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第二十四話 《叛逆の刃》


 あくまで市民を運搬する為のモノレールに、攻撃を想定した装甲など取り付けられていない。ビームは絶やすくその装甲を貫き、衝撃で車体がレールから外れかかり凄まじい火花と異音を立てた。けたたましく緊急アラートが鳴り響き、モノレールが緊急停止する。


 周辺に爆発の危険を告げる音声警告、危険を示す赤色灯が点滅する中で、レールから脱落した車輛の前半分が地面に落下する。さして頑丈でもない、というより緊急時には自ら潰れて衝撃を逃すように設計されているフレームが、地面とぶつかってぐしゃりと潰れた。


 そこへ、追撃と言わんばかりに複数のビームが撃ち込まれる。瞬く間にモノレールの車体は燃え上がる溶けた鉄となり、その場でぐずぐずになって崩れ落ちた。


 その様子を確認して、凶弾の下手人はふわりと空中からビルの屋上へと降り立った。


 その姿を、一言で言えば金属の骸骨。ただし、アストラジウスのそれとは大分赴きが異なる。


 胴体部は大きく、分厚い装甲に覆われている。骨をイメージさせる要素はなく、単純に頑丈な胴鎧、アーマー、といったデザインだ。背中側は大きく張り出し、推進装置か何かが並んでおり、それによって彼らはついさっきまで空中に浮遊していた。あくまで装備という事なのか、黒っぽい四肢に比べ、胴体部のアーマーは鮮やかな真鍮色をしている。


 一方、分厚い装甲に覆われた胴とは逆に手足は本物の骨のように細く、ひょろりとしている。頭部も本物の頭蓋骨と瓜二つのデザインで、額に第三の目のような単眼が埋め込まれている事以外は、金属製の人骨といっても相違無い。一見すると骸骨のようで飲食できるような造りになっているアストラジウスとは違い、この構造では飲み食いしても全て顎から零れていってしまうだろう。


 総評すると、全体的に分厚く太い皇子の体と比べると全体的に華奢で、痩せ細ったスケルトンが胴鎧だけ着込んでいるという、どこかアンバランスな姿だった。


 そんなスケルトンが二人、ビルの上から燃える車輛を見下ろしている。


 一人の腕には、杖を模した形状の武器が一つ。惑星軌道上でミスズの船を撃墜したものだ。そしてもう一人は、小ぶりのロングソードらしき武器と、腕輪から銃身が生えたような奇っ怪な武器……リングガン……を手にしていた。


 二人の骸骨はしばし焚火のように燃える車輛を観察していたが、数秒もすれば興味を失い、ビル街の影に目を向けた。額の第三の目が怪しく輝く。


 彼らは、見落としてなどいない。


 奇襲を受けた瞬間。皇子が同行者を抱きかかえモノレールの壁を切り裂いて脱出し、脱線するモノレールの惨状を隠れ蓑にビルの陰に身を隠した事を、彼らは見落とさなかった。


 じっと出方を伺うように視線を向ける骸骨たち。少なくとも、そこにはアストラジウスにミスズが見出したような人間性は、微塵も感じられなかった。かといって、ロボットのようでもない。


 ただ、不気味な沈黙をもって、彼らは皇子の出方を観察している。


 一方。


 無事脱出したアストラジウスとミスズは、物陰からその奇妙な襲撃者たちの様子を伺っていた。


「……旦那様。やっぱり、あれって」


『ああ。間違いない。私と同系統の技術だ。直接目の当たりにした事はないので想像だが、恐らく実証段階での被験者だろう』


「って事は、ネティール王朝の……」


 言いかけて口を紡ぐ。


 この状況に至って、相手がこちらを何者か把握せずに攻撃してきた、という可能性は極めて低い。となると、かつての国民が、相手が皇子だと分かっていて攻撃してきた事になる。


 その理由は思わしくないものしか思いつかない。


 一番安直なのは、復讐だ。自分をこんな体にした事への、自分達を踏み台にした皇子への。


 本人にそんなつもりは無かったとか、自由意思で治験に参加したとか、そのおかげで今日まで生き延びてこられたとか、そういった事情は関係ない。こんなハズじゃなかった、という不満は、恩を踏みにじって余りあるものだと、ミスズはよく知っている。人は恩は忘れるが、恨みは忘れない生き物だ。


「どうするんですか? 交渉してどうにかなりそうもないですけど……」


『そうだな。だがまずは会話からだ』


「正気ですか!? どう考えたって話が通じるような相手には見えません!」


 襲撃者を陰から確認される。この位置からだと逆光になって彼らの表情は分からない。だが、爛々と輝く単眼を通して、肌がひりつくような殺意は伝わってくる。鈍いとはいえ何度も鉄火場を潜った経験のあるミスズには分かる、彼らと交渉の余地はない。


『だとしても、だ。私にも、王族としての道理というものがある。……ここからは私が何とかする、そういう約束だからな』


「旦那様……」


『妻は物陰に隠れていなさい。いいか、決して迂闊に出てくるんじゃないぞ。危ない事はしないように。わかったね?』


「…………はい」


『良い子だ』


 アストラジウスは頷くと、それきり振り返る事はなかった。


 長槍を片手に、堂々と胸を張ってビルの陰から外にでる。瞬間、飛来してきたビームを長槍の刃が払いのけた。弾かれたビームがすぐ近くのビルの壁を穿ち、爆発する。その燻ぶる炎を背景に、アストラジウスは殊更権力者ぶって、襲撃者たちに語り掛けた。


