論功行賞が終わった後の話の時間で、なぜかバーバラとサレンの願いを聞くことになってしまった。まあ、軽率にルイズの願いに応えた俺が悪いと言われれば、否定はできないのだが。
さて、どんな要求をされるのだろうな。おそらくは、この場で即興で考えた願いになるのだろうが。だからこそ、価値観を測る上で重要になってくるはずだ。
俺に何を期待しているのか、どんなものを求めているのか。それらを直接知るための機会になる。
いくら原作知識があるといっても、それで相手のすべてが分かったりしない。生きている人間として、どんな相手なのかを知るのは、とても大事なことだ。そう考えると、悪くないのかもな。
今の段階で、俺に無理な要求をしてしまえば、きっとユフィアやミリアに目をつけられる。そうと知っていて変なことを言うほど軽率な人たちではないだろう。
ということで、落ち着いた心地でふたりの様子を見ることができた。どうにも、ふたりは目配せしあっている。察するに、どちらが先に俺と会話するのかで駆け引きしているのだろう。共謀されているとすると、お手上げだな。
そのまま待っていると、まずはバーバラが俺の目の前にやってきた。そして、強い瞳で俺を見ながら宣言する。
「あたしの願いは、単純なことよ。殿下が立派な人間になる。それだけでいいわ」
堂々と言いきったし、目も揺れていない。声だってまっすぐだ。そうなると、極端な嘘をついている可能性は低いな。原作知識とも一致する。
バーバラは、自分にも他人にも能力を求める人材マニア。そんな説明が、分かりやすいのではないだろうか。つまり、俺にも人材と呼べる存在になってほしいのだろう。俺に仕えるにしろ、俺を配下にするにしろ、敵対するにしろ。
少し、緊張するな。できれば深呼吸でもしたいが、そうしてしまえば緊張が表に出るからな。とりあえずは、まっすぐにバーバラを見返した。
「無論、努力はするつもりだ。お前の期待がどの程度かは分からないから、何も保証はできないが」
「並大抵の努力では、失望するだけでしょうね。あなたは、いえ、デルフィ王家は、ユフィアの操り人形でしかなかったのだから」
ため息を吐きながら、そんな事を言っていた。まあ、正しい。転生か憑依か、表現はどちらでも良い。とにかく、俺が乗り移る前のローレンツは、原作でもナレーションで死んでいた程度の存在だ。
そして、俺は単なる凡人でしかない。である以上、努力を重ねるのは、単なる前提条件でしかない。当たり前に、心に刻むべきことだ。
バーバラの言葉に対して、ユフィアは笑みを深めていた。そして、ミリアはつまらなそうに鼻を鳴らしていた。それを見ながら、バーバラは言葉を重ねる。
「あたしの好敵手になれるようなら、あなたを打ち破って配下にしたいところね。期待薄でしょうけれど」
「それはつまり、ローレンツさんに反旗を翻すという宣言でしょうか?」
どこか楽しそうに、ユフィアは告げる。まあ、言質と言えば言質か。やり方次第では、バーバラを破滅させられるのかもしれない。
ただ、バーバラを宮中伯にしろと提案したのはユフィアだ。そう考えると、今すぐに殺す可能性は低いだろうな。ということで、安心してなりゆきを見守ることができた。
対するバーバラは、不敵な笑みを浮かべて、きっぱりと返した。
「分かりきっていることを聞くのはやめなさい。少なくとも、この国が崩壊する前に敵対することはないわ。それは、バーバラ・ダンタリオンの誇りにかけて誓いましょう」
その宣言は、とても好都合だった。少なくとも、デルフィ王国が崩壊するまでの猶予を得ることができた。その期間に、バーバラと仲を深める。そうできれば、敵対する未来を迎えなくてすむかもしれない。
あるいは、バーバラに能力を認めさせて仕えるというのも、ひとつの選択肢だ。生き延びるためには、あらゆる可能性を検討しておかないとな。
とはいえ、今のところは順調だ。思わず頷いている俺がいた。
「それは、戦争を仕掛けるってこと? 自分から、争いの道を選ぶってこと?」
「現実から、目をそらさないことね。あたしが何もしなくとも、この国が崩壊した先の未来は同じよ」
ルイズの問い詰めるような言葉に、バーバラは迷わず返答する。やはり、バーバラは乱世で輝く存在のように思える。少なくとも、乱世の到来を予感しているのだろう。
