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六十七話「逆転、再会、そして」



「犯人はケイティ・ジャックだ!!!」



 そんな意味の分からない言葉が私の耳に入った時。

 変な感情が起こる前に、私は頭がパンクした。

 でも、ケニー兄さんは語るのをやめず。


「あいつはゴリラで人に対しての態度も悪く、魔法しか才能がない最悪な女です裁判長!」

「ん?? えっと、お主はケイティ・ジャックの血縁で、ケイティ・ジャックの無罪を主張しに来たと聞いたのだが?」

「そんな事はどおおおでもいい! 俺はこいつの、不甲斐なさと不器用さをさらけ出しに来たのです!」

「は、はぁ?」


 裁判長も頭を抱え混乱していた。

 その状況を説明するなら。

 皆が頭を抱え、ケニーが何を言いたく、何を伝えたいのか意味が分からない状態になっていた。


「こいつは魔法だけで人に対して全く思いやりがない!

 男に対しても馬鹿で、シモの相手も下ッ手くそで使い物に――」

「ああ!!あああああああ――!!!」


 ケニーの言葉に、何を感じたかケイティは顔を赤くして叫んだ。

 ここでその場に居た大衆は、ケイティとケニーが既にそうゆう関係で経験をしていると勘違いをする。

 だが実際は一切そんな事はない。

 どちらも正真正銘、天下一品の童貞処女なのだ。


 ケイティの叫びは、男の事で悩んでいた事実を赤裸々にされた事から来ていた。


「「………」」


 会場はその一連の流れを見て、皆が言葉を失っていた。

 そして、数秒の沈黙の後。

 ぽつりと、会場の参加者から漏れた言葉があった。


「……最低」


 女性のその言葉を皮切りに。


「なにあいつ」

「こんな大事な場で、何言ってんだよ」


 恨み募り。ケニーのモラルの無さにドン引きを始めた。

 その負の感情は感染病の如く観客席に広がっていき。

 中にはケイティが「可哀想」だと言う男も現れた。

 ケイティは普通に美人の方に入るので、40過ぎてるおじさんか。

 まだ25歳のケイティを比べてしまうと、その差は明らかだった。


 そしてケニーは最後に。


「犯人はケイティ・ジャックだ!!こんな最低女、俺は到底許せない!!」


 と言い残した。

 もちろん周りの参加者の反応は様々で。


「女性のそうゆう事情をこの場で語るのは……」

「有罪か無罪かなんて知らないけど、ウチはあんたがもう大っ嫌いだよ」

「あんな人が家族に居るのかよ……ケイティ・ジャックも不憫だな」


 同情だった。

 ケイティへの同情を皆が呟いた。

 この場で爆弾発言をされた事が流石に可哀想に思えてきたのだ。

 だが、それがケニーの目的ではなかった。


 裁判長は圧倒され、何も言えなかったが。

 やっとの思いでハッとなり。


「これ以上の無礼は許さ――」

「俺は語りたいことを全て語った。もう満足だ。ケイティ・ジャックに、厳罰を」


 ケニーは後ろに下がった。

 裁判参加者の罵声を聞きながら、何もそれに触れずに帰った。

 ケイティは茫然としていた。

 頭がパンクして、完全に真っ白になっていた。

 そして、次のハプニングはすぐに起こった。


「少し、待ってもらおうか!ケニー・ジャック!!!」


 唐突に、ケニーの行く先に立ちふさがったのは。

 黄色いボタンの茶色い服を着て、青色のズボンを履いた。

 巨体な体をしており、その顔には深い切り傷が付いている強面の元騎士。


「……第二の弁護人。サリー・ドード。前へ!!」


 その乱入者に裁判長は戸惑いを見せたが、二人の勢いに飲まれ裁判長はそう言った。

 その唐突の参戦に会場はざわついた。

 一体何を見せられているのだろう。それが皆の本音だった。

 だからと言って、二人の対話は止まらなかった。


「俺が持ってきた証拠を見ても、お前はまだケイティ・ジャックを犯人と言うかな?」

「何言ってんだ。あのゴリラが殺したんだ。あんな最低女――」

「まず一つ、お前は確か。事件の日にあの現場に居たらしいな」

「それがなんだ」

「お前、騎士から取り締まりは受けたのか?」

「……受けてねぇよ」


 その言葉に、またもや会場はざわつく。


 サリー・ドードが何を言いたいのかを説明すると。

 簡潔に言うなら、騎士側の捜査の不備があるのではないかと言う事だ。

 事件が起きたあの日。

 確かにケニーやケイティは騎士を呼び、事態を知らせた。

