、幸せか?」

「はい。物凄く幸せです」

「なぁサヤカ」

「はい」

「俺が魔病って、誰から聞いた?俺が魔病って知ったときは、どう思った?」

「それは……悲しかったです。でも、何とかしてあげようと頑張りました。ご主人さまから、聞きましたよ」


 ……そうだよな。

 そうだと思ってたよ。

 いずれ来るんだな、言わなきゃいけない日が。

 無意識に避けていたその事を。

 言わなきゃいけないんだな。

 躊躇ってる暇なんてないんだ。


「なぁアーロン」

「……あーろん?」

「驚くだろうし、不安になるし、心配だと思うけどさ」

「………」

「俺、来年には死ぬんだ」

「……え?だから、治ったって」

「お前がサヤカじゃないことは知ってる。サヤカだが、多分違う」

「……どうゆう」

「何となくだが、お前はサヤカだと思う。だけど、“本物”じゃない」

「…………」

「俺の望み。違うか。俺の頭の中にあるサヤカを無理やり引っ張り出され作られた。偽物だ」

「僕は、サヤカだよ?」

「ここに現れた人間、全部俺の都合がいい様に生み出された人間なんだろ?」

「………変なの。僕はサヤカなのに」

「あぁ、サヤカだ。だが、俺のサヤカは一人だけだ」

「……ご主人さま?」


 俺は立ち上がった。

 いつの間にか白い世界になっていた周りを歩いて。

 その偽物から、離れようとする。

 偽物だ。

 無理やり引っ張りだしたから、矛盾が生まれたんだ。

 中途半端なサヤカ。


「変な方ですねぇ、どうして貴方は見破れたのですか」

「さぁな。お前の詰めが甘かったんだよ。死神」

「そこまでお見通しとは、あっぱれですね」


 白い世界を歩いていると、空から声が聞こえてきた。

 まぁだろうなと思った。

 死神の能力なのだろうか?

 厄介だな。

 でも、どうして俺を?


「面倒ですね」

「どうして俺を狙った」

「知りませんよ。私のツノに聞いてください」


 ……?何を言ってるんだ。

 まぁいい。


「ここから出せ」

「嫌です」

「どうしてだ?」

「あなたを、殺すためです」

「俺を殺してどうなる」

「知りませんよ。ただ私が、あなたを殺したがってる」


 意味が分からないな。

 対話出来ないのか。

 まぁそうか。


 正直に言って、今起きている事が本当の事か分からない。

 いや、この死神を含め俺の悪夢なのかもしれない。

 死神を怖がる俺が生み出した、最悪な悪夢。

 ……なのかもしれない。

 分からないな。

 まぁただ、とにかく。

 俺はこの夢から覚めなくては行けないんだ。


「ええっと、夢から覚める方法……」


 この状態の事を明晰夢と言うんだっけ?

 こんな事態にも名前があるのは驚きだな。

 本の知恵だがな。


「……何をしているのですか?」

「いや、どうやって目を覚まさせようかと考えてる」

「だから無駄だと――」


 無駄、そうだよな。無駄だよな。

 と言うか、なんで俺はこんな冷静なんだ。

 自分でもよく分からないなぁ。まぁでも、なぜか、冷静だ。

 夢だから、焦るとかそうゆう事ができなかったりして?

 そんな馬鹿な。

 まぁでも、夢の中なんだ。安らかに眠っている現実の俺がいる限り、俺は冷静なのかもしれない。

 それが俺の理性と、この精神体の感情のズレを巻き起こしているのだろうか?


「……これは俺の夢なんだよな」

「………」

「うし、やってみるか」

「……何しているのですか?」

「いや少しな、試してみたいんだ」

「分からないんですか?私はあなたを殺すために――」

「お前は多分、直接俺に干渉できないんだろ。

 だから夢なんて回りくどい方法使って、俺に都合のいい夢を見せさせて、それに溺れさせようとした。

 廃人に、するつもりだったんだろ」

「……あなたは規格外です」

「過大評価どうも。ただの父親だよ」


 とりあえず、俺は腕を前にかざした。

 そうだなぁ。まずはあいつを頼ってみるか。


「兄さん、治ってよかったね」

「わおケイティ。久しぶりだな」


 なるほど。

 夢の中で意識を持っている俺は、どうやら夢を操れるらしい。

 現に、目の前にケイティを召喚?顕現?させれたのだから。

 だがこいつには意識はない。本物じゃないからだ。

 つうか。普通は夢なんて操れないはずなんだが。

 もしかして、死神が干渉しているからか?