ならば、俺は乱世を止めることを目標にしたい。そうすれば、バーバラは素直に仕えてくれるのだろうから。難題ではあるが、気合いが入るよな。拳を握って、決意を固めた。
「俺は、この国を壊させたりしない。ルイズのためにも、バーバラのためにも。そのために、俺は全力を尽くすんだ」
「殿下のお心、確かに伝わりましたわ。わたくしも、全力で協力することを誓いますわ」
スコラは頭を下げながら宣言し、バーバラはそれを見下したようにながめていた。おそらくは、スコラの姿勢に思うことがあるのだろう。おもねる人間も、芯がない人間も嫌いだという描写があったからな。納得できるものではある。
ただ、俺の役割は王宮で、いや、デルフィ王国の中で不和をもたらしたりしないことだ。少なくとも今は、仲を取り持たなければ。俺はバーバラを見つめ、慎重に言葉を選ぶ。
「俺は、お前が仕える価値のある人間であると示してみせる。だから、俺のことを見ていてくれ。その決意を、行動を、成果を」
バーバラは、しばらく俺の目を見た後、薄く笑った。そして、胸を張りながら語る。
「熱意だけを言葉にしないあたり、評価できるわね。本当に強い意志を持った者が何をするか、あなたは理解できているようだもの。良いわ。今は、あなたを見ていてあげる。あたしが仕えるに値する存在かを、ね」
そうだな。言葉だけでは、何の価値もない。信念を持つものは、当然のように努力する。そして、相応の成果を出す。そういうものだ。
だからこそ、俺は行動しなければならない。バーバラだけでなく、ユフィアやミリア、スコラ達にも俺を認めさせるために。何よりも、俺自身が生き延びるために。
「殿下、妾の期待を、裏切るでないぞ。そうすれば、おのずと成果が出るであろうさ。この騎士団長が、傍に居るのだからな?」
ミリアは傲慢な顔を崩さずに言う。だが、おおよそ正しいだろうな。騎士団長の戦力に頼れるという面でも、宮中のバランスを取るという意味でも。
俺は、周囲の期待に応え続けなければならない。失望されたが最後、俺は地獄に落ちるだろう。だからこそ、皆に真剣に向き合わなければならないんだ。その気持ちを込めて、皆を見回しながら宣言する。
「俺は、誰にも負けない王になる。今は代理でしかないが、皆に認められて、堂々と王位に就こうじゃないか。その先の未来で、よろしく頼むぞ」
ある意味では、ユフィアの提案に乗ったと言えるのだろう。俺が王になって、ユフィアを手に入れるという旨の。だが、俺にとって必要な未来だ。そう確信できていた。ユフィアの誘惑に負けた訳じゃない。
結局のところ、俺の価値は能力ではない。立場なんだ。だからこそ、俺が王になることで、すべての道がつながるのだろう。
ユフィアは楽しそうにしている。ミリアは腕を組みながら頷いている。スコラは深く頭を下げる。ルイズは優しく微笑む。サレンはこちらをじっと見ている。そしてバーバラは、にやりと笑った。
「その宣言を叶えたならば、あたしは喜んで仕えましょう。どんな道を進むのか、楽しみにしているわ」
満足そうに頷いている。おそらくは、少しは認められたのだろう。だが、ここからが本番だ。王になるのはゴールじゃない。きっとスタートラインなんだ。それまで、立ち止まってなんていられない。そうだよな。
皆だって、俺の今後次第で評価を変えるだろう。おそらく今は、多少なりとも肯定されているのだろうが。それでも、失敗したらすべてを失う。今の宣言は、大きな賭けなんだ。すこし、首筋のあたりに汗をかいているのを実感できた。
「僕も応援するよ、殿下。あなたは約束を守ってくれたから。それに応える分くらいには、僕の力を叩きつけてみせるよ」
「殿下以外が王になったところで、どうせこの国は滅ぶでしょうね。デルフィ王国が存続する未来は、ただひとつだけよ。その覚悟は、あるわよね?」
サレンの応援とバーバラの問いかけに、俺は強く頷いた。絶対に立ち止まらないという意思を込めて。そして、バーバラは満足そうに下がっていく。
その様子を見て、俺は確かな達成感を覚えていた。完全に認められた訳では無いにしろ、大きな一歩を進めたと。ほんの少し、唇の端がつり上がっているのを感じた。
バーバラが完全に下がった段階で、サレンが前に出てきた。
さあ、どんな願いを言われるだろうな。俺は、どう対応するべきなのだろうな。気を引き締め直して、まっすぐにサレンを見た。