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121戦場はハグスマド



「兄貴!」


 レンベルグの首が落ちるのを見たフーレインが悲鳴をあげる!


「よそ見している余裕はないはずだけど?」

「黙れ!」


 激昂するフーレインがこちらに来ようとするけれど、スラーナの風がそれを許さない。

 ならばとスラーナを排除しようと動くけれど、フーレインの棘が目標を貫くことはなかった。

 スラーナの姿が幾重にも分かれ、そしてその全てが輪郭を朧にしている。


「小細工!」


 フーレインの棘はその全てを同時に貫くけれど、手応えのないままスラーナの姿が消えるだけで終わる。

 そして……。


「がぁっ!」


 突如として背中に矢が突き刺さる。

 その衝撃で地面に転がったフーレインが背後を見るが、その時にはすでにスラーナの姿はない。

 そしてまた、別の方向から矢が襲ってくる。


「舐めるなぁ!」


 フーレインの傘の中からさらに棘が現れ、全方位に向かって襲いかかる。

 見えないのならば全てを攻撃するという無茶苦茶なやり方だ。

 功を奏す場合もあるかもしれない。

 だけれど、スラーナ相手にそれは意味がない。

 棘は傘との間に紐で繋がっており、それがフーレインの攻撃範囲の限界を示してもいる。

 変化前よりも広くなっているようだけれど、それでもスラーナのそれには及ばない。

 スラーナは、もっと遠くからフーレインを射っている。

 それにフーレインは気づかない。

 なぜならスラーナの気配はフーレインの周囲にあり、朧な姿もその近くに見せる。

 そして、矢の襲ってくる方角も毎回違う。

 視覚、痛み、気配。

 全てが別の場所に存在し、フーレインはそれらの情報を処理することができずに混乱しきっていた。

 混乱したまま、何本もの矢を受け続けた結果……。


「あっ」


 ある瞬間に、突如として動かなくなった。

 心臓が止まったのを、俺も感じた。


「なん……で…………」


 フーレインのその呟きに俺たちはなにも答えない。

 答えようもない。


 なにより、余韻に浸っている暇もなかった。

 戦いの前まで遠くで燃えていた炎が消えている。


 そして……。


「来る」

「ええ」


 すぐ近くに立ったスラーナが頷くと同時に、近くの地面が爆発し、そこにキヨアキとヤンが立つ。


「ああ……やっぱりタケルとスラーナか」


 体のあちこちから炎をこぼすキヨアキは、まるで赤毛のコートでも着ているかのようだ。

 そしてヤンは、真っ黒に輝く宝石のような体になっていて、表情はわからない。

 ただ、漏れ出ている感情が悲しそうにしていると感じた。

 フーレインたちの死を悼んでいるのか、それともこの光景になにかを思っているのか。

 キヨアキは、ただただ楽しそうだ。


「ここを