目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

五十四話「魔道具」



 恐怖。

 恐怖だった。

 感じたのは、恐怖。

 身震いする恐怖、底知れない焦燥感。


「――――」


 自覚。

 自覚した。

 俺は、誰かに命を狙われていると。


 理解し、感じたその瞬間。

 言葉を、失った。


「兄さん?」

「――――――」


 ただ感じたのは。

 喉の奥に冷えた何かがある感覚と、それを吐き出しそうな嘔吐感だった。

 不安、焦燥、恐怖、死。

 でも俺は、なんだかそれを打ち明けることが出来なくって。


「大丈夫だ」

「……本当に?」

「……あぁ。大丈夫だよ」


 不器用なほど青い笑みだと思う。

 だけど、その笑みをケイティに向けた。

 そしてその笑みを見て、ケイティは何かを感じ取った。


「ハミさん。とりあえず、その人食い迷宮の深層にあるポーションを取ってこればいいんですよね?」

「その通りじゃ。我々も可能な限り協力しよう」


 そこから、俺抜きで話が進められた。

 きっとケイティは気を使ってくれたんだ。

 ……そうだな、受け止める時間が必要だ。


 俺は誰かから、命を狙われている。


 苦しい。怖い。

 単純な感想しか出てこない。

 あぁ、俺は何をしたのだろうか。

 自然的で、たまたま俺に魔病が移ったと思ってた。

 だけどそれは間違いで。

 誰かが俺の命を狙って、仕掛けてきていた。


 一体俺が何したってんだよ……。


――――。



「兄さんさ。案外そうゆうのに弱いんだね」


 と、帰り道でケイティに言われた。

 時刻は既に夜と言われる部分まで周り。

 見渡すと、街の街頭が道を照らしていた。

 この国、夜は綺麗なんだな。


「そうゆうのって、なんだよ」

「……えーと。なんて言えば良いんだろう。人から憎まれてたり嫌われてたりするの」

「別にそれは良いけど。やっぱり人の手で苦しんでたって考えるとな……」


 少し考えて、俺は冷静を取り戻した。

 ……と思う。

 正直自分で今の俺が分からない。

 感情がぐちゃぐちゃだ。


「あ、そう言えばケイティさんよ」

「お?ついにお兄ちゃんも妹の偉大さに感服かね?」


 胸を張るケイティ。

 どんなに胸を張っても無いもんは無いぞケイティさん。


「いや、お願いがありまして」


 現在、俺とケイティはサヤカが待っている宿へ向かっている。

 ちなみに、ケイティは冒険者ギルドの宿で暮らしているらしい。

 やはり神級魔法使いは顔が利くらしく、大したお金も持っていないのに泊めてもらっていると。

 羨ましいもんだ。


「お兄ちゃんがお願い事?まぁ変な事じゃなければ良いけど」


 そう腕を組みながらケイティは言う。

 なんだか変な事考えてそうなので、探りでも入れてみるか。


「……ちなみに聞くが、そのお前が想像している変な事だった場合はどうするんだ」

「いつもの三倍でビンタする」

「調子乗ってすんません」


 どうやら俺の予想は的中してしまったらしい。

 ケイティ……一体どうしてそんな事が出てくるようになってしまったんだ。

 そう言えばケイティ。

 まだ25歳か。


 流石に初体験とかは済ませてるよな?

