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第15話 前に向かって

お腹の子供の定期検診は今回から晃が同席してくれる事になった。


いつも付き添ってくれていたユキがそろそろバトンタッチだねと晃に連絡を入れてくれたのだ。

もう大丈夫でしょ?と笑いながら。




晃は相変わらず忙しく会うのは2週間ぶりだけど電話やメールはマメにくれるのでそれほど会っていない感じはしない。

側にいない時もでもずっと俺を気にかけ守ってくれる、そんな晃の存在にとても感謝している。


「お待たせしました。お変わりないですか?」


しばらくして医師が診察室に入って来た。

彼は以前腕の傷を治療をしてくれた医師で男性オメガの出産に携わった事があるらしく引き続き担当医として面倒を見てくれている。


「晃さん?お話しするのは初めてですね。担当の成宮と申します」


「藤沢晃です。いつも匠がお世話になってます。よろしくお願いします」


「今日は折角同席頂いたのでエコーも見てもらいましょうか」


穏やかで優しい声色はいつ聞いても安心する。

見た目の中性的な美しさと相まって人では無いようなとても神聖なイメージだ。



早速診察ベッドに横になりお腹を出してエコー検査が始まった。


なんだか分からない模様のような映像を晃はびっくりするほど真剣に見つめている。


「これですよ。分かりますか?」


「んん?真ん中ですか?」


「そうそう。もうちょっと見えやすいようにしますね」


そう言って成宮医師は手元のプローブを器用に動かしてより鮮明に映る場所を探し当てた。


「わあ。この前よりはっきり見えますね!顔がわかる!」


「そうですね。鼻が高いですねえ。パパ似かな。写真撮っときましょう」


興奮してはしゃぐ俺と成宮さんの側で晃は声ひとつ出さずただ映像を見つめている。


「晃?」


どうしたんだろうと心配になり声をかけると晃は目元を赤く潤ませ俺の方に振り返った。


「ごめん。俺と匠の子供なんだなあって改めて思って……感動した」


笑いながら涙を拭う晃に俺も目頭が熱くなる。


「産まれるの楽しみですね」


医師の言葉にまた涙腺を緩ませる晃が

愛しくて

嬉しくて


俺も釣られて泣き笑いしながら晃の手を握りしめた。








「匠はこのままユキの家に帰るのか?」


「そのつもりだけど。晃は仕事に戻るんだよね?」


病院からの帰り道。

2人で駅までの道を歩いていると咲き誇る花々や小鳥の声に初夏の彩りを感じて心が弾む。


「話したいことがあるんだ。夜迎えに行くからうちに来てくれないか?」


わざわざ?


「ユキのとこじゃダメなの?」


「……ユキには後できちんと話すけどその前にちょっと……」


晃らしく無い歯切れの悪い物言いだ。

心なしか表情もどこか暗い。


それ以上追求するのが怖い気がして俺は分かったと返事をして駅まで送ってくれた晃に手を振り別れた。



駅前でランチとケーキをテイクアウトし家に帰るとユキが野菜の沢山入ったスープを作ってくれていた。


「どうだった?赤ちゃん大きくなってた?」


「元気だったよ」


「そっかー。予定日楽しみだね」


「まだもう少し先だけどね」


そう言って俺は暖かいスープを飲む。

心までも暖めてくれるユキにしか作れない特別な料理だ。


「そうだ、夜ちょっと出かけてくるよ。晃に話があるって言われたんだ」


「そうなの?ゆっくりしておいでよ。なんなら泊まってきてもいいよ。イチャイチャは赤ちゃんに影響ない程度にしてよ?」


「ばっ!!何言ってんの!」


俺は真っ赤になって飲んでたスープに咽せた。

そもそも晃とはあの夜以来キスさえしていない。

そのたった一度の記憶さえヒートのせいで曖昧なんだから今更恥ずかしくて先には進めないと思う。


「いよいよプロポーズかな?」


ニヤニヤと笑いながら俺を揶揄うユキ。


「プロポーズ……」


嫌でも意識してしまいお陰でそのあと晃からかかってきた電話に不審者のような対応をしてしまった。


「ちゃんと話しておいでね」


そう言って見送ってくれたユキに頷き、迎えにきた晃の車に乗り込む。


ユキがあんな事言うから顔もまともに見られないじゃないか。

俺は窓の外に意識を向けて黙って心臓が落ち着くのを待った。


「どっかに行くの?」


「ドライブしよ。夜景でも見ようか」


これってデートでは?


