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七十八話「異変」



 準備の時間は掛かった。

 だが、その瞬間が訪れるのは一瞬だった。


「あの」


 男が雑貨屋コーディーの扉を叩いた。

 服装は、妙に畏まっていた。

 黒一式のスーツに、シンプルな黒い帽子を被っていた。

 持ち物は片手で持てるサイズの鞄だけで。

 それ以外は、特に異変は見受けられなかった。


「見た目に不審な点は見受けられない」

『了解した。一応、警戒をしましょう』


 俺は屋根裏で、小さい連絡用の魔石を手にしながら言った。

 通話先はナターシャさんだ。

 ナターシャも同様、この店の中で潜伏している。

 俺も屋根裏から覗く形でターゲットを見ている。


「いらっしゃいませ~。何か、お探しですか?」


 店員役はアルセーヌだ。

 ザ・店員って感じの見た目に、少しぼさぼさな髪の毛。

 黄色のインナーカラーをしたくせ毛が片目を覆っており、普通の人とは言えないが。

 一癖ある店員、と言った出来になっている。


「噂で聞いたのですが」

「はい?」

「かの、魔王様の遺言書のコピーがあると聞いて。見せていただけませんか?」


 来た。

 俺たちが狙っている相手が、来たのだ。

 作戦開始からたったの一日。

 もしあの男が魔解放軍ならば、情報のアンテナが早すぎるんじゃねぇか。


 だが、これは好都合だ。


「男が遺言書を話題に出した。所定の位置へ移動する」

『了解です。各位、所定の位置へ移動しなさい』


 俺も知らなかったんだが、通信出来る魔石にも種類があるらしい。

 通信と言っても、それは魔力の波長を合わせ声を変換すると言う。

 言ってしまえば魔道具のような仕組みをしている。

 だからか、

 “受信と送信がどちらも出来る”魔石と、

 “受信か送信どちらかしか出来ない”魔石が存在している。


 俺とナターシャさんが持っているのはどちらでも可能な魔石で。

 他の外組が持っている魔石は、受信しか出来ない魔石を装備している。

 単純に希少だから数がないってのと。

 あまりにも変換された魔力が行き来しすぎると、もし客が魔眼持ちなら感知されてしまうらしい。


 魔解放軍は魔族を主な幹部として置いていると言う。

 魔眼持ちが来る可能性が少しでもあるなら、この選択は間違いではない。


 だから、ナターシャさんのその指示は、外組の人にも届いていると言う訳だ。


「見せるのは構いませんがぁ、その前にお名前を聞いてもいいでしょうか?」

「俺の名前ですか? ティクターと言います」

「ティクター様ですか。分かりました」


 その男の名はティクターと言うらしい。

 聞いたことは無いな。あるわけないか。

 まあだが、もし魔解放軍なら。

 数分後に、隙を狙ってティクターを抑え込まなければいけない。


「質問に答えたので、こちらからも質問していいでしょうか?」


 ティクターははにかんだ笑みでアルセーヌにそう聞く。


「遺言書のコピーは、どこで手に入れたのですか?」

「代々、うちの家系で受け継がれてきたものです。大昔の戦争時、先祖が魔族側の幹部でして」

「どうしてずっと隠していた物を、今になって?」

「たまたま最近、私が見つけたんです。それまで存在すら知らなくって」


 ちなみにだが、嘘だ。

 こんな明らかな嘘をついても、それを通せる理由がある。

 それはアルセーヌしか使えない。そんな作戦。


『魔眼を使った反応がある。ティクターは魔族よ』

「了解した」


 魔眼の反応。

 魔眼は周囲の魔力に直接影響を及ぼす。

 だから、魔力に敏感な魔石さえあれば魔眼であるか見破れる。

 そしてティクターは魔眼持ち。

 つまり、魔族。


 魔解放軍の可能性が、また上昇した。


 そしてティクターが魔眼を使用したことにより。

 確実な事が一つある。

 アルセーヌがティクターに語った話に、信憑性が生まれたのだ。


 ――魔眼は魔眼同士で共鳴する。


 魔眼持ちは相手が魔眼を持っているか、感覚で知れるのだ。

 だからこそ、ティクターはアルセーヌが魔眼持ち、すなわち魔族であることを確認した。

 これで先祖が魔族で、それ経由で遺言書を手に入れたと言う話に現実味が増す。


 信憑性が増した事で、さらに作戦が円滑に進む。


「こちらに案内しますが、念のため荷物などは入口の棚へ」

「あ、不審に思われたでしょうか。変な物は入れていないですが、分かりました」


 アルセーヌは「そんな事は無いですよ。ただ、念のため」と申し訳なさそうに言った。

 その言葉にティクターは「言葉が過ぎましたね」と言いながら、持っていた鞄を入口の棚へ押し込んだ。


 あの中に武器があるかもしれないからな。

 一応の安全対策だ。

 幸い、アルセーヌは店員と言う設定だ。

 店員が言うなら、それがルールだと納得してくれたらしい。


「………」


 問題は、こいつが魔解放軍なのか否かと言う事だけだ。

 今の所、可能性は濃厚だ。

 だが、魔解放軍なら強引な手段で奪いに来そうなものだ。

 もしもティクターが本当に魔解放軍なら、わざわざ客として来るのには違和感がある。


 もしかしたらただ気になって訪れただけの、潔白無罪の男なのかもしれない。

 かと言って、それは捕まえて聞き出さなきゃ分からない事だ。

