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120 炎



 ポータルに到着する前にジョン教授に謝られた。


「すまないね。通報することを止められなかった」

「いえ……」

「スラーナ君に言われたがね。私は、それでもこの後悔を止められないんだよ」

「教授?」

「アニマ君が亡くなったんだ」


 その事実に俺たちはなにも言えなくなった。

 担任教師が出てこないのがおかしいと言っていたけれど、まさか亡くなっていたなんて。


「身近の死を乗り越えるには、私にはまだ時間が必要だ」

「そうですか」


 そんな話を聞かされた後で、俺たちはポータルを抜けた。

 アニマ先生という知っている人の死は俺にとっても衝撃だけれど、それで足を止めることはなかった。

 俺だって村の知り合いの死に目あったことがある。

 心配なのはスラーナだ。

 大丈夫なのかと聞きたかったけれど、その前にポータルを抜けた先の光景があった。


 熱が顔を打った。

 ジョン教授はポータルの説明もしてくれていた。

 ハグスマド同盟とはこれまで没交渉状態だったが、それでも外交のための窓口というのは存在しており、それがこのポータルだ。

 キヨアキたちもこれを使ってハグスマド同盟に戻っている。


「なんてこと」


 スラーナの呟きは震えていた。

 熱の正体は炎だ。

 出てきた場所がどこなのかわからない。

 ここは火の中で、なにも見えないからだ。

 感知した瞬間に、俺が【念動】で火の勢いを周囲から押し除け、スラーナの風が真空の壁を作って熱の伝播を防いでいる。


「よくポータルが壊れなかったね」

「ポータル発生器はあらゆる状況を想定して頑丈に作られているそうよ。だからなんとか持っているんだと思うけど……」

「このままだと、ポータルは無事でもエネルギーの供給は止まるだろうね」


 大事なポータルのある施設をこんなことにするなんて、どういうつもりなのか。

 いや、学園のある人類統一連合の地が欲しいのはヤンたちの方であって、キヨアキではない。

 その辺りの差で争いが起こったか?


「どうやら、大人しく話をつけるってことにはならなかったみたいだね」

「そうかもしれないけど、ひどすぎるわ」


 火以外なにも見えないので慎重に進んで行くことしばらく、ようやく燃え盛る赤色以外の光景が見えた。

 黒煙の上る都市の風景だ。

 暗く沈んだ都市の中を赤黒い炎が這い回っている。

 それ以外は警報に爆発音、戦いの音も聞こえてきた。

 学園に戻った時の光景がもっとひどい状態となってここにある。


「タケル、あれ」

「うん」


 一際大きく燃えている場所がある。

 だけどそれは、火事が起きているのではない。

 大元が、なにかの大きな建物に腰掛けているのだ。

 炎の巨人。

 その正体は間違いない。


「キヨアキ」


 あそこにいるのか。


「あれぇ?」


 炎の巨人に目を奪われた一瞬で、距離を詰められた。

 黒く焦げた屋根の上に足を下ろして、俺たちを視線で指す。


「こっちに逃げる奴がいるかと思って見張ってたら、まさかやって来るんだ。はは、死にたがりだ」


 巨大な四足獣と、その上に腰掛けている奇態の少女。


「フーレインとレンベルグ」


 たしか、兄妹だったか。


「はは、実力差を見せつけてやったのに、まだ来るんだ。なにそれ? どういう感情?」

「フーレイン、油断するな」

「うるさいなぁ、兄さんは」


 レンベルグの背中から降りたフーレインは俺たちの前に立つ。


「結局、変化もしてないみたいだし、龍穴も見つからなかったんでしょ? なら、変わらず雑魚じゃん。ザーコ」

「それでも年齢の反した達人であることには変わりないよ」

「ふん! 私の方が強いし!」


 傘のような頭部から棘付きの紐が垂れてくる。


「今度は逃がさない。まさか、来てすぐに逃げるなんてみっともないこと、しないわよね?」


 傘の下からわずかに覗く素顔が嘲笑の笑みを浮かべている。

 俺はチラリとスラーナを見た。


「どうする?」

「私が相手をする。あなたはあっちの犬を」

「やっぱり」


 そうだよね。

 フーレインに怪我させられたもんね。


「なら、そういうことで」


 俺は、フーレインの前をスラーナに譲り、レンベルグの前に立った。


「はは、まさか本気でやるっていうの? 土下座とかしたら許してやろうかなって思ってたのに?」

「黙れキノコ女」

「は?」


 言ったのは、スラーナだ。


「毒キノコなんて誰も喜ばないものになったからって、八つ当たりするのはやめて欲しいわ。そんなことより大人しく地上の山でイケメンの菌床を探していた方が建設的なんじゃないかしら?」

「…………」

「ん?」

「殺す!」


 そんな風に、戦いが始まった。

 キレてるなぁ。


「君も、よそ見とはいい度胸だね」


 スラーナの方ばかり見ていると、レンベルグが瞬く間に距離を詰める。

 前足の爪が襲いかかる。

 だけどそれが、俺に当たることはない。

 だって、もう斬っているから。


「ぬうっ!」


 振り抜いた前足の感覚が軽くなったことに気付いたとしても、動作の勢いを止めることはできず、レンベルグの体が大きく横に滑る。

 前足が片方なくなっていることに、驚いている。


「いつの間に」

「いや、悪いけどもう終わっているから」

「なに?」


 俺の目は、いまきっと黄金色に光っているはずだ。


「終わりまでの線はもう切り終えている」

「なにを、ぐっ!」


 前に出ようとしたレンベルグは、そこで気付いたはずだ。

 視界が勝手に下に落ちることに。

 動こうとしたから残っていた足も切れてしまった。


 そして……。


「そんな……バカなっ!」

「吠えると早くなるだけだよ」


 終わってしまうのが。

 なんて助言さえも間に合わず、レンベルグの首は落下と吠えた反動で胴体から外れてしまった。

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