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110 変化の四人




 挑発だ。

 キヨアキの表情からそう読み取り、冷静になれと自分に訴えかける。

 変化したキヨアキは勝つ自信があって、俺を誘っている。

 キヨアキが自信家なのはいまに始まったことじゃない。

 だけど、前までの空回り気味なそれと、いまは違う。

 あの巨大な炎の姿は幻ではない。

 その証拠に、眼前のキヨアキの内部では高密度の魔力が渦巻く余裕もないほどにひしめいているのがわかる。

 気体ではなく、液体となって体内に満ちている。


 力は強くなっている。


「どうした? まさか、怖くて嫌だとか、言わないよな?」

「……」

「タケル、ダメよ」

「スラーナ、優等生ぶって邪魔すんなよ」


 キヨアキがスラーナを睨む。


「ていうか、なんでお前は帰ってないんだ? 他の奴らもまだいるのか?」

「いいえ、みんな帰った」

「なら、なんでお前だけいる? タケルはこっちが地元なんだろうが」

「……答える必要はないわ」

「もしかして、お前、もう変わりかけてるのか?」

「……」

「なるほどなぁ。帰らないんじゃなく、帰れなくなったってことか? は、ははははははっ‼︎」

「なにがおかしいの?」

「優等生が優等生の振りができる場所にいられなくなったんだぞ? そりゃあ、おもしれぇだろ!」

「あなたほどじゃないわ」

「本当にか? 痩せ我慢か? 痩せ我慢だろ? 俺だってこの前まで落ち込んでたからな。気持ちはわかるぜ? まさかタケルの前で泣いたのか? こいつに慰めてもらったのか? ははんっ! 優等生の次は売女にでも……」


 もう限界だ。

 拳は、きっちりとキヨアキの顔面に刺さった。


「タケル!」


 これがただの誘いだってのはわかってる。

 俺を怒らせたいだけだっていうのも。


「いいよ。誘いに乗ってやる」

「タケル。ダメよ!」

「そう来ないとな」


 こちらを見たキヨアキは変わらぬ笑みを浮かべていた。

 代わりに、殴った俺の拳には鈍い痛みが残っている。

 殴ったのは、まるで効いていない。


「タケル!」

「スラーナ、離れて」

「おう、邪魔すんなよ」


 キヨアキが腕を振ると、そこから炎が現れ、そして剣が残った。

 黒曜石を割って作ったかのような無骨な形。

 だけど、その全てが赤い。


「さあ、やろうか!」


 嬉しそうなキヨアキに合わせ、俺は属性を解除して刃喰を抜く。

 純粋な剣の勝負をすると決めたからだ。


「おらぁっ!」


 一切の読み合いもなく、キヨアキが踏み込んでくる。

 上段からの振り下ろしを避ければ、余波だけで地面が割れた。

 当たれば間違いなく死ぬ。

 躊躇なく、隙だらけの胴に刃喰を走らせた。

 だが、返ってきたのは肉を裂く感触ではなく、硬い金属の上を走らせたかのような硬い抵抗だった。


「ははっ、やるな!」


 驚く暇もなく、キヨアキが横なぎの一閃で追いかけてくる。

 地を這うように低くなって攻撃をやり過ごし、今度は足首に斬線を走らせた。

 だが、やはり返ってくるのは同じ感触だ。

 胴から血と内臓が溢れることも、足首から先が失われることもない。


 キヨアキの剣はさらに追いかけてくる。

 俺はその全てを交わし、刃喰をその体に這わせるのだけれど、全てが無駄に終わった。


 何度も、何度も繰り返した。


「ちっ」


 無傷のキヨアキが舌打ちし、俺は荒くなった息をなんとか飲み込む。


「これだけやってもかすりもしないのかよ。認めてやるよ。剣ではお前には勝てないな」

「はぁ……わかってもらえてなによりだ」

「ちっ! だがなぁ! 適性者に必要なのは、結果だ! 剣の腕がいくらあっても、攻略に失敗したら終わりだ! 俺は! もう、そういう失敗をする気はないんだよ!」

「タケル!」


 不穏な気配を感じ取ったのか、スラーナが武器をかまえる。

 だけど、その体が震え、中途半端な姿勢で動かなくなった。


「勝手にどこかに行ったと思ったら、こんなところで遊んでいたのですか?」

「別に、お前らと組んだ覚えはないが?」

「まぁそうですがね。とはいえ、もう運命共同体じゃないですか?」

「勝手に決めるな」

「まぁまぁ、一緒に支配者業を楽しみましょうよ」


 キヨアキと戦っている間に距離を詰められたか。

 三人がすぐ近くまで来ていた。

 どれも奇妙な姿をしている。

 まさか、変化した人間か?

 だとしたら……。


 スラーナの動きを止めているのは【念動】だ。


「ヤンか?」

「君は、タケル君というのでしたっけ? あの時はしてやられましたね」


 ヤンであることを認めたのは、薄金色の衣を来た黒い人型だった。

 体表のあちこちに赤い線が走り、それが脈動のように明滅している。


「おい、タケルと遊んでるのは俺だぞ。邪魔するんじゃねぇ」


 怒るキヨアキをヤンは「まぁまぁ」と宥める。


「それより、話をしましょう。重要な話だ」

「支配者業とか言ってたやつか?」

「ええ? あなたも嫌いではないと、思っているんですがね?」

「……ふん」

「ありがとう」


 キヨアキが剣を下げる。

 スラーナが解放される様子はなく、俺も動けない。


「残念ながら、私たちの暮らしていたハグスマド同盟の所有するダンジョンには限界が訪れました。遠からず消滅してしまうでしょう。その前に、他のダンジョンを手に入れて移住する必要があると思って、あなたたちに接触したのですよ」


 ヤンが話しながら俺たちの周りを歩く。

 スラーナをたすけだす隙を窺っているのだけれど、他の二人の視線もあって難しい。


「タケル君の持つディアナの転移履歴から地上を見つけて、上がってきたものの、どうやらこちらはこちらで、いまだに人間が暮らすのは難しいらしい。戦争でもなんでもして土地を奪うことは容易いでしょうが、この地上の暮らしを見れば、意見の分裂は火を見るより明らかだ。そしてあいにくと、いまさら意見の調整をしている時間的猶予もない」


 そこで足を止め、ヤンは手を叩き、明るく言った。


「そこで、どうです? 我々の力で人類統一連合に攻め込み、ハグスマド同盟の移民が可能になるように人口調整をしませんか?」

「人口調整? はっ! 要は虐殺しませんかってことだろうが?」

「そうとも言います。どちらにしろ、ハグスマド同盟は戦争を始めるしかないところまで追い詰められている。私たちがしていたのは、その手の一つでしかない。私たちは当初の目的を達成できる。そしてあなたはあなたの嫌いな連中を蹂躙できる。悪い話ではないのでは?」

「……それで、支配者業ってのは?」

「我々の超越的な力で人類統一連合とハグスマド同盟の両方を支配するなど簡単なことでしょう? その力を示すための人口調整ということですよ」

「なるほどな……いいぞ」

「それはよかった」

「だけどその前に……誰が王になるのかを決めとかないといけないんじゃないか?」

「みんなで仲良く支配とはいきませんか?」

「王は一人だろ?」

「そうなりますよねぇ。やれやれ……」


 二人の意識がぶつかり合った。

 キヨアキのやる気がヤンに注がれた瞬間から、俺はこの好機を待っていた。

【王気】を使ってヤンの【念動】に干渉し、スラーナを解放。

 彼女を抱えて、俺は脱出のためにひた走った。

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