目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

111 死線を越える



 スラーナを抱えて走る。


「タケル!」

「ごめん、大丈夫だった?」

「ええ、でも……」


 スラーナが背後を見る。

 気配でわかる。

 キヨアキとヤンは睨み合っているけれど、残りの二人が追いかけてきている。

 頭に大きな傘みたいなのをかぶっている小さいのと、大きな仮面を被った大型の四足獣のようなのの二人だ。

 一人はフーレインだと思う。

 あの傘みたいな方が怪しい。

 俺たちに接触してきたハグスマド同盟の適性者の中では、ヤンの次に実力がありそうだったのはフーレインだったのだから、間違いないだろう。


「キヨアキとやり合ったのは短気だったけど、結果的には逃げる隙ができたのかも」

「いまも追われているのは変わらないわよ」

「そうなんだけど、ね!」


 四足獣の方が仕掛けてきた。

 一瞬、気配が消えたかと思ったらすぐ側に現れて前足の爪を振り下ろしていた。

 なんとか避けて、走り続ける。


「ヤンの方も強くなってるし、キヨアキの気分が俺に向かったままだったら、あのまま四体を相手にするとかになってたかもしれないからね」


 スラーナは否定しなかったけれど、不満そうだ。

 それはそう。

 こんなのはただの偶然でしかない。

【王気】で一瞬だけヤンの【念動】を奪えたけど、本当に一瞬だけだった。

 すぐに支配権を取り返されてしまった。

 というより、支配した部分を押し流す勢いで魔力を追加されてしまったという感じか。

【王気】の支配力が及ぶ前に物量でゴリ押しされた。

 それだけの魔力量をヤンは手に入れている。

 キヨアキにしてもそうだ。

 刃喰の刃が通らない体ってなんだ?

 山頂で最初に見せたあの巨大な炎こそがキヨアキの本当の姿なのか?


 あれが変化か。


「したくなった?」

「さあ、どうかな?」


 強くなれるのはすごく惹かれはするのだけれど、人間の形を捨てる目的が強くなるためでいいのかとも思う。

 強くはなりたいんだ。

 そこに嘘もない。

 でも、強いって理由で全身が刃物みたいな姿も受け入れられるかっていうと、それは違うわけで……。

 ああ、悩ましい。


「タケル」

「わかってる」


 無駄話もしていられない。

 今度は傘の方が動いた。

 傘の下から無数の紐のようなものが出てきたかと思うと、それが飛来してきた。


「やっぱり、フーレインか!」

「貴様ごときが呼び捨てするな!」


 俺の言葉に怒った様子で怒鳴り返してくる。

 木々の多い方向へと方向転換する。

 飛来してきたそれは、空中で曲がって追いかけてくる。

 あいつが武器にしていた棘付き鋼線がそのまま体の一部になった感じか?

 地震であちこちが崩れた森の中は、いつもよりも障害物が多い。


「ここで?」

「やるしかないだろうね」


 スラーナも逃げ切れないことがわかっている。

 倒れた木々の隙間を抜けていると、上を飛び抜けていく気配がした。

 目の前に着地したのは、四足獣とその上に乗ったフーレインだ。

 足を止め、スラーナを下ろす。


「別々で?」

「いや、コンビ戦じゃないかな?」

「そうみたいね」


 四足獣から降りたフーレインだけれど、一組となったまま離れない。


「刀の、お前は私が殺す」

「無理かな。あんたはキヨアキほどヤバそうじゃない」

「なら、もっと見せてやるよ!」


 簡単な挑発に乗った。

 傘の下から現れる無数の棘付き鋼線が俺に向かって飛来する。

【王気】を使って周囲の魔力の流れを掌握しながら、鋼線を避けていく。

 体の一部となっているのなら、以前のように【念動】で操作しているわけじゃないかもしれない。

 回避に専念した俺に四足獣も加わろうとした。

 だけどその横腹にスラーナの矢が突き刺さる。

 矢に込められた魔力が【虎牙】の応用技で爆発し、吹き飛ばされた。


「クソ生意気!」

「それはどうも!」


 鋼線が飛び交う中、フーレインも接近してくる。

 その手は硬く握りしめられていた。

【念動】がその拳にまとわりついているのが見えた。

 実質的に巨大化した拳の連打が放たれる。

 技の初動である機を【王気】で感じていたので避けることができたけれど、あのまま格闘戦に応じていたらなす術もなく殴打されていたに違いない。

 そしてその隙に鋼線で容赦なく貫かれることになる。

 ゾッとする未来をなんとか回避できたことに感謝しつつ、開けてしまった距離を埋めるべく踏み込んでいく。


「はは、死ね!」


 巨大な【念動】の拳が迫ってくる。


【伏滅】


 対する俺は、その拳の下を潜り抜け、【念動】そのものに刃喰の刃を突き刺した。

 巨大な獲物の腹を裂くこの技で【念動】そのものを切り裂き、【王気】で支配する。

 散り散りになった魔力を再び【念動】にすれば、無数の見えない拳の出来上がりだ。

 軌道をフーレインに変えた頃には、俺はその横を滑り抜けている。


「ぐうっ!」


【念動】の乱打を受けて足を止めたフーレイン。

 その背後に、俺は立つ。

 刃喰をその首に……。

 ……できなかった。


 その前に四足獣が飛びかかってきたので、移動するしかない。

 体勢を立て直したフーレインの追撃を受けるかと思ったけれど、そっちはスラーナの矢が防いでくれた。


「やるな学生風情が!」


 四足獣が仮面の向こうで吠えた。

 いや、仮面の歯を剥き出しにしたような口の部分が動いた。

 仮面が顔なのか。


「だが、妹はやらせん」

「兄妹か」

「闇爪のレンベルグだ」

「そっちは、変な呼び名をつけるのが流行りなんだな!」

「お前たちはないのか? それは遊び心がないな」


 俺は四足獣……レンベルグに追い立てられ、フーレインがスラーナに向かっていく。

 切り離された。

 鋼線を操るなんて変則的な戦い方なのに、フーレインは超の付く近接戦重視の戦闘スタイルなのだ。

 スラーナとの相性は悪い。


「ははっ! 邪魔なお前から死ね!」

「そうは、させないわよ」


 愚直に突進するフーレインに、スラーナが矢を放つ。

 風の属性に制御された矢は、複雑な軌道を描いてフーレインに迫る。

 しかし、フーレインはそれを頭の一部である傘で受け止めた。

 青黒い傘に矢が突き刺さるが、痛打を与えた様子はない。

 かまうことなく距離を詰めてくる。

 矢を放つために足を止めざるを得なかったスラーナは、そのままフーレインの突進を受けた。


「スラーナ!」


 血の霧が舞う。

 体当たりとともに、複数の鋼線が彼女を薙いだのだ。


「がはっ!」


 だが、先に声を放ち、地面に転がったのは突進したフーレインだった。

 スラーナは接近してくるフーレインになんらかの罠を仕掛けていたのだろう。

 まんまと引っかかったのだが、勢いは死なず、スラーナは突き飛ばされた。


「スラーナ!」

「フーレイン!」


 俺がスラーナのところへ向かうのを、レンベルグは止めなかった。

 あちらもフーレインへと向かっていく。

 なんとか、地面に落ちる前に、スラーナを抱き止めることができた。


「タケル君!」


 その時、空から声がかかった。

 巨大な鳥がこちらに向かってくる。


「カル教授?」

「逃げないで」


 その声で逆らわずにその場で足を止めていると、巨鳥の爪が俺たちを掴み、空高くに舞い上がった。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?