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第二十三話 《軌道線上の宿命》

『より正しく表現するなら、惑星環境維持システムの制御区、だな。……見た所人の姿がないな。無人で維持できるほど容易い設備ではないはずだが』


 何か違和感があるのか、独りで呟くアストラジウスに対し、ミスズは眼前の光景に見入っていた。宇宙と比べれば、実にちっぽけな空間だが、惑星プレートの内部に広がる都市の姿は、彼女の琴線に触れるものがあったようだ。


 彼女の家があるシュナーガルをはじめとして、宇宙に人の住まう居住区は多数ある。いずれも、人の手によって生存不可能領域に作り出された生活空間、という点ではこの地下都市と同じだが、地下世界は酸素の供給といった宇宙と同じ悩みの他に、地盤を掘り進めて空間を確保し、それが崩壊しないように支え、維持し続ける必要がある。地下室とは訳が違うのだ。


 難易度でいえば宇宙居住区より高いと言えるかも知れない。


『見えるか、妻よ。都市部の中心に光る物があるだろう? おそらくあれがシステムのメインサーバ、その一つだ。サーバは惑星中に分散しているはずだが、全てリンクしている。あれに直接接触すれば、システムの再起動と情報の読み出しが可能なはずだ。それで我々の目的は達成できる』


「我々の目的……あ、はい、そうですね」


『……さては肝心の目的を忘れてたな?』


「いえいえ全くそんな事は」


 などと言いつつも目を逸らすミスズ。アストラジウスはやれやれ、と肩を竦めた。


『まあ、思ったより我が王朝の影響が大きかった星だ。私の肉体に関する生体転写までとはいかないだろうが、大断絶、とやらについての情報は期待しても良かろう。問題は、造反者が一体何者なのか、どれぐらいの規模なのか、だが……』


「…………っ」


 ごくり、とミスズは唾を飲みこんだ。


 忘れていた訳ではないが、この先に待ち受けているのは、大気圏突入直前の船を問答無用で撃墜してくるような手合いなのだ。相手の命を奪う事に何の躊躇いもない殺人者。


 ここまで妨害が無かったからと、この先もそうとは限らない。むしろその逆、確実にアストラジウスとミスズを仕留める為に、自分達の本拠地に誘い込んだと見るべきだ。


 相手が、システムを独占しようとしている現地住民とかであるならばまだ良い。それならばまだ交渉の余地がある。彼らにとっても、正規のアクセス手段を持っているアストラジウスの存在は大きいはずだ。彼の存在で得られるリターンを説ければ、和解の余地はある。


 だが、もしも。もしも相手が彼と同じ金属の肉体を持つ超古代からの生き残りで、自分達がそんな肉体になった原因であるアストラジウスを憎んでいたとしたら。

 恐らく、交渉の余地なく殺し合いになる。


 考えている間にも、エレベーターはどんどん地上へと近づいていく。窓から見える景色が急激に減速を始め、終点が迫ってくる事を予感させる。


 ガチャリ、とアストラジウスが備えを始めた。柄を縮めていた長槍を伸ばし、手甲のようなものを装備する。持ち込んだ装備はいくつかあったが、宇宙船の撃墜で持ちだせた装備は少ない。ほぼ着の身着のままで、彼らは敵対者と相対しなければならない。


 彼の事は信用している。だが、単純な事実として、彼は人生の大半を寝て過ごした病人でもある。いくら優れた義体を与えられていたとしても、優れた戦闘者ではない。


 不安に駆られてじっと見つめるミスズの視線にアストラジウスが気が付く。


『そう心配するな。といっても無理か』


「……はい」


『聡明な君に唯信じろといっても意味が無いだろうな。ここは理を説くべきだろう。君が不安視しているのは私の戦士としての才だろう? 全く同意見だ、生前はそれこそ歩いたことすらないような男が、同等の肉体を持った相手と戦えば、才能の差で敗北は必須。道理ではある。本当に、同等の肉体であればな』


 アストラジウスは己の胸を左の拳で力強く打ち据えて見せた。カァン、と重い金属の音が響く。


『実験台になった者達には悪いが、私の肉体は特別性だ。概念実証用の試作品と一緒にしてもらっては困る。たとえ私に武の心得がなくとも、多少の実力差は埋めるにあまりあるとも。私の実力が信じられなくとも、この肉体を作り出したネティール王朝の技術力を信じてくれ』