 ここからが課題だ。

 ティクターをどう捕まえるか。


『ケニー』


 すると、唐突にナターシャから通信が入った。

 そしてその言葉で、俺は思わず戦慄した。


『何かが、変だわ』

「何がだ?」

『おかしいのよ――』



『アリィとソーニャ、そしてアーロンが予定の位置に居ない』



「なに……?」



――――。



 三人の現在位置が不明。

 異変を感じ取ったナターシャさんが外に行って確認。

 サリー・ドード以外の、主に子供らが所定の位置どころか待機場所にもいなかった。


「どうする? これは明らかな想定外だ」

『少し考えさせて、アルセーヌには時間を稼がしてほしい』

「稼がせるって……どうすりゃいいんだよ」

『そこは任せます』


 くっそが。

 こんな事態になるとは俺も予想外だ。

 つうか、アーロンも今行方不明なのかよ。

 俺は正直この作戦より、アーロンを探したい気分だが。


 ……きっと、ナターシャが探してくれている筈だ。

 サリーは居たんだ。

 このチャンスを、逃すわけにはいかない。


「ただ、どうすりゃいい?」


 どうすればアルセーヌに伝えられるのだろうか。

 時間を稼ぐっつっても難しくねぇか?

 ここから下のアルセーヌに、どうやって……。





「たのもーう!!!!」

「え?」

「おや。別のお客さんですか」


 俺が辿り着いた結論。

 俺は自分の最悪なセンスをフル活用し、店の扉を勢いよく開けた。

 ティクターはおやおやと言いたげな顔で。

 アルセーヌは「おま……なに」とちゃんと暴言が出そうになってた。

 だが許してくれアルセーヌ。理由あっての事なんだ。


「おいアルセーヌ! 今日こそ決着をつけるぞォ!」

「け、決着ぅ?」

「おう。お前と俺の、相撲勝負だぁ!」


 ……三人の間に、微妙な空気が流れた。

 そりゃそうだよ。おれ完全にやばい奴だもん。

 だが頼む! 俺の乱入で状況を察してくれええ!!


「……」

「………けっ。決着はつけたいが、今はそれどころじゃないんだ」


 おーーーーい!!

 馬鹿! 分からずや!

 なんて察しが悪いんだよこの男!


 だから!


 緊急事態で!


 時間を!


 か・せ・げ。


 ケニーは出来る限りのジェスチャーでアルセーヌに伝えようとしたのだが。


「………」

「……?」


 効果は見ての通り、お猿の踊りと勘違いされていた。


 マジで察しが悪いなこいつ。

 と、とにかく、何とか話を繋げて。


「お……」

「お?」

「俺は」

「あ?」

「お前が……す、すすきだ」

「はぁ!?」


 なぜか頬を赤らめ声を荒げるアルセーヌ。俺だってこんな事をしたくはないんだ。

 お前の事を好きとか死んでも言わない筈だった。

 だがとにかく、アルセーヌが察してくれないなら強硬手段しか思い当たらない。


「ちょっと待て! まずお前はどうして出て来て」

「好きで好きで溜まらないんだ! 頼む、俺と相撲してくれ!」

「さっきと言ってることがぐちゃぐちゃだぞ!」


 俺はアルセーヌに近づき、ゼロ距離で顔面を見つめあう。

 もう吹っ切れてるからさ。なんかもう恥ずかしいとかばかばかしいとか無くなって。


「相撲、しよ」

「するかボケ」


 演技な筈なのに、何だか悲しくなった。

 だが、これも作戦のうちだ。


 一連の流れを見て、ティクターは疑問を浮かべた表情になり。

 物凄くあたふたとしていた。


 だが、その挙動は。

 ティクターに隙を生み出させた。


「――ラット!」

「ラットッ!」

「え? ら、ラット!」


 裏口から出てきたナターシャが魔法を行使。

 入口から勢いよく入ってきた強面の男サリーはティクターへと飛びかかった。

 その一瞬に反応したアルセーヌも続いてティクターへ飛び移る。


 ラット・ラット・ラット作戦。


 順番に飛び出し、ネズミのような速さで対象を捕縛すると言う技だ。

 ラット! と大声で叫ぶことにより、対象の注意を逸らす効果がある。

 元々、昔にネズミが大量発生した家で、

 同時にネズミの軍勢が現れることラット・ラット・ラットと呼んでいたらしい。


 余談はこれまでにして、結果を語ろう。


「確保……!」


 サリーのその言葉に、みんなが安堵した。


「………」

「さ、質問の時間だぁ。ティクター」

「質問ですか。一体どうして俺がこうなっているか説明すらさせてもらえないと」

「当たり前だ。悪いが、魔解放軍の容疑が掛かっている」

「………なるほど」


 これで作戦、成功だと胸を撫でおろした。

 だが、

 俺らは知らなかった。

 知らなかったんだ。

 全ては、仕組まれていた事だと。



――――。

―――。

――。



 黒煙が上がっていた。

 頭が痛かった。

 ずっと誰かに、声を掛けられている気がするけど。

 俺はその言葉を認識することも理解することも出来なかった。


「――――――!!」


 何を言われているか、分からなかった。

 でも、とにかく。

 起きなきゃと強く思った時。



 ――雑貨屋コーディーが大炎上しているのが、俺の視線に入り込んできた。





 余命まで【残り151日】



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