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第二十六話 《交錯する敵意》


 挑発のような掛け声に返事は無い。代わりに、杖型の武器からの荷電粒子ビームがアストラジウスを襲った。宇宙船やモノレールを破壊した一撃を、しかし彼は何の動揺もなく、長槍を振るってその刃で弾いた。遠く斜めに飛散した荷電粒子ビームがビルに風穴を開ける。


 勿論カラクリはある。荷電粒子は確かに強力な攻撃だが、地上での運用には向いていない。空気抵抗や地磁気の影響を受ける為惑星上の環境ではまっすぐ飛ばないのだ。だから、精密射撃を行うには強力な磁力レールで射線を補強してやる必要がある。逆に言えばこの至近距離、どこにいつ飛んでくるか丸見え、という事だ。少なくともアストラジウスにとってはこの程度の芸当、誇るにも値しない。


 そしてそれは相手もわかっている筈。だからこれは囮で、本命はもう一人による背後からの攻撃。


 首をわずかに傾けた先、リングガンを突き出して向かってくる叛逆者の姿が見える。


《死ね!》


 重金属粒子を連射して牽制しつつ接近してきた相手が、ブロードソードを振りかざす。すでに長槍の距離ではない、近すぎる。


 見守るミスズは悲鳴を辛うじて飲み込んだ。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、それでも手を合わせる。


 一方、当のアストラジウスは冷静に対応した。彼は躊躇いなく長槍の石突を地面に突き立てると、大胆にも武器から手を離した。素手になって身軽になった彼は迫ってくる相手の懐に潜り込み、剣を持つ右腕の肘をガッと抑え込む。ジエットパックで推進力を得ている筈の反逆者の体が、まるで分厚いダムの壁を押しているかのように停止した。


 義体の残酷なまでのクオリティの差だ。逆に言えば、この状況に持ち込めばアストラジウスに負けは無い。


《なっ》


『先手はもう譲っただろう?』


 一言だけ告げて、そのまま相手がジェットパックを吹かす勢いを利用して横に振り回す。そしてそのまま、もう一人の方に目掛けて力いっぱい放り投げた。そちらの叛逆者は杖を近接モードにして向かっている所だったが、突如味方を投げつけられて一瞬動きが止まる。


 避けるか、受け止めるか。コンマ数秒の間に要求された処理を、しかし彼はクリアできなかった。


《がっ!?》


《うおっ!》


『もう少し優美な言葉使いを心掛けるべきだな。性根が出るぞ』


 重量物同士が衝突する甲高い音を立てて空中で激突する両者。もつれあったまま地面に落ちる彼らを横目に、アストラジウスは地面に突き立てた長槍を引き抜いた。軽く手の中で振り回して具合を確かめると、腰を低く落とし一気に叛逆者達に駆け寄る。


 叛逆者の二人の内で、復帰が早かったのは受け止められる形になった剣持ちの方だ。彼は駆け寄ってくるアストラジウスの姿を目の当たりにするなり、リングガンを向けて引き金を引いた。


 連射されるビームの弾幕を、しかしアストラジウスは左右に高速でスライド移動し回避する。それを追って腕を振るう叛逆者だが、ついにその目が皇子を負いきれず、一瞬視界から見失う……その一瞬の隙に、突き出された長槍の刃が喉元へと深く突き刺さっていた。


《●■×▼?!》


『貴様らにはもったいない名誉だ。噛みしめると良い』


 刃を突き刺したまま持ち上げ、叩きつけるように地面に転がす。深く首元を貫かれた叛逆者は、目から光を失い力なく横たわった。


 相手の絶命を確認するアストラジウス。そこにもう一人の杖が彼の頭めがけて突き出したのを、視線を向ける事なく首の動きだけで回避する。じろり、と視線を改めて向けられ、叛逆者はたじろぐように床を這って後退し、長槍の間合いの外で手をついて立ち上がった。


《馬鹿な……半死人だった貴様が、何故》


『そういうお前は、その肉体になる前は何だった? プロボクサー? 剣闘士? 違うだろう。私程ではなくとも病弱で、武術とは縁遠い立場だったはずだ。それだけで勝てると思い込むのは、少々、自惚れすぎではないかな』