 ……なんだか、兄として心配だぞ。

 いや、心配するのもキモイんだが。

 なんだかケイティの性格なら、まだ彼氏とか出来て無さそうだしなぁぁ――。


「えい」

「あばぶッ――」


 唐突に、謎のビンタを食らわされ。

 俺は降りていた石の階段から壮大な音を出し落下した。


「いってぇ!ああああああああいってええええええええええええええ!!」

「アレ、ナンカ兄サンガ落チタ」

「お前が落としたんだよゴリラ!!」

「いやぁ、なんだか心の中で侮辱されてる気がしてぇ。つい」


 と、片腕で頭の後ろを触るケイティ。

 こいつ、なんでこんな楽しそうに言ってんだよ。

 と、とりあえず。

 ケイティの前では失礼な事は言わないようにしなきゃな。

 おん。


「で、お願い事ってなに?」

「いやなケイティ。お前サヤカの前で妊娠してるていで行けねぇ――」


 あれ?おかしいな。

 なんだか地面が空にあって。

 あ、これあれだ。

 痛いやつだ。


「いってえええええええええ――ッ!!」

「ごめん兄さん。私の耳が少し悪いみたいで、何言ってるか分かんなかったんだよね」

「お前の耳にでっけぇ耳クソ詰まってんのか!?」

「兄さんの頭はちいせぇ知能しか詰まってない様だね」


 うわっ、その返し効くわぁ。

 あのギルドの受付のキャロルと同じような毒舌を感じたぞ?

 似た者同士だな。


「いや、えっと、その」

「ん?」

「あーと。ん-と、あぁ」

「んー?」

「ごめん……実は」


 ケイティの少し怖い緑眼で睨まれ、俺は全てを白状する事となった。



――――。



 怒られました。

 いやまぁ、怒られないわけがなかったんだけど。

 流石のケイティさんも俺に呆れていた。

 ケイティのため息を見て、俺もなんだか自分が情けなかった。


「ただいま」


 と、ケイティが先陣を切って部屋に入る。

 するとそこには、料理をしていたサヤカがキッチンに立っていた。


「あ、師匠」

「やぁサヤカくん。数週間ぶりだね」


 ケイティとサヤカは師匠と弟子の関係だ。

 サヤカはケイティに、ある程度戦える魔法を教えてもらった。

 だからサヤカはケイティを師匠と呼んでいる。


 サヤカはケイティを見るや否や走り出し。

 ボフッ。と。

 ケイティのお腹あたりにサヤカの白髪が埋まる。


「会えてよかったです」

「ええ、そうね」


 そっか。

 ケイティは旅に出ていた。

 本来ではこんな早く再会する予定でもなかったし。

 サヤカはサヤカなりに、ケイティとの別れを悲しんでいた。

 だから再会出来て嬉しいのか。


 嘘をついてでも、サヤカをサザルに連れてきて良かったのかもしれないな。

 まぁだが、ここからだ。


「師匠……妊娠したって?」

「あ、それはケニーの嘘だよ」

「え?」


 あ、サヤカの白い視線を感じる。

 は、はっは。

 ごめんなさい。


「どうゆう事ですか?ご主人さま」

「いやな、えっと……」


 と、つぶらな瞳で聞かれる。

 そんな正々堂々と聞かれてしまうと困るな。


 何故なら説明が難しい。

 魔病治療の為に来たなんて伝えたら、なかなかの大惨事になる。

 だから、えっと。どう説明すればいいんだろう……。

 俺には持病があって……とかも心配されるな。


「私から説明するよ」


 唐突に、そう入ってきたのはケイティだった。

 え、待ってくれよ?話すなよ?


「ケニーはね……」

「……?」


 うわっ、何だよこの間。

 気まずいじゃねーか。

 どうすんだよ。この空気を。どう説明するんだよ!!!!


「実はケニーはね。サヤカくんと一緒に、この国の魔道具を見たかったらしいんだ」

「え?」

「……へ?」


 俺も変な声が出ちまった。

 国の魔道具。サザル王国は迷宮や洞窟が多数あり。

 珍しい古代の魔法道具が発掘されることが多々ある。

 のだが。

 そりゃまぁ、確かにサヤカと見たかったという感情はあるがぁ。

 それでサヤカが納得してくれるのだろうか?