そう思うと更に緊張して世間話さえ上手く運ばない。


程なく人気のない高台に車が停められた。


「うわー!綺麗!人も少ないし穴場だね!」


「そうだろ?いつか匠と来たいと思ってたんだ」


暗闇に宝石を散りばめたように浮かぶ光の饗宴を2人で眺める。

心が浮き立つはずなのに晃から発せられる重苦しい空気が俺を不安にさせた。


「何か話があるんじゃないの?」


「……ああ」


プロポーズじゃないの?

さっきのユキの言葉が蘇る。


もしそうだったら……俺はどうする?

どうしたい?


考えるより先にドキドキと浮つく心臓が晃への気持ちの変化を雄弁に語っている気がして顔が上げられない。



「匠」


「なに?」



「ずっと考えてたんだけど

俺は匠と番にならなくてもいいと思ってる」




え?




ゆっくりと晃の方を向く。


真剣な眼差しにその言葉が本気である事を思い知らさせる。



「そっか……。わかった。じゃあ番うのはやめよう」


晃は黙って俯く。


「子供のことだけど……」

「それはまだ聞きたくない」


「匠……」



直人のことを気に掛けているのか

それとも他に好きな人が出来たのか


いつも忙しくしていたのはその為だったのか?


今は何も考えたくない。


「晃、もう帰ろうか。ちょっと寒くなってきた」


「……そうだな」



気まずい空気の流れる車内でわざとらしく他愛もない話をする晃の声は全て混乱する俺の耳をすり抜けていった。


行きよりも長く感じた帰りの車内は重苦しい空気に包まれ家の側まで着いた頃にはお互い無言になっていた。


マンションの駐車場でドアを開けようとした時、晃の手が俺の腕を掴み驚いて振り返る。


「なんでそんな辛そうな顔すんの?」


そう言う晃こそ顔を歪ませ見た事ないような表情をしていた。


「なんでもないよ」


それしか言えない。


混乱していたとは言え直人の事で死のうとまでした俺が今更晃を好きだなんて言えない。


……好き?


そうか。


俺はとっくに晃を好きだったんだ。

だからこんなにつらいのか。



自覚した途端に涙が溢れた。


「匠?!」


「晃……今までありがとう。子供はちゃんと一人で育てるから心配しないで。

産まれたらたまにでいいから顔見にきてくれると嬉しい。あ、でも他に好きな人がいたらその人に悪いから来なくても……」


話している途中で晃に強い力で抱きしめられ言葉を奪われる。


「晃?」


「何言ってんだよ!他に好きな人なんかいるわけないだろ!どんだけ匠を好きかまだ分かんないのかよ」


「……だって番にはならないって……」


「匠は直人さんを忘れられないだろ。水族館でプロポーズするはずだったけど匠の顔を見て無理だって思い知らされたんだよ。運命や子供を盾にとって無理やり番にする気はない。でも俺の気持ちは変わってないから。」


そう言うと晃は身体を離して俺の両肩を強く掴み自分の方を向かせた。


「番になれなくてもいい。でも俺は諦めないよ。ずっとそばにいるつもりだ。もし結局一生匠が俺を見てくれなくても後悔なんかしない。」


「晃……」


「それなのになんでそんな顔するんだよ。少しくらいは俺の事好きでいてくれてんじゃないかって勘違いするだろ!」


悔しそうなつらそうな顔を見て更に涙が溢れた。

そしてこの一途で不器用で優し過ぎる人と一生共に生きていきたいと思った。


「晃……今までごめん。ずっと好きでいてくれてありがとう。おれも好きだよ」


晃の目が驚愕に見開かれる。

それから瞼を閉じ深く息を吐いて俺の言葉を咀嚼するように考え込んでから恐る恐る目を開けた。


「……本当に?」


「本当だよ」


「じゃあ番になってくれる?」


「晃さえ良ければ」


「運命とか子供とかじゃなくて?」


「うん」


怖がって何度も確認する晃の頬を両手で挟み額を付けてもう一度愛の言葉を囁くと抱きしめられた耳元で同じ言葉を返してくれた。


「俺もう死んでもいい」


「それは困る。俺と子供のために長生きして貰わないと」


クスッとわらった後、真剣な目で俺を見て晃が囁く。


「結婚して下さい」


俺も晃の目をみてはいと答えた。


ゆっくりと唇に柔らかいものが押し当てられそっと離れていった。


味覚が無くなったはずの舌に甘い感覚が蘇る。


聖なる誓いのようなそのキスはとても厳かで俺は晃の背中にそっと腕を回しこれから始まる二人の生活に思いを馳せた。



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