 ケニーももちろん騎士に俺も居たと話し、事情は語った。


 ――だが、信じてくれなかったのだ。


 なぜ信じなかったのか。それはこうゆう理由があった。

 その日のうちに廃工場から高純度の魔力が検出され。

 犯行は洗練された魔法使いの仕業だと騎士は結論を出した。

 騎士の中には魔族の者もいる。

 そして魔族の中には、その生物の魔力の量などが生まれつき見れる“魔眼者”も存在するのだ。

 そいつが事件現場で、ケニーを見て言った。


「彼には魔力が殆どない」


 こうしてケニーは犯人候補から外れた。

 一応取り締まりとまでは行かないが、騎士側は事情をケニーにから聞いた。

 が内容が悪かった。ケニーが語ったのは、嘘のような事実だったのだ。

 その話を聞き、騎士側はケニーを完全に狂人の類だと感じ。

 正規の方法、正しい手順で取り締まりが行われなかったのだ。


 この事件、騎士側が完全に犯人を決めつけ。

 ろくに話を聞かず、ここまで来てしまっていたのだ。


「………」


 それが明らかになり、騎士側は焦った。

 だがそんな事も知らず、ケニーとサリーは。


「これは騎士側に不備があったと言っても過言ではないのではないか? 裁判長!!」

「む………」


 この訴えを聞いて、裁判長は考えた。

 そして結論を出し。


「確かに騎士側に不備がありますね。そこは後程、王城で議論致しましょう」

「うっし」

「どうやら事件の捜査が完全ではなかったようです。一度裁判は取りやめた方が……」

「いいえ裁判長。俺は確信的な証拠をこの場に持ってきました」


 そう。これがサリー・ドードが持っていた証拠。

 こんな大がかりな演劇を行い、全てはこの会場に居る参加者に同情を誘う事。

 そのための布石がケニーのケイティ批判だった。

 そしてサリーは、その紙を出した。


「これはノージ・アッフィー国に居る錬金術師が作った転写紙マジック・ペーパーと言う物だ。

 月の光に紙をかざせば、その場の光景、風景がこの紙に写し取られる」


 【魔道具】転写紙マジック・ペーパー

 ノージ・アッフィー国に居る特別な錬金術師が制作したと言われる代物であり。

 まだあまり世に出回っていない物だった。

 だが、その技能は色んな場面で使えるのと。存在だけは知っている人物が多い物だ。

 だからこそ、その紙に写っている人影に、裁判長や裁判参加者含め。驚愕した。


 そう、その紙には。キャロル・ホーガンの死体と、ドミニクが黒いオーラを纏っている場面が転写されていたのだ。


「その写っている男は……?」


 と、ケニーは言うと。


「彼がドミニク。これでケイティさんの証言を信じてくれますか?」

「………ちっ。ケイティを貶められると思ったのによォ」


 会場が静まり返った。

 この一連の流れを見て、その場は沈黙に包まれてしまった。

 先ほどまで不安の種になっていたケニーは自分の負けを認め。

 新たな証拠で、ケイティ・ジャックの判決を出すことは不可能になった。


「………」


 少々手荒ではあったが。

 作戦自体は成功だ。

 難しい作戦だし、勝算もあまりなかった。

 騎士の不備を指摘し、その後に核心的な証拠を出す為。

 俺はわざとケイティに同情されるように演説をした。

 俺は悪役でいい。

 この場で、少しでも判決を変えれるなら蛇にでも死神にでもなってやる。

 公開裁判の特徴は、裁判長が完全な判決を下すのではなく。

 この場に参加している参加者の投票でも、その結果は変わる。

 この作戦の意味は、裁判の意味を失くさせる事も、調査の不備を訴える事でもない。


 ――ここに居る参加者達の頭をバグらせる事だ。


 今の参加者たちの心理は。

 『可哀想だけど、きっと人殺しだから』から。

 『可哀想で人殺しの冤罪を掛けられそうな人』に変わった。

 それだけで十分だ。

 裁判長には騎士の不備で、周りの参加者には揺さぶりで。

 俺らが出来るのはこれくらいだ。



 という所で、裁判は終わった。

 裁判に関してはまた検討するらしく、取り敢えずケイティは釈放されることになったのだった。

 結果的にケイティの無実へ一歩近づいた訳だ。


 ちなみにだが、今回の奇策を思いついたのはアーロンとサリーの二人だ。

 アーロンは、一人で王城に侵入し。ケイティを脱獄させようとしていた所。

 鏡の魔石と言う罠にハマってもう少しで危ないところだった所をサリーに助けてもらったらしい。