『随分なご挨拶だ。私が、ネティール王朝の第233代目パーラ、ファウロウが長子、第一皇子アストラジウス・ネティールだと知っての事か? 発言を許す、答えるがいい』


《……………………》


 返事は無い。だが攻撃も飛んでこない。答えるつもりが無い、という訳ではないようだ。


 それを、ミスズは侮辱、と見て取った。彼らは、本来敬うべき貴き身分の相手を待たせる事で、間接的に侮辱しているのだ。文明人らしからぬ非礼である。


 と、不意に襲撃者達が何かを放った。遥かビルの屋上から投げ捨てられたそれを、アストラジウスの目が捕らえる。


 半ば潰された昆虫のような作業用ロボット。認識した瞬間、識別IDが彼の意識に流れ込んでいる。市場でスリの少年に盗まれた個体だ。返ってこないと思っていたら、襲撃者に掴まっていたのだ。


 彼は咄嗟に武器を持ってない左手で受け止めようとする。だが、掌に納まる直前、銃声が轟き横合いから放たれた重金属粒子が、作業用ロボットを粉々に撃ち抜いた。差し出された手は虚しく空を切り、辛うじて残ったのは砕けた甲殻の欠片だけだ。


 破片を握りしめてキッと睨みつける先、リングガンを向けていた襲撃者の一人が手を降ろす様子が見えた。


 どうやら、穏やかに話すつもりはあちらには微塵もないらしい。


 響いた銃声が完全に消えるほどのたっぷりの間を置いて、襲撃者達は口を開いた。


《ネティール王朝。パーラ。第一皇子。いずれも、既に価値のない言葉だ》


 ようやく聞けた相手の言葉は、電子音声である事を差し引いても、男か女か、若人か老人か、判然としない曖昧なものだった。だがただの合成音声と割り切るには、そこには不必要なまでに情感が込められていた。


 悪意と、嘲りと、敵意。


『ほう。価値が無い、とは?』


《いずれも宇宙に既に存在しない。遠い時代の流れに忘れ去られた、塵でしかない》


《そこには何の価値もない》


 その言い分に、物陰でミスズは青筋を立てた。よくもまあ、考古学者にして探検家の前で、そんな事を言えたものである。


 喧嘩を売っているのか? いや、まあ、今まさに売られている訳ではあるのだが。


『おかしな事を言う。お前たちこそ、そのネティール王朝の技術によって、今日まで生きながらえてきた存在ではないのか?』


《違う》


《我々は、違う》


 襲撃者達が、ビルの屋上から舞い上がる。一度上昇した彼らは、アストラジウスを前後から挟むような位置取りで下降し、しかし空中でピタリと静止した。対等どころか、何が何でも彼を見下ろし、見下すつもりらしい。


《我々は、自ら滅びた愚かな王国とは違う。猿に戻った無知蒙昧なる者達を守護し、教育し、今日に至るまで導いてきた。何も残せず、何もなせず、地位と立場に座っているだけのお前とは違う》


『成程、ご高説ありがとう。つまり貴様らはただの盗人として処理すれば良いのだな?』


《何?》


『どうやらこの星のシステムを掌握して民を支配して来たようだが、貴様らの肉体もシステムも全て元をたどれば我が王朝が作り出したものだ。お前たちはどうせネジ一本作ってはいまい? それに民を導いてきた等と言っていたが、私がシステムにアクセスした際に強制シャットダウンしたのは、本来の主人が帰ってきた事に慌てたからではないのか』


 じゃり、と長槍を手に一歩アストラジウスが踏み出す。


 ミスズは見る。


 彼の背に満ちる、連綿と受け継がれてきた王朝の誇りを。


 地位と立場に座っているだけ、という襲撃者達の指摘はある意味正しくはあるが、同時に致命的に間違っている。それは、高貴なる者を知らぬ者の嫉妬に過ぎない。彼らには彼らの苦労があり、悩みがあり、その上で貴き立場を引き継いできた自負があるのだ。ただ民にはその苦しみを、その誇り故に見せないだけで。


『地位と立場に胡坐をかいているだけなのはお前達も同じだ。お前達はただ、主人の居ない玉座に押し入った盗人でしかない。これで義体化を強制された事への復讐などであったのならば正当性もあろうが、貴様らはその体を存分に活用し利益を得ている。もはや情状酌量の余地はない。跪け、下郎。さすれば我が手で誅する名誉を与えてやろう』


《貴様……!》


《身動き一つできない半死人の分際で……!》


『ほう? 私の事を知っていたか。だが生憎様、今はこの通り元気にやっているよ。お前達のおかげでな、そこは感謝している。褒美という訳ではないが、先手はくれてやろう』


《(奇声)》


 怒りのあまりにか、スピーカーのノイズのような声をあげて襲撃者……否、叛逆者達が武器を構える。カタカタと顎を鳴らすその様は、落ち着きがなく無様だ。大して、アストラジウスは余裕に満ちた鷹揚な態度で、歯を引き結んだまま長槍を構えた。


『かかってくるがいい』

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