「そして、はい。これ」


 すると、ケイティはサヤカに何やらお守りの様な物を手渡した。

 見た目を説明するなら、手に収まるくらいの小さな木に緑の宝石が埋め込まれているような見た目だ。

 サヤカはそれを受け取ると。不思議そうに。


「これは何ですか?」

「これは魔道具だよ。使い方を教えてあげるね」


 疑問をすぐさま拭うように、ケイティはそう答えた。

 流石、教師の資格を持っているだけある。

 子供の前では真剣で、子供の輝く目を見ながらそのお守りに手をかざし。


「風よ歌え」

「……っ」


 「風よ歌え」と、ケイティは復唱する。

 何度も何度も、ゆっくりと唱え続けると。

 お守りに埋め込まれていた緑の宝石が強い光を放ち始めた。


「この魔道具は『風を作る』んだ。

 唱え続けると埋め込まれている特殊な宝石が、空気中にある魔力を風に変換する」

「魔力を風に……そんな事が可能なのですか?」

「ええ、可能よ」


 「みてて」とケイティはお守りを持っているサヤカの腕を持ち上げ。

 お守りを突き出すようにすると。


「サヤカくんなら分かるでしょ?」

「はい。何か感じます」

「じゃあそれを――」

「放ちます」


 ブワッ、と。

 鋭い風切り音が部屋に響いた。

 太古の魔道具。風を作り出す宝石。


 大昔、小人族などの魔族側の数が多かった時代。

 錬金術で特殊な魔道具が沢山作られたらしい。

 だが、とある大災害により。魔族側の数が減った際。

 こうして迷宮の奥底や、洞窟の壁などに昔の魔道具が埋まったりしてしまったのだと。


 ま、だが今は人間の方が数が多く。

 その大災害の影響で、太古の錬金術は全て土に埋まったとされている。


「これ、すごいですね」


 サヤカは嬉しそうに笑った。


「これはサヤカくんにあげるよ」

「え、ありがとうございます!!」

「だからね。ケニーの嘘を許してほしいんだ」

「……別に、そんな怒ってないですし」

「君なら迷宮とか挑めるくらいの実力があるから、こうゆう魔道具は自分で取ってきてみるのも良いんだよ?」

「…!?」


 サヤカは目を大きくした。

 そっか、そうゆう売り込み方も出来るわけか。

 相変わらずケイティは頭が切れるなぁ。

 すぐさまサヤカが俺に近づいてきて。


「ご主人さま!迷宮行きたいです!!!」

「……お、おう。いいけど」

「やった!」


 サヤカのかわええガッツポーズ。

 いいのだろうか、こんな感じで迷宮行くのを決めてしまって。

 一応だが、あの迷宮。

 人食い迷宮とか呼ばれてたような……。


 ま、結果オーライって奴だろうか?



――――。



「今度は滅茶苦茶すぎる嘘は付かないこと」

「……はい」

「私で変な恥辱的行為を想像しないこと」

「……はい」

「私が妊娠したとか、そんなでたらめな嘘を付かないこと」

「……はぁい」

「私が――」


 その後。

 ケイティの謎の質問に俺が死んだ魚の目をしながら肯定すると言う流れ作業を行った。


 あ?どうして俺が死んだ魚の目をしているかってぇ?

 それはだな。海より深く浅瀬よりは浅いかもしれない深すぎず浅すぎずの理由があるのだ!!


「………」


 いやはや、別に俺が反省していないと言うわけではなくだな。

 この状況を説明するのは難しいのだが。


 何だかケイティさん。様子がおかしいのだ。

 なんて言えばいいのだろうか?

 嬉しそうに言いながら怒ってる?

 つうかこれ怒ってんのか?


 ……まぁ多分だが、男の俺には想像できない。女心と言う奴だろう。


 そうゆう事にしておかなきゃ。

 何だかこのケイティに、恐ろしく恐怖しそうだ……。



――――。



 その頃、ケイティの心境はと言うと。


 ……うれ、しい。


 今まで自分が魅力のない女だとか思ってたから。

 無理に色気づけようとしても失敗して来たから。

 男の恋人が出来ない事をコンプレックスと思ってたから……。


 嘘でもそう言われるの、うれしい。


 あぁ、うれしい。

 どうしよう、罵倒が止まらない。

 本当は良くないのに、自分にそうゆう魅力があると思われてるの。

 嬉しいかも。



 と、まぁ。

 複雑な女心が、今、無慈悲な暴言となり。

 ケニーの心に一本一本突き刺さっていったとさ。

 めでたしめでたし。




 余命まで【残り186日】


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?