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七十一話「あるべき姿」



 ――戦況は絶望的だった。



「――くッ」

「動きが鈍っているぞ! ゾニー!」


 激しい剣閃。

 暴れる黒い波動。

 ウッドは楽しそうにそう叫んだ。


 ナタリーやエミリーの加勢もあったはずなのに、

 その暴剣には太刀打ちできず。

 二人はいつの間にか見ているだけになっていた。

 魔法をどれだけ繰り出してもウッドが怯まなかったからだ。

 全てを出し尽くして呆然とするのも分かる。


 今は僕だけで剣を捌いているが、……これは消耗戦か?


 ウッドの剣術『暴剣』はとにかく激しい攻撃が縦横無尽迫ってくる。

 それを捌くだけでも体力が大幅に持っていかれるのに、この男――。


「ふっ!」


 笑ってる。余裕の笑みだ。

 僕が疲れ始めているのに、この男は疲れていないと言うのか?


「………っ!」


 隙が無い。

 僕の剣技を繰り出すだけの隙が、戦闘を始めてから一回もなかった。


 凄まじい剣の暴れようだ。

 この戦闘が始まってから、僕は一度も攻撃に徹していない。

 そう、徹していないのだ。

 ウッドの激しい剣の太刀筋が僕に技を出すチャンスを与えてくれない。

 とにかく僕はウッドの次から次へ来る黒い剣を防御するしかできなかった。


 『暴剣』。

 馬鹿にできない実力だ。


 隊長になって初任務でこれかぁ……やっぱ、運が悪いよね。

 王様も無茶な任務をしたものだ。

 まぁ本来は護衛だけど、騎士として見過ごせなかった。

 子供が大人に、どうしようもない力でねじ伏せられているのを見ていられなかった。

 それが日常に入り込んでいるのも見ていられなかった。


 いま考えると、違和感は最初からずっとあった。


 二人と初めて顔合わせする時、ウッドの呼びかけに二人は急いでこちらに駆け寄っていた。

 あの時の二人の顔、きっと、怖かったんだ。


「考え事か? ゾニー!」

「ふ……く、か……!」


 ウッドの猛攻は一度止まった。

 そう話しかけたウッドは剣で強く僕の剣を叩き、僕は数メートル先へ飛ばされた。


「考え事するなよ? 私と遊んでくれないのか?」

「遊んでるじゃないですか。これで満足してくれませんか?」

「だって君、本気じゃないんだもん」

「………」

「…………?」


 見抜かれてたのか。まぁ、別に問題はないし。

 何なら――。


「本気になった所で、あなたには勝てませんよ」

「ほぉ、あー。……何を待ってるの?」

「………」

「なんか待ってるよね。援軍? それとも本気を出せない理由でも?」


 別に、本気を出せない理由なんてない。

 ただウッドのその推理、と言うか感は凄まじかった。

 そう。僕は待っている。参戦を。

 ――その揺るぐ心を。

 そして、その瞬間。


「――ッ」

「ンッ!?」


 息をする様な、静かな剣閃が、ウッドの肩を掠めた。


 小さな体が一、二とステップを刻み。

 持っている木刀を腰の高さで構える。

 ブロンド髪を靡かせ、その揺るぎない瞳を父親に向け。


 二代目『暴剣』カーソン・ベイカーは剣を握っていた。



――――。



 才能は遺伝する。

 ウッド・ベイカーは、

 剣を始めて握ったその日に自身の才能に気が付いた。

 それは才能、自分が持っている、備わっている能力。

 遺伝。その才能を引き継いだ男が居た。


「父さん。ごめんなさい」

「………」

「今まで色々理由があって、父さんの言う通りにしてきた。でも、うん。

 俺は戦う。ゾニーさんが奮い立たせてくれた。俺の心を、揺らがしてくれた。

 ――勝負だ父さん。本気と書いてマジの、剣の稽古を頼むよ」


