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第十一章 人狼編

七十五話「中央都市アリシア」


 カタカタと馬車が揺れる音がする。

 ここ最近、見慣れない風景が多すぎるせいか。

 何だかずっと安心できなくって、なんか、ずっと気を張っていた。

 移動中の馬車の中でも、まともに寝れない始末。


 苦しいとまでは行かないが、不愉快な気分だった。

 体がフワフワしているが、胸の内が気持ち悪い感覚。

 とにかく、早く目的地に着かないかなと願うばかり。


「ご主人様」

「ん。どうしたアーロン」

「ご飯、サリーさんが買ってくれたそうですよ」

「おっ、待ってました」


 こうゆう殺風景の旅にも、楽しみはある。

 どんな場所どんな状態でも、飯は最高の娯楽だ。

 胃に何か入れると言うのは燃料補給でもあり、楽しみでもあった。


「いつまで寝てたんだケニー。せめて買い出しくらいは手伝ってくれよ」


 静止した馬車から足を下ろすと、そこは開けた荒野の途中だった。

 馬は休憩し、焚火の音がパチパチと耳に入ってくる。

 その焚火の間から、強面の男は苦言を呈した。


「いいだろ別にぃ~、長旅で疲れてんだよ」

「お前の子はこんなに元気に、馬車の中でも酔わずに読書をしていたと言うのに」


 どうやら俺が馬車で死んでいる間、アーロンは読書をしていたらしい。

 子供だからかな、元気なのは良い事だ。


「その、中央都市って場所まであと何日なんだよ」

「あと三日くらいだな」

「遠すぎね?」

「当たり前だ」


 まぁ本来経由するはずだった道を、俺はちょっとした裏技で通らずに来た。

 レッドドラゴン。赤竜フローラ。

 三桁代の多額な金を払い、俺は随分なショートカットをしてサザル王国へと渡った。

 だがまぁ流石に、お金がないから同じ手段は使えない。


「………」

「……そう言えばサリー。お前、歳っていくつだ?」

「俺か? 俺は32歳だが」

「あぁー、俺より一応年下なのか」

「そうだったのか? お前はいくつなんだよ」

「42歳!」

「……ふん。カール団長が46歳で、お前が42? なんと言うか、差が、凄いな」


 馬鹿にされた気がした。


「なんの差か聞かないでやるよ」

「実力とやる気と体力と――」

「すとっぷ、さらに仕事しなくなるぞ」


 あっぶね、サボるがサボり魔王に進化するところだったぜ。


 つうか、サリーで32歳か……マジかよ。

 俺、若い奴に呆れられてるのかぁ、惨めだなぁ。

 俺の引きこもり期間が長すぎたな。流石に後悔っと。


「そう言えばサリーさん」


 俺が少し凹んでいると、アーロンがサリーに思い出したように語る。


「サリーさんは一応、サザルに来る前は中央都市で活動していたんですよね?」

「そうだな。人魔騎士団の活動拠点は主に中央都市だ」


 人魔騎士団は、魔王を復活させようと目論む組織『魔解放軍』に対抗する為に発足された少人数の組織だ。

 人も魔族も在籍しているから人魔と言う名前らしい。

 そして、それぞれが個性豊かな力を持っているらしい。


「人魔騎士団も気になりますし、中央都市とはどんな場所なんですか?」

「いい質問だ。君は将来、飲んだくれの馬鹿にはならないな」


 馬鹿にされた気がした。


「中央都市アリシア。そこはいわば、巨大なフリーマーケット場さ。

 出所も分からない商品を安値で売買できる場所。

 都市と言っても、管理する貴族や王が居るわけでもなく。

 ただそこにあった集落が、大きく発展し、結果都市になった場所だ」

「そんな場所だったんですね。てっきり、グラネイシャやサザルと同じ様に王様が居るのかと……」

「一応指揮している人間はいるらしいが、それは一人の個人と言う訳ではなく。

 あくまで中央都市の全ての人間が都市の為に尽くしていると言う感じさ」


 ――中央都市アリシア。

 世界地図で言う所の中心に位置する事から“中央都市”と呼ばれており。

 住人は全て商人。

 そこは金が大きく動く場所であり。

 冒険者などがとりあえず目指す場所としても知られている。


 何故ならそこは、各国の名産品やあらゆる武器武装が安値や高値で売買されており。

 そこに行けば、色々と一式揃ってしまうからだ。


 俺とアーロンの目的は『魔解放軍』と言う組織を打倒する、とかではないが。

 つい数週間前に魔解放軍のドミニクに騙され奪われた、

 『魔道具ディスペルポーション』を取り返す為、人魔騎士団へ入る事になった。


 魔道具ディスペルポーションとは、どんな病や呪いを治療する万能薬だ。

 俺には余命がある。

 魔病と言う不治の病で後半年と言う命だ。

 魔病治療が出来る魔道具。

 それが、魔道具ディスペルポーションなのだ。


「………」


 かと言ってそこまで猶予はない。

 死神の件もあるし、出来れば早めにグラネイシャへ帰りたい所だが。


 優先順位を整理しよう。


 グラネイシャへ帰った所で俺はどのみち魔病の治療法を失くし死ぬし。

 グラネイシャでディスペルポーションを取り返すチャンスが無いかもしれない。

 そして一番大きな理由は、グラネイシャまでは距離がある事だ。

 現在向かっている中央都市アリシアも勿論遠いが、グラネイシャはアリシアの先だ。


 ディスペルポーションを取り返すのは、

 俺に生き残ってほしいと言うアーロンや他の友人の願いでもあるんだ。

 俺だって生きたい。

 時間は本当にないが、今優先しなきゃいけないのはやはりディスペルポーション。

