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第二十二話 《地の底の栄華》

「……根拠は? 疑う訳ではないのですが、流石に新説としても突飛すぎます」


『そうだな。一つは、この施設の一部に我が王朝の建築技術が使われているという事だ。非常に耐久性の高い自己修復素材、いくらなんでも石器時代から再発達した文明の仕事とは思えない。それに一見すると非常に原始的な造りだが、非物理回線が水路中に張り巡らされている。古代遺跡にネットワーク的なインフラが埋め込まれているはずはないだろう?』


「非物理回線?」


『早い話が、私の眠っていたステーションにあった結晶回路。それの類似品が使われているという事だ。この壁の奥に、自由電子を用いた高耐久回路が埋め込まれている。見た目がただの石だから、過去の調査では見つからなかったんだろうな』


「……技術レベルに差がありすぎてわからなかった、という事ですか」


 ミスズはライトで壁際を照らしてみる。ぱっと見、焼いた煉瓦にしか見えない。そもそも歴史研究家や探検家は基本的に非破壊調査が原則だ。壁を破壊してその奥に何かないか、なんて調べ方はしない。精々音波調査等で反応を調べる程度だ。


「……そういえば、壁の向こうにほんの僅かに隙間がある、みたいな調査報告書があったような。あれかぁ……。という事は、この地下水路全体がある種のテラフォーミング設備……?」


『ああ。雨が降らないのに砂漠化が進行していないのはそのおかげだ。となると、ある疑惑が生じる。なんだと思う、ミスズ』


「……この星は、もともと人の住めるような環境じゃなかった?」


『恐らくは。それを大規模な改造で、人間が住めるようにした。となると、その根幹であるこの地下水路の制御系に、ネティール王朝の遺産が使われているのはほぼ間違いない、確定だ。現地住民がシステムを制御しているのもうなずける。文字通りの自分達の生命線だからな』


「はあ……なるほど。……いや、ちょっとまってください。確か、そのシステム、今はシャットダウンされてるんじゃなかったですか?」


 そう。確か、惑星に墜落した直後に他ならぬアストラジウスが言っていたではないか。オンラインにアクセスした直後、システムをシャットダウンにより接続を拒否された、と。


「それって危ないんじゃ……」


『うむ。恐らく数日ぐらいなら大丈夫だから、長期にわたってシャットダウンし続ければシステムに異常が生じる可能性は高い。この惑星の居住環境がシステムで維持されているなら、己の首を絞めるような行為だ。宇宙船内で、自ら換気システムをオフにするに等しい』


「そんな……。管理者は、この星の住民の事がどうでもいいんでしょうか。そんな大事なシステムをシャットダウンしてまで、接続を拒否し続けるなんて」


『そうだな、非人道的だ。とはいえ、為政者にはそういった冷徹な判断が求められる時もある。私の来訪がその判断を下すにふさわしい出来事かというと、いささか疑問が残るが。あるいは……』


「……例の生き残りと思われる人達に、この星が支配されている、とか」


 ここまでくれば、生き残りと思われる存在が善良で、アストラジウスに忠誠を示すような手合いではない事は想像がつく。そもそも、いきなり宇宙船を撃墜してくるような手合いだ。


 そういったパーソナリティを持つ存在が、文字通り生殺与奪の権利を握っている相手に横暴に振舞うのは想像に難くない。


『あくまで推測だがな。とりあえず現状でいえる事は唯一つ、この星の管理者は分かっていて、長年システムを維持しているという事だ。となると、このまま我々が先に進むとどうなる?』


「……バレてますかね、やっぱり」


『ほぼ間違いなく。にも関わらず、物理的な接触をしてこないのは、まだこちらの居場所を特定していないのか、正体を探る為に泳がせているのか。いずれにせよ、先に進めばわかる事だ』


 アストラジウスが足を止める。


 どうやら大広間のような場所らしい。広い空間が確保され、足元からはゴウゴウと水の流れる音が伝わってくる。円形の足場には、四本の太い柱が立っている。


 明らかに何かありそうだが、だからこそ、すでに調査は隅から隅まで行われているだろう。そんな広間の中央に、数体の作業用ロボットが集まり、単眼を光らせている。


『ここだ。若干だが、ネティール王朝の建築様式に似通った部分があるので特定は楽だった。理由を考えるとあまり愉快な話ではないがな』


「この下、ですか? うーん、ちょっといいですか?」


『ああ』


 見た所、隠し扉があるようには思えない。ミスズは半信半疑で、端末とセンサーを飛び出すと、指示された場所を調べ始めた。


「超音波による非破壊検査……下には何も反応なし、岩盤が広がっているだけ。レーザーによる表面の調査……不自然な凹凸は無し。うーん?」


 ミスズは腹ばいになると、ハケをはじめとする発掘装備を取り出し、丹念に床を調べ始めた。指先を石畳に這わせて、僅かな違和感も逃さないように精神を集中させる。


 そんな彼女の様子を、アストラジウスは腕を組んで見守る。骸骨顔でなかったら、してやったりのニヤニヤ顔が浮かんでいたかもしれない。


『ふふ、どうだ。わかったかな?』


「うーーーん。……いや、ちょっとお手上げ、かなぁ。どっからどう見ても何もない、としか言いようが無いです。だいたいこんな意味ありげな場所、何十人も調査済みでしょうし」