 剣を持つ理由など何でもいい。

 僕だって兄妹への憧れがスタートだった。

 誰かを守りたいとか、戦いたいとか、ヒーローになりたいとか。

 そんなんじゃなく。僕は嫉妬で剣を握った。


 この世には越えられない壁が絶対存在している。

 それは今目の前に立っている、ウッド・ベイカーもその一人だし。

 カール・ジャック。

 エマ・ジャック。

 ケイティ・ジャック。

 ケニー・ジャックもそうだ。

 みんな僕から見たら圧倒的な壁で、絶対越えられない何かを持っている。


 僕はみんなになろうとした。


 でもそれは間違いだと教えてもらった。


 だから。



「第二ラウンドだよ。カーソン!」


 剣を強く握り、目の前を真っすぐ見つめ。


 刹那――カーソンの木刀が折れ、僕の剣筋がウッドの地面を捉えていた。


「――最初からッ! これが狙いかぁ! ゾニーぃぃ!!」

「――【剣技】忌避終劇の乱」


 その瞬間、黒い衝撃波が地面を伝い、抉り、

 ウッドの足元を破裂させるように弾けさせた。


 その攻撃を受け、ウッド・ベイカーは空高く打ちあがった。


 長期戦闘から――短期決戦。

 それは元々話していた事だった。


 カーソン・ベイカーの戦闘参戦は予想していた。


 そしてカーソンは『周りをよく見る事に長けている』のも僕は理解していた。


 だからこそ、僕が何を狙い、自分が一番貢献できる参戦の方法を瞬時に判断していた。

 この作戦は一切カーソンに喋っていない。

 二代目『暴剣』の真骨頂。それは素早い状況判断だ。


 そしてウッド・ベイカーの性格から油断しやすい人間だと判断し、だからこそ、


 ――魔力を纏い、青い閃光を拳に乗せたエミリー・ソルが。

 空に打ち上がったウッド・ベイカーに会心の一撃を入れたのだった。



――――。



 エミリー・ソルは魔法使いでありながら、近接戦闘に長けていた。


 詳しく言うならば。

 【魔法】血流操作と言う強化魔法が得意なのだ。

 一時的に体の一部に魔力を巡らせ、

 血流操作により筋肉を膨張させ強烈な一撃を入れる事が可能の魔法。


「………」

「強くなったなぁ……カイソン」


 ウッドは倒れていた。

 エミリーの一撃はもろに喰らうと僕でも倒れる力がある。

 ただその代わり、血流操作は少しの調整ミスで簡単に体を壊すハイリスクな魔法。

 魔法の緻密な調整、操作が得意なエミリーだからこそ使える技なのだ。


 地面に大の字に倒れ、ウッドは空を仰いでいた。

 その横に、カーソンが座り込んで、父親をじっと見ていた。


 きっとこの先、王様にこの失態が伝わるだろう。

 と言うか、僕が報告する。こうゆう家庭環境に置いておくのは子供達に悪影響だと思ったからだ。

 でも。


「ゾニーさん。俺と父さん、二人っきりで話してもいいですか?」

「いいけど、大丈夫?」

「うん。もう、父さんに戦う力はない。これでも50歳近いんだから」


 と言う事なので、僕らは一時的にその場を去った。

 作戦は成功だ。

 元々予定にはなかったが、これでよかったと思っている。

 僕らは騎士として子供を守った。そして次のステップへと案内した。

 僕らが出来るのは、ここまでだ。


「あの、お兄さん」


 屋敷に戻ろうとすると、使用人の静止を振り払い走ってたイーソンが居た。

 イーソンは青い目に涙を溜めながら。


「助けてくれて、あ、ありがとうございます!」

「………」


 僕は驚いた。

 どうしてお礼を言われているのだろうと。

 だから僕は、腰を下ろして。


「僕の名前は、王都・近衛騎士団、第十五部隊:隊長 ゾニー・ジャックだ。

 騎士なんだから、君を助けるのは当然だよ。

 今度から、もう駄目だ、きついって感じても。