 ――すなわち『魔解放軍』だ。


 だからこそ、人魔騎士団のサリーと行動を共にした方が効率的だ。

 グラネイシャでの死神問題も不安が残る案件だが。

 一応、序列と言う頼もしい奴らが居るだろうし。

 一旦死神関係はほっといても大丈夫だろう。


 とまぁこんな感じで、俺らは現在、中央都市アリシアへと足を進めているのだった。



――――。



 道中だったと思う。

 日が沈み始めて、サリーは先頭で馬を操り、俺とアーロンは荷台で各自の時間を過ごしていた。


 俺はアーロンに、話さなきゃならない事があった。


「アーロン、話がある」

「ん? どうしました?」


 そう話しかけるとアーロンは読んでいた本を閉じた。

 すまないな。もしかしたら、長話になるかもしれん。


「大事な話なんだ。

 もしかしたら幻滅するかもしれないし、でもそれを理由に話さないのは違うと思うから話したい」

「大事な……話?」

「ただ、もしかしたらそれは君を傷つけてしまうかもしれない。

 だから、最後まで聞くかどうかは自分で決めてほしい」

「………分かりました」

「君の、お父さんとお母さんについてだ」


 俺は大事な情報を持っていた。

 それはアーロンからの信用を失い、もしかしたら気持ち悪いとまで言わせるものかもしれない。

 でも、それを隠したままは違うと思った。


 実は俺は、北の街襲撃後、アーロンの病室に居たと嘘をついていた。

 ――実際は、王都へ出向き『イブの雑貨屋』へ行っていた。

 それはなぜか。


 俺は当時、不安だった。


 初めて聞いた本当の名前『アーロン』。

 それを聞いて、俺は怖くなった。もちろんアーロンが隠し事をしているのは最初から知っていたが。

 本名を隠していて、俺は怖くなってしまったのだ。

 きっとそれはアーロンからしたら悪意なんてなかったと思う。

 だけど、俺の注意深い性格のせいで、俺は『アーロン』でイブに調べさせたのだ。


 隠し事で言えば俺もしていた。

 だからこそ、物凄く自己中な行動だったと今では反省している。


 そして、大したことなければ良かった。

 受け取った情報が大したことなければ、俺は今こうしてアーロンに話そうと思わなかったかもしれない。

 墓場まで持って行ったかもしれない。

 でも。


「もし聞きたくなければ、俺はこの話を無かったことに――」

「ごめんなさい。大事な話かもしれませんが、その、嫌です」


 あ、はい。


 アーロンが嫌がるなら話す必要は無いか。

 まぁただ、もしかしたら、後々大事になるかもしれない。

 いつでも話す覚悟はしておこうと思う。



――――。



「着いたぞ二人とも。ここが、中央都市アリシアだ」


 俺たちは約三週間の馬車移動の末。

 中央都市アリシアへ辿り着いた。


 一言で言うなら、物凄く賑わっていた。

 赤青緑黄の旗が掲げられ、常に流れる心躍る音楽で踊っている踊り子も居た。

 言うなら、毎日がお祭りという奴だ。

 見れば見るほど、進めば進むほど人が増えて行き。

 冒険者と思われる連中も、そこらじゅうを歩いていた。


 アーロンなんて目を輝かせていたよ。

 実際、こんなに人が居るのは初めて見る。グラネイシャでも見ない光景だ。


 取り敢えず馬車を仕舞う場所に向かうと、人だかりの中央の道路を通過する。

 すると、ふと右から見えてきたのは、見覚えのある見た目の男たちだった。


「……お? この街にも騎士は居るのかサリー」

「ん? この街に騎士は居ないぞ。ごろつきの傭兵団はあるかもしれんが……」


 いないのか。でもあの鎧は騎士の物で……、

 あれ? あのエンブレム、グラネイシャのじゃね?


「あれは王都・近衛騎士団だな。遥々援軍にでも駆け付けたのだろう。

 ここはどの国からも近い、中継地点のような場所だからな」


 確かに話は聞いたことあるな。

 王都・近衛騎士団は、要請があればどんな国でも飛んで助ける集団とカール兄さんが言ってた。

 そう言えばカール兄さん。大丈夫かなぁ。

 マジで帰る時も考えておくべきだったなぁ、行くときに。


「サリーはあの人達覚えてないの? 一応少し前まで騎士団だったんだし」


 と言うと、サリーはその男たちを難しそうに見てから。


「王都・近衛騎士団、第三部隊だな。隊長は確か、ノーランと言う男だ」

「第三部隊ってぇ、結構強い部類だったりするのか?」

「そうだな。強い部類に入る」


 確かぁ、序列四位の人が第二部隊の隊長とかだったから。

 もしかしたらあの人は、序列の一人なのかもしれないな。

 そう思うと、何だかワクワクしてきたなぁ。


「遥々と遠征ねぇ、カール兄さんが疲れるのも納得だわ」

「疲れる? あの方が、疲れていたのか?」

「あぁ、こっちの話だ。気にすんな」


 激務激務で体は慣れても心は廃れる。

 きっとカール兄さんも、色んな事情があったり出来事があったりしたのだろう。

 今、大丈夫なのかな。カール兄さん。


 つうか、グラネイシャに残してきたみんなが心配になってきたよ。

 別に大丈夫だとは思うけど、なんの変化もなければいいな。



 こうして俺らは、中央都市アリシアへと辿り着いたのだった。

 まだこの時は知らなかった。

 終わりという物を。






 ――現地情報――

 国 :中央都市アリシア

 座標:北中央街道

 場所:中央マーケット


 余命まで【残り154日】


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