『それはそうだ。意図的に隠しているんだから、そう簡単に見つかっては困る』


「……開けられるんです?」


『勿論。こういった扉一つまでシステム制御されている訳ではないからな、私のコードで一発だ。見てなさい』


 アストラジウスが前に出て、目を瞬くように点滅させる。しばらくすると、地面の下で何かが動く小さな振動があった。


 二人の見ている前で、石畳が動き始める。円形にくり抜かれたように床の一部が回転しながらせり上がり、その下から灰褐色のツルリとした素材で出来た、いかにもといった感じのエレベーターの出入口が出現した。ミスズが目を白黒させる。


「……えぇ? 切れ込みとか隙間とか全くなかったですよ?!」


『それは勿論。自己修復素材の応用で、普段は物理的にも塞がれている。出入りする時にだけ、酵素で分解するように繋がりが断たれて動くようになる。単純だが、セキュリティの答えの一つだな。入口が分からず、かつ物理的に入れなければ、不審者の侵入を心配する事はない』


「技術力のごり押しすぎる……!」


 流石にそれは無いわよー、とミスズが頭を抱えた。くっくっく、とアストラジウスが小さく笑った。


『さしもの考古学者も、我が王朝の技術力の前では形無しだな。ふっふっふ』


「うー。私達はあくまで古くて貴重なモノを探すのであって、こんな訳わからない超技術でゴリ押しされるのは畑違いなんですよーぅ。そりゃあ、残された大断絶前のロストテクノロジーの発掘も私達のお仕事ですけどね、だいたい機能してない残骸ですし……」


 この惑星におりてからこっち、調査においてはアストラジウスに頼りっぱなしでは、考古学者としてのプライドが廃る。消沈するミスズの肩を、アストラジウスがトントンと叩いた。


『ははは。そう不貞腐れるな。適材適所、という奴だ。ミスズの集めた情報が無ければここに来る事も出来なかったのが実態だからな。感謝している』


「そうですか……?」


『そうだとも。大体、地上でも君のおかげで悪目立ちせずに過ごせたからな。私一人では最終的に変な騒ぎに巻き込まれていたのが目に見えている』


 彼の嘘偽りのない本心だ。多少の荒事なら何とかなる自信はあっても、見知らぬ文化風俗の中で、目立たずにやり過ごせる自信は到底ない。いくら見た目を人間に偽装していても、金属の体である事は触れればわかる。ミスズのガイドがなければ、正体を隠しきる事はできないだろう。


 それに、と彼は心の内だけで小さくつぶやいた。


 目覚めてみたら、宇宙は変わり果てて、王朝の事を知っている人も誰も居ない。そんな世界に一人放り出されていたら、遅かれ早かれおかしくなっていたかもしれない。


 目覚めて最初に出会ったのが、ミスズであったのは彼にとってはやはり福音だった。


「んー……まぁ、そう言われれば、そうかもしれないですけど……」


『だろう? それよりも、こんな所で足踏みしていていいのか? 未知の答えが目の前にあるぞ?』


「んむぅ。なんかいいように誤魔化された気がしますが……まあいいでしょう」


 思う所はあるが、今は一度棚上げする事にする。ミスズはしぶしぶといった体で、アストラジウスに続いてエレベーターに入った。


 エレベーターの内部は真っ白で汚れ一つない。壁際の端末を操作すると扉が閉じ、シュィィイ……とエレベーターが降下を始める。


「……これ、どれぐらいの速度で降りてるんです?」


『わからないが、相当な速度は出てるだろうな。こちらの想定だと、地下数百キロぐらいまでは降りるはずだ』


「数百……?!」


 それはミスズの記憶だと、この星の最も深い海溝より深い位置だ。いや、それ以上に。


「まってください、大丈夫なんですかそれ!? 放射線とか、地熱とか!」


『いや、大丈夫じゃない場所にエレベーターが繋がってる訳なかろう? 問題ない』


「それはそうかもしれませんが……」


 だとしても一体どこに繋がっているのか。精々数百メートル、遺跡の深部に繋がっているとばかり思っていたミスズは、想定外の事態にそわそわとする。


「だいたい、なんでそんな深くに?」


『そりゃあ、惑星のテラフォーミングは地表だけをどうにかすればいい訳じゃないからな。もともと居住に適した惑星、生命を育む事の出来る条件、それを満たしていない星に人が住めるようにするとなると、惑星の内核からの大改造になる。半分ぐらいは人工物なんじゃないか、この星』


「え、ええ……? そんな規模の資源、どこから……」


『ダイソン球を作るよりは遥かに簡単な話だ。まあ実際に、王朝もダイソン球を作った訳ではないが……そら、そろそろ見えてくるぞ』


「見える……?」


 手招きに誘われて、壁際に近づくミスズ。壁は真っ白で、外は何も見えていないように見えるが……。


「あっ」


 不意に見えていたモノが一転して、ミスズは声を上げた。


 突然、エレベーターの壁に窓が現れた。正確には不透過処置をされていたのが透過状態になったのだが、とにかく、それによって外の様子が明らかになる。


 どうやらエレベーターはとっくに岩盤を抜け、その下の空間に出ていたようだ。


 窓の外に広がっているのは、地底世界、としか表現できない光景だった。空は岩盤に覆われ、そこから無数のシャフトが地上に向かって伸びている。地上は真っ白な健在で覆われ、よく見ればまるで都市のように複雑な凹凸をしていた。


 空……正しく表現するなら二つの岩盤の間……には、複数のリングで囲まれた光球が漂っている。あれが、この空間に光源と熱量を与えているようだ。小型の人工太陽、というべきか。


 それらの光景はまさしく……。


「地底都市……?!」


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