 じり、と間合いをゆっくりと詰めるアストラジウス。戦いは今や、アストラジウスのペースで進んでいる。


 見守るミスズももはや不安はなく、ただ夫の活躍に見入っている。素人目でも、彼の優勢は明らかだ。


「旦那様……」


 叛逆者とアストラジウス、どちらも同じ金属義体であるにも関わらず、一体何故これほどの差が生じているのか。確かに、戦いの前に彼自身が語ったようにボディの性能差はある。だがそれ以上に両者の間を隔てているのは、肉体を動かす事に対する意識だ。


 被験者であっただろう叛逆者達は、恐らく大なり小なり重病を抱え、生身で生きていけないからこそ取引に応じたのだろう。だが一方で、アストラジウスほどの重篤な状態であったとは考えにくい。


 アストラジウスはそれこそ、指一つ動かす事に全神経を注いで、しかし動かせない、それほどの状態にあった。それでも彼の主治医は、アストラジウスにただ横になったままの肉塊である事を許さなかった。動かせないと分かって尚、全身の筋肉の動きを意識して制御し、動かせないものを動かせるようにするトレーニングを彼に強いた。それが何を目的としたものだったのかはついぞアストラジウスが知る事はなかったが、それでも彼は愚直にそのトレーニングを続けた。


 そして金属義体となり、自由に動けるようになった今も、それは変わらない。多くの人間が、“なんとなく”で動かしている肉体を、彼は隅々まで意識を巡らせる事で動かしている。その差が、戦いの場において大きな差となって顕れたのだ。


《ぐぅ……っ!》


 苦し紛れに放たれる荷電粒子ビームを、今度は刃で弾く事もせずに左右に回避する。叛逆者はビームを連射しながらも通りを横に走り、アストラジウスもまたその後を追って距離を維持したまま通りを駆け抜ける。人間を超越した者同士、時速数十キロという速度で走りながら攻防を続ける。おいて行かれたミスズが、ビルの陰から顔を出して目を白黒させる。


「ど、どうしよう……?!」


 アストラジウスの言いつけを破るつもりはない。が、あまりこう距離を取られると状況が把握できない。戦いがどちらに転ぶにしろ、目の届かぬ所で決着、というのはよろしく無い気がする。


 あくまで夫は、手を出すな、といっただけだ。見守るのは別にいいだろう、と理論武装したミスズは恐る恐るビルの陰から顔をだす。流れビームが飛んできていないか、きょろきょろと安全を確認する。


 すでに、二人の戦いは遠くに戦場を移しているようだ。ビルを撃ちぬいて荷電粒子ビームが空へ伸び、かすれるように消えていくのが見えた。またそれとは別に、ズズン、と音をたてて白亜の巨塔が崩れていくのも見える。随分派手にやっているおかげで、どこにいるかを把握するのは難しくはない。


 とりあえず、ビルや柱を盾にする位置関係で追跡を開始する。おっかなびっくり、肩をすくめて後を追う。


「うー……こういうの得意じゃないんだけどなあ」


 他の同業者と共同で発掘作業にあたった時、襲撃してきた盗掘団と護衛の撃ち合いに巻き込まれた事だってある。荒事自体にはそこそこ経験はあるが、慣れる慣れないは別だ。ヘルメットを被り、落石から身を庇うような体勢で道を急ぐミスズだが、ふと、ある事に気が付いて首を傾げた。


「……あれ?」


 ミスズの記憶だと、襲ってきた叛逆者は二人。一人は今現在アストラジウスが交戦中の杖を持った奴で、もう一人は剣と銃を手にしていて既に排除済みだ。その死体……いや、金属の義体にその表現が適切なのかはあいまいだが、とにかくそこに転がっていたはずの姿が見当たらない。代わりに、床が黒く煤けた跡だけが残っている。


「……? なんだろ、やられたから爆発四散した?」


 首を傾げる。そもそもミスズとて、全て見守っていた訳ではない。特にビームが飛び交うようになってからは、頭を抱えてビルの陰に隠れていた時間の方が長かった。


 やられたから爆死、なんて娯楽番組のヴィランみたいだが、そもそも敵はジェットパックを装備していたし、肉体も生身じゃなくて機械製だ。撃破された戦闘兵器が爆発するのなんて、珍しい話でもない。


 それでも、少し気になる。


 もしかしたらやられたフリをして潜んでいるのかもしれない。


「もしそうだったら危険だわ。旦那様に伝えないと……」


 ミスズは意を決して、小走りで二人の後を追い始めた。

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