「それは……まあ。疑う余地はないかもしれませんけど……」


『大丈夫だ。必ず何とかする。……だから妻よ。君は自分の身を守る事だけ考えていてくれ。いいな?』


「……はい」


『いい子だ』


 二人が会話を終えるのに合わせたように、チン、とエレベーターが最下層への到着を合図した。一瞬顔を違いに見合わせ、エレベーターの扉の前に立つ。音もなく扉が解放され、やや赤みがかった光が二人を照らした。


 恐る恐る外に出ると、そこは眼窩に見えていた管理都市の只中だった。周囲には純白のビル街が立ち並び、頭上を見上げれば覆いかぶさってくるような岩盤の天井と、光り輝く人工太陽の姿が見えた。距離があるせいか、それとも何かしらの仕掛けか。天井の岩盤には薄く雲がかかっており、それが閉塞感の低減にある程度影響している感じがする。


 当然だが、街並みに人影はない。というか、人間の住むような環境にも見えない。ビル、とはいったが、ほとんどの建物に窓どころか、入口も見当たらない。


 管理都市、とアストラジウスはいったが、もしかするとほとんどの建物は人が中にいるのではなく、システムの一部なのかもしれない、とミスズは考えた。あるいは、宗教的、文化的な意味合いを秘めたそういうオブジェクトの一部か。古代の神殿などでも、本来の用途では使われる事はないものの、かつてあった文化の名残として尖塔や特徴的な屋根の形状などがあったりもする。


 そして、正面、ビル街を越えた先に、青白く輝く巨大な祭壇のようなものが見える。あれが、この惑星のメインシステムサーバ、その一つだ。こうやって見ると、現代都市の只中に巨大な神殿があるようにも見える。


 正直、超技術を誇った超古代文明にしては、ネティール王朝の文化風俗はステーションで受ける印象やアストラジウスから聞く話の限りでは、聊か飾り気が多すぎる、とも思う事があったが、なるほど。青白く輝く巨大な構造体は、確かにどこか神秘的な印象を受ける。こういった技術力の象徴に、神性とでも呼ぶべき価値を見出した結果、ネティール王朝の文化が育まれていったのかもしれない。


 しばし見入っていたミスズだったが、はっとして意識を切り替えた。今は、そういった文明の浪漫に浸っている場合ではない。もっと実利に目を向けるべきだ。


 例えば、目的地までの距離とか。随分と距離があるように見えて、ミスズはアストラジウスに尋ねた。


「この距離を歩いていくんですか?」


『まさか。トラムが動いているはずだ、それに乗っていこう』


 そう言って歩き出すアストラジウス。ミスズは最後に降りてきたエレベーターをチラリと振り返ってから、彼の背中を早足で追いかけた。


「トラム、ですか?」


『ああ。あそこに見えるだろう?』


 そういってアストラジウスが指さす先、街のビルの間を細いレールが伸びている。高さは一階建てより高いが、二階建てよりは低い。道を走る車にぶつかるほどではないが、随分と低い位置にある。


 モノレールのレールかな、ネティール王朝の技術力にしてはありきたりな感じ、とみていたミスズはある事に気が付いて首を捻った。


 支柱が無いのだ。レールだけが宙に浮いているように見える。


 もしかして違うのかな、と思ったミスズだが、その彼女の考えを否定するように、目の前に円筒形の車輛がレールにぶら下がったまま通り過ぎていった。街の景観に合わせて白いその車輛には窓らしいものはなく、無機質な印象を受ける。


 モノレールは二人を通り過ぎると、少し先のホームらしき場所に入って停止した。


「……モノレールじゃないだろうな、と思ったらモノレールだった」


『? モノレールはモノレールだろう?』


「いや、そうじゃなくてその……支柱無しになんでレールが浮いているんです?」


『いや、支えているだろ? ホームの所で。別に先端技術を誇るような場所じゃないんだから』


「……なるほど」


 基礎技術の差、という事らしい。見た所、ホーム間は数キロ以上あるように見えるが、その間のレールに加え車輛の重さを支えるのに、支柱がいらないとは。


 その割に走ってるのは、ありふれたモノレールである。モノレールぐらい、そこらへんの星で当たり前のように走っている。なんだか変な気分だ。


「あ、でもこの距離だと私達がつくより先にモノレールが出ちゃいますね。次の便はいつぐらいでしょう」


『何を言ってるんだ? ……ああ、そうか。君の知ってるモノレールは定刻通りにぐるぐる回る感じなのか。ははは、大丈夫、今のモノレールは私達の為に呼んだものだ。乗るまで待ってくれているよ』


