アブサトラに捕まったキヨアキたちは、そこに訪れたヤガンと名乗るモグラ人間のようなモンスターに売られてしまった。
代価としてヤガンが渡したものは荷台に山盛りの地竜の糞だった。
うんこである。
アブサトラは食肉植物系統のモンスターのようだが、堆肥からも栄養を摂取できるということなのだろう。
しかし、うんこ。
うんこの代価として引き渡されたキヨアキたちの心境は複雑だった。
そのうんこが載っていた荷台に乗せられて、森を出てさらに進んでいく。
荷台を曳くのは、太い角を頭に生やした呑気そうな大女だ。
ほぼ裸なのだが、体の表面が短い毛皮に覆われている。
黒白の模様、そしてこちらに向けられたお尻で揺れる尻尾。
自分たちの知っているとある家畜を思わせて、妙な気分になる。
「にしても、アンタたち不幸ネ」
御者台にいるヤガンが、とんがった鼻先をこちらに向けて話しかけたのは森を出てからだった。
目に丸眼鏡のサングラスのようなものがはまっていて、表情がわかりずらい。
「この辺りが不案内のようだけど、それでアブサトラの森に入るなんテ」
「不幸だと思うなら、解放してくれ」
キヨアキが代表して言い返す。
「残念ながらそれは無理ヨ」
「なんでだ」
「もうワタシが買ったからヨ。アンタたちはワタシの所有物ネ」
「ふざけんな!」
「ふざけていなイヨ。事実。それともアンタたち、自分を買うだけのナニカを持ってイルカ?」
「そんなもの……」
「アタシが地竜の糞を手に入れのに、どれだけ苦労したかワカルカ? その苦労に見合ったモノじゃないと、納得しないヨ?」
「うんこ運んだのあたすだけどね〜」
「ホルタインはワタシの物だから、お前の苦労はワタシの苦労ネ」
「アハハ」
見た目通りに呑気な声で大女が笑う。
振り返っていても荷台の速度は変わらない。
「……俺たちに地竜の糞に見合う価値があるっていうのか?」
「あるネ。お前らミコトの村のタケルと同類デショ」
「タケルを知っているのか⁉︎」
「もちろんね。この辺りじゃ有名人ヨ。神鬼の村の特攻野郎。鬼より強いフルケモノ」
「フルケモノ?」
「古獣ヨ。タケル以外にも生き残りがいたとは知らなかった。トバーシアが喜ぶヨ」
「トバーシアってなんだ?」
「神鬼の村が大嫌いな連中よヨ。きっと、高値をつけてくれるネ」
「タケルへの嫌がらせのためか?」
「まさか」
キヨアキの言葉に、ヤガンは鼻先を震わせて笑った。
「叩き潰すためにヨ。ワタシ、あいつらどっちも大嫌いネ。一緒に潰れてくれたら万々歳ヨ」
尖った鼻の下にある口から長い前歯を見せたヤガンは、ひどく凶悪な笑顔を浮かべているように見えた。
トバーシアが来るとミコト様が言った。
それはお告げとなった村中に伝わり、村の成人たちは揃って武装を整える。
「なにが起きるの?」
村にもすっかり慣れていたスラーナもこの空気には驚いている。
いつもは農具か包丁ぐらいしか持っていない村の人たちが揃いの金棒を持っているのだから、驚くのも仕方ないかもしれない。
後は思い思いの防具を身に付けて村の外へ向かっていく。
子供たちも弓と矢筒を背負い、投げるのにちょうどいい石が入った箱を抱えて後からついていく。
「うちの村を嫌っている連中がついに来るんだ」
「キヨアキたちがいるかもしれないっていう?」
「そう」
「人質にする気なの?」
「どうかな?」
人質として使ったとしても、動けなくなるのは俺一人だ。
それで村まで攻めるか?
俺だけ呼び出されるんじゃないかなって思ってたんだけど。
それなら人質としての意味もある。
俺を殺して、その死体を晒して村への嫌がらせをするという意味で。
「「タケル!」」
クトラとタレアもやってくる。
「うちの里にも報せを出したよ」
「私もです」
「ありがとう」
二つの里からも救援が来るなら問題が……。
「来ぬぞ」
いきなり後ろに現れたミコト様が言った。
「二つの里もなにやら問題が起きている。むしろ二人も戻った方がよかろう」
「「えっ⁉︎」」
「クトラにタレア、それなら戻った方がいい」
ミコト様が言うなら間違いない。
あっちでの問題も、けっこう深刻だということだ。
「で、でも……」
「タケル」
「俺なら問題ないから」
「「ぐうう……」」
二人は唸ると、なぜかスラーナを見た。
「スラーナ」
「あなた、ちゃんとやりなさいよ」
「……私は、私の役目をまっとうするだけよ」
「「こんなのが一番とか認めない!」」
二人は叫んで、離れていく。
うん、そっち側から出れば安全だと思うよ。
こちらの用意が終わったところで、トバーシアたちが見えてきた。
俺たちの二倍ぐらいの大きさの有角人。
枝のように広がった角が、戦意を迸らせて実際に光っている。
「タケル〜〜〜〜っ‼︎」
一際大きなトバーシアが俺を呼んだ。
あの群れの長だ。
「なんだっ⁉︎」
前に出て応じる。
「お前の仲間を拾ってきてやったぞ! 礼をしてもらおうか」
「ありがとうって言えばいいのか?」
「ガハハハハハハハハハッ‼︎」
大笑いする長の側に、縛られて憔悴したキヨアキたちがいた。
「欲しいのはお前の命だ。だが、素直に渡す気もないだろう」
「そうだな」
「だから、いろいろと趣向を考えた。まぁ、それでだな。一度の戦いで一人の命。お前が勝ったら返してやろう。もちろん、そっちが戦うのはタケルだけだ。どうだ」
「いいぞ」
「タケル!」
背後でスラーナが悲鳴をあげていたけど、彼女に説明をしている暇もない。
刃喰は腰にある。
問題はない。
「こっちはいつでもいいぞ」
「それなら、まずは一回戦だな」
長の言葉でトバーシアが三人、俺の前に立った。
「一対一じゃないの⁉︎」
「誰がそんなことを言った?」
スラーナが抗議の声をあげたけれど、長は笑って聞き流すだけだ。
キヨアキたちは六人。
ルールなんてあってないようなこの戦いを、六回するということになる。
最後には全部と戦うことになりそう。
でもまぁ、いいや。
「さあ、かかってこい」
俺の前に立ったトバーシアにそう声をかけた。