「本来なら、サリーさんの証拠だけで十分だったんですが」


 と、アーロンは語り出した。


「騎士側の不備の件もですし、

 サリーさんの証拠だけではその場の参加者達を納得させる為の材料にはなれないと思ったんです。

 その証拠を、その強力な手札を切るには。最高の舞台作りと話の出し方が大事です。

 まずはご主人様が、利己的な感情でケイティさんを有罪にしようとしていると言うストーリーを大衆に植え付け。

 その後で手札を切ることによって、“急展開”と言う物を作り出しました」

「お前、小説家になれるんじゃね?」

「ご主人様のおかげですよ。

 沢山本を読ませてくれたから、

 僕はここまで考えることが出来た。

 人はみんな、急展開が大好きなんですから」


 そう笑顔で言うアーロンを、俺は誇らしく感じた。


「意味のない一幕で、

 何を見せられているんだろうと言う感情の時ほど。

 物語の核心を突いてくる爆弾がいざ放り込まれた時。その威力が飛躍的に上がります」

「だから俺の力量に掛かってたな……憎まれ役は慣れないね」


 俺の神演技に賞賛の拍手が欲しい所だが。

 実際の所、軽蔑の視線しか感じなかったな。

 これが作戦じゃなければ、俺はとっくに泣いてたぜ。


「ありがとうございます。皆さんのおかげで、私は一時的に釈放されました」


 その説明が終えた時、扉から部屋に入ってきたのはケイティだった。

 入るや否や、ケイティは勢いよく頭を下げて。


「もう無理だって思ってたんです……けど、兄さんやサヤカくん。

 そしてサリーさんが私の為に色々やってくれたおかげで。私はここに立っています」

「例には及ばん。ケイティ・ジャックの釈放はついでだ。俺の本来の目的は、ケニーにある」

「え?」


 サリーは俺に振り返る。

 そう言えば、時間がなかったからだが。

 色々聞かなきゃいけない事があるのだった。


「サリー・ドード。今までどこに居た?」


 サリー・ドードは、あの北の街での戦い。

 第一次大規模魔物群討伐作戦の後に、行方不明になっていたのだ。

 ゾニーの予測では自分の意志で消えたと聞かされていたが。

 どうしてサザルに居て、どうしてドミニクが居たと言う証拠を持っていたのか。


「色々あったんだ。簡単に語れるほどの物じゃない。

 が、俺が所属している組織では魔解放軍を追っている」

「……所属している組織? お前は今、何者なんだよ」


 というと、サリー・ドードは俺に向かって跪いた。


「単刀直入に言おう。

 俺らは魔解放軍に対抗する為、とある人物が設立した裏組織――人魔騎士団じんまきしだんのメンバーだ」


 そう言い、サリーは胸から取り出したペンダントを取り出す。

 そこにはとある紋章が刻まれており。竜?の周りに人間や魔族が集まっている紋章だった。


 俺はその人魔騎士団と言うのは初耳だが、それは置いといてだ。


「お前が、人魔騎士団に所属しているのは理解したが………違うくないか?」

「何がだ?」

「てっきり俺は死神に恨みがあって消えたのかと思ってたんだが、どうして魔解放軍に対抗する組織に属してんだよ」

「まぁ俺にも色々あるのさ。別に、俺の復讐は消えたわけじゃない――そして、話がある」

「………なんだ」


 サリーはやけに真剣な顔をしていた。

 だからか、その部屋に居るケイティもアーロンも会話に参加できなかった。

 その会話の様子を、見守るだけ。


 そしてサリーは、俺に告げた。


「お前を勧誘しに来た。一緒に魔解放軍を壊し、魔道具ディスペルポーションを取り返さないか?」

「――――」


 正直に言おう。

 賛成ではある。だが、俺に出来る事は限られている。

 魔力を失った俺に出来る事と言えば、もう剣を振り続けるくらいだ。

 それも、俺はまだ剣を握ってから月日が経っていない。

 ちゃんとした相手なら、余裕で負ける自信がある。

 だから俺は、戦力不足だと思った。


 でも、ディスペルポーションは取り返さなきゃいけない。

 それでしか俺の魔病は治療できないからだ。

 だから、考えなきゃいけない。


「少し考えさせてくれ。サリー」

「分かった」



――――。



「私は付いていけない。まだ無罪が証明された訳じゃないから」


 と、ケイティは語ってくれた。

 騎士の不備とドミニクが写っている転写紙があるから。

 少なくとも有罪になる事は無いと思うが。


 それにしても、サザル王国の騎士団は少し短絡的すぎないか……?

 別に差別とかではないが、魔族って意外と短気だったりしちまうのかな。

 あんなので、国を救えるのだろうか。


「きっと騎士団は、これから良くなると思いますよ。これほどの失態が公になったんですから」

「まぁそうだよな。良くなることを期待しよう」


 流石にそうだよな。

 こんな失態を晒しちまって、サザル王国王様のガルク・サザル殿は怒りそうな物だ。


「ちなみに、僕はご主人様が行くならどこでも付いていきますが……?」

「そこなんだがな。少し考えたんだ」


 俺はその考えを、二人に向けて話した。

 ――死神の事だ。

 死神が新たな宿主を見つけ、このサザル王国へやってきていた。

 それはすなわち、現在グラネイシャでゾニーやロンドンが参加している。

 死神候補の護衛が失敗していると言う事だ。


 一応ケイティが連絡用の魔石で連絡をしたのだが。

 折り返しの連絡は今の所ないらしい。

 正直、グラネイシャがどうなっているか気になる。

 確かにディスペルポーションも大切でもあるが。

 俺らの故郷、そして残した兄妹も気になる。トニーもモーリーさんも心配だ。

 だから。反対覚悟で言おう。


「アーロンだけグラネイシャに帰って、俺は人魔騎士団に入る」

「……それって」


 俺の言葉に、ケイティは戸惑いの形相で立ち上がった。

 空気がおかしくなった。

 ケイティの言葉を選ぶ時間の後、口を開いて。


「兄さんは、自分の子供に親と離れろと言うの?」

「アーロンも子供じゃない。一人でも自立できると思うんだ」

「……いや、いやいや。私は認めないよ?」

「どうしてお前が口を出すんだ」

「だって。え?

 だってさ、サヤカくんだってここまで色々苦労して、やっと掴んだ幸せが兄さんなんだよ?

 それを兄さんだけの意思で離れようなんて、本人には残酷すぎると――!!」

「ケイティさん。少し、僕が喋ってもいいですか?」


 ケイティの大きくなる言葉に、アーロンが割って入った。

 アーロンは動じていなかった。俺の目を見て、落ち着いた様子で。


「ごめんなさい。まだ僕は、ご主人様と一緒に居たいです」

「………そうだよな。一緒に、人魔騎士団に行くか」


 アーロンは知ったばかりなのだ。

 俺が、あと半年したら死ぬと。

 何となくその答えは予想していた。

 でも、なんつうか。ここまで直球に言われるのは、なんだか照れるな。


「わかったよ。じゃあ、こうしよう」


 俺とアーロンは人魔騎士団へ入り。魔解放軍からディスペルポーションを奪い返す。

 ケイティはサザル王国で判決を待ち。終わり次第グラネイシャへ即帰宅。

 と、こんな感じになった。

 とにかくディスペルポーションもそうだが、グラネイシャで何が起きているのかも気になる部分だ。

 俺にもそこまで時間の猶予がない。

 早期決着を目指して、俺らは人魔騎士団に。




 人魔騎士団。

 ケニー・ジャック。アーロン・ジャック。入隊。



――――。



「これにて、報告を終わります」


 淡い光を放っている魔石に向かって、サリー・ドードはそう語る。


「よくやってくれたねサリーくん。君のお陰で、あの子達をうちに取り込めた」

「ありがたきお言葉です」

「まぁそんなに畏まらなくてもいいよ。僕と君の仲じゃないか?」


 強い。女性の声だった。

 僕と一人称を言うその女性は、微笑みながら。


「もう一度会えると思うと、何だかワクワクするね。――サヤカ」



――――。






 その間、王都では。

 状況が一変する出来事が、起こっていた。






 余命まで【残り175日】



 第九章 最悪編  ―終―

 第十章 ゾニー編 ―始―


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