「え。ダイアログどうなってるんですか?」


『ネティール王朝では公共交通機関というのは使いたいときに呼び寄せるものだ。複数の要求を並行処理して、ルートや時間で重なる者同士が乗り合わせる事はあるけど、次の便まで待つ事はないよ』


「列車じゃなくてタクシーみたいなもの、って事ね……。採算取れるのかしら……って、そういうレベルの話の文明じゃないって事かあ」


『? 何故、公共交通機関の話で採算の話になるんだ? 確かに場合によっては局所的にマイナスになるかもしれないが、全体を見て判断するものだろう。単純な採算が問題になるのは企業の話じゃないのか?』


「はははは……今の世の中は色々あるんですよ」


『そうか。まあ、これまで見てきた現代の技術レベルを考えると、そもそも制御システムに大きな差があるようだからな。色々苦労しているのだろう』


 宇宙で見た航路管理局のステーション、そこで長蛇の列を作っていた宇宙船を思い出し、納得するアストラジウス。


 ミスズはそういう話じゃないんだけどなあ、と思いつつも、これ以上触れない事にした。


 二人連れ添ってホームにたどり着き、階段を上った先で、彼の言う通りモノレールは出発する事なく二人を待ち受けていた。継ぎ目一つ無いように見える車体側面が音もなく開き、そこから乗り込む。


 途端、広がっている光景にミスズは目を見開いた。


「……わぁ!」


 外から見た時、モノレールの車輛には窓一つ無いように見えた。ところが中に乗ってみると、窓が無いどころか、車体を透かして周囲の風景が一望に出来た。座席は流石に透けていないが、そのせいでまるで空中に椅子が浮いているようにも見える。同時に、レールの位置がそんなに高くない事にも納得がいった。高所恐怖症の人に配慮しているのだろう。


 ミスズがきょろきょろしていると、二人が乗り込んだのを確認してか、音もなくモノレールが出発する。徐々に加速していく車内で、アストラジウスは仁王立ちしつつ、ミスズの肩を軽く抑えた。


『悪いが、いつ襲撃があるか分からない。座らずに私の近くにいてくれ』


「あっ、はい。はしゃいでしまってすいません」


『何も悪い事はないとも。本来なら、自由に観光して貰いたかったのだが』


 言って、アストラジウスはその視線を目的地……都市中心部の巨大サーバーに目を向ける。片手には展開した長槍を構えたままで、その佇まいは緊張感に満ちている。つられてミスズもごくりと唾を飲んだ。


 なるほど、と彼女は納得する。


 今現在、正体不明の敵に二人は狙われている。それを踏まえた上で考えた場合、モノレールに乗る、というのは悪手に見えなくもない。だが、モノレール内部は外が透けて見えているので視界に問題はなく、また、襲撃者側からすればこちらの装備や警戒具合が確認できない。レールを辿っていく以上、コースが決まりきっている為待ち伏せをされる危険性はあるが、移動速度がたかが知れている徒歩でサーバーに向かう方がよっぽど危険だ。


 それにモノレールを使った移動は、逆に言えば相手に待ち伏せという手段を強制させているとも言えなくもない。


 問題はいつ、どこで襲撃があるかどうかなのだが、どうも、この頼れる旦那様は予想がついているらしい、とミスズは彼の佇まいから見て取った。


 モノレールが二つ目の駅を素通りしていく。瞬く間に後方へ消えていくホームを見送り、目的地までどれぐらいか目を凝らす。土地勘も、ネティール王朝の文字も読めないミスズには、今通り過ぎた駅が何で、あとどれぐらいか具体的に分からないが、近づいてくるサーバーの様子から見て、あと二駅ほど過ぎれば到着するだろうか。


『……妻よ。降車の準備をしてくれ』


「っ!」


 来た。ミスズは息を飲み、アストラジウスの横に身を寄せた。武器を持たない彼の左手が、そっと抱きしめるように彼女の腰へ添えられる。


 直後。


 向かいのビルの屋上から放たれた荷電粒子ビームが、疾走するモノレールの車輛を撃ち抜いた。


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