 まぁなんにせよ。


「俺をビンタしろケイティ」

「わかった。えい」

「――――」


 あ、あれ。

 スカッ、って言ったぞ。

 ……ん?


 ゆっくり目を開けると、確かにケイティは振りかぶっていた。

 あ、もしかしてこれ。


「少し失礼」

「………」


 と、俺はケイティの肩に手を伸ばす。

 なるほど、夢の中だと人から触られても通り抜けるだけなのか。

 ケイティのゴリラパワーなら、目が覚めるのではないかと思ったけど。

 そうだなぁ。


「あなたを夢から覚ますわけにいかない」

「お前、まさか夢の世界から出させないようにする気か?」

「ええ、もちろん」

「無駄だぞ」

「なぜ?」

「夢だと言っても、朝になれば誰かが起こして……」


 あ、違うのか。

 確か夢って、現実世界の時間とリンクしている訳じゃない。

 俺の頭の中で、勝手に作り出しているんだから。

 現実世界では一秒でも、この世界では数時間とか体験できるのか。

 現実世界の干渉を頼むのは難しそうだな。


「………」

「私が力を解くまで。あなたは私の手の上です」

「そう、みてぇだな」


 どうすればいいのだろうか。

 この夢の中から出るためには、何をすればいいのだろうか。

 ……分からん。

 うーん。現実世界の俺の体が安らかに眠っている限り。

 俺はどうすることも出来ないな。

 あ、なら興奮してみるか?

 勿論エロい意味じゃないが、例えば。


「ほい」


 現れたのはサヤカが作ってくれた肉料理だった。

 だが、まぁ、食欲はそそらないなぁ。

 失敗か。

 考えてみるか。

 見るだけで何らかの衝動に駆られ、思わず全身で答えたくなる物……。


「……まさか」

「え?あれ」

「わりぃ死神。どうやら俺、夢から出れるみたい」

「な、は!?一体何を……」

「秘密だ」

「ふ、ふざけるな!!」

「まぁそうゆう事だから、バイバイ」



――――。



「はっ」


 目が覚めると、そこは宿の天井だった。

 少しだけ朝日が顔を出し、部屋の中を薄暗い光が照らしていた。

 俺はソファから起き上がり、洗面所へ足を運んだ。


「……現実、だよな?」


 手を触る。

 ほっぺを叩く。

 少し踊ってみる。

 おん、現実だ。

 どうやら俺は、その悪夢から目を覚ませられたようだ。


 ……いやはや、まさか。

 俺って結構馬鹿なんだな。

 あんな事で体から興奮するとは。

 いや、興奮つうか、撫でたい欲求?


「夢の中でマルを思い浮かべるだけで。体がムズムズして目が覚めるとは……末期だな」


 いつも撫でていたあの猫に、今はモールス家で高級キャットフードを食べているあの猫に。

 少しだけ敬意を抱いておこう。

 あいつのふわふわの背筋のおかげで、俺は悪夢から解放された。

 もう少しあいつを崇拝しなければ……。


 ……帰ったとき、あいつがキャットフードの食べ過ぎて太ってなきゃいいけど。


 一時はどうなるかと思ったが、何とかなったのでよしとしておこう。

 死神、なんだかお前に同情するよ。

 そんなバカげた方法で自分の能力を突破されるのは、屈辱以外の何物でもないからな。

 あ、そうだ。みんなを起こさなきゃ。

 なんだか今は一人が嫌だ。早く他の人間と会話がしたい。


 と、俺は洗面所から寝室へと足を運ぶ。

 ドアを開けると。そこには。


「うぅ」

「え?」


 トニーのちゃんとした寝相と共に、二人で分けていた掛け布団をほぼ独占している白髪の少年。

 その少年、否、サヤカは。

 夢を見ながら、項垂れていた。


 え?項垂れている?

 ……。

 多分だが。

 さっき死神が夢に出てきたからかだと思うけど。

 なんだか。サヤカが夢を見ている所を見ると、不安に。


「………」


 いいや、不安どころじゃない。

 これはもしかして、そうかもしれない。


「サヤカ!」


 俺は急いでサヤカの元へ駆け寄る。

 もしかしたら、サヤカも同じように死神に夢を見せられているのかもしれない。

 もしかしたら。サヤカも。

 サヤカ、も。


「……おかあさん」

「………」


 ……おかあ、さん。

 一瞬、なんの事か分からなかったけど。

 多分それは、俺が聞いてこなかった、サヤカの過去の話だと思った。

 その言葉を聞いた途端、俺は。


「……」


 何かモヤモヤしたものが胸に生まれ、ベッドの上で動けなくなった。





 余命まで【残り2■6日】


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