 誰でもいいから。近くの騎士に話しかけてみるといい。

 騎士じゃなくっても、君のお兄ちゃんに言えば笑顔で聞いてくれるよ。

 だから、安心して」

「……ッ!」


 イーソン・ベイカーは、大号泣した。


 これが僕だ。

 大人として、騎士として、あるべき姿だ。

 僕はもう、向こうに居る人が見ている先は見ない。

 僕は僕の、これから進む道だけを見ている。

 僕は騎士だ。英雄達の家族の一人だ。


 なれない者はいるが、なれない物は無いと思う。


 過程はどうあれ、途中で諦めてしまったとしても。

 そこで身に着けた経験や思いは決して消えない。

 どんな思いでも剣を握れば変われる。

 守ろうと思う人が居れば、幸せになってほしい人が居れば、守りたい場所があれば。

 人はこうも、変われてしまうのだ。



――――。



 カーソンとウッドは話し合いの結果、

 このまま一緒に暮らすことになった。


 本当ならこの事態を王様に報告し、

 ウッド・ベイカーを子供から引き離すつもりだったけど。

 子供がこう望んでいるなら。そしてウッドが改心しているから。

 王様への報告は無くなった。


「やああああ!!」

「剣の力が弱い! これじゃまた折られるぞ」


 暴力がない日常へ戻った。と思いたい。

 でも、変わった事はあった。


 カーソンは、ウッドに剣の稽古をつけてもらう事になった。


 僕らは護衛の任務でその光景を見ていたが、

 ウッドも心変わりをし、真面目にしていた。

 カーソンとウッドは似た者同士だ。

 喧嘩はあれど、上手くいくだろうと思う。


「私、あの状況をこんなに良くできるなんて思ってませんでしたよ」


 家の中から二人の稽古を見ていると、横から赤毛のエミリーがそう話しかけてきた。

 別にサボっている訳でもないが、

 エミリーに一人の時に話しかけられるのは初めてだな。


「人間きっかけさえあれば変われるものだよ」

「そうですね。ま、これで良かったと私は思います。流石です。隊長」


 まぁだが、二人に無理をさせてしまったのは後悔だな。

 ナタリーさんに関しては、きっと今好きな人が居るのに。

 体に傷を増やすような事をしてしまって申し訳ないな。

 女性を守れるくらい強くならなきゃ、ね。


「あ、そう言えば」

「え?」


 唐突に、思い出したようにエミリーはそう呟いた。

 なぜか分からないが頬が赤らめていた。

 すると。


「はい。これ、手紙でし……です」

「お、おう?」


 エミリーが自分の懐から出したの、一通の手紙だった。

 ピンクの手紙、だろうか?

 一体だれか………ナタリー?


 ピラッと、手紙の裏を覗くと、そこにはナタリーの名前があった。

 確か今、ナタリーはアイソンの世話をしている筈なんだけど。

 取り敢えず僕はその手紙を開くと。


『いきなりごめんなさい。えっと、今回の件であなたの事を見直しました。

 その、簡潔に、簡単に申しますと。

 私。ナタリー・ベルは、あなたが好きなのです。

 もし差支えなければ、不快ではなければ。お付き合いしていただけませんか?』



 跳ねたよね、天井まで。



――――。



 そしてその夜、僕はナタリーと付き合う事になった内心喜んでいる時。

 その報告は来た。


 ナタリーと二人っきり、部屋で会話している時。

 恐ろしい形相をしたエミリーが、部屋に飛び込んできたのだ。


「――作戦失敗!!

 ロンドン・ティザベルが護衛していたクラシス・ソースに死神が取り付き、逃亡したそうです!!」


 僕らはすぐさまベイカー邸を飛び出し、ソース家へ向かったのだった。



 余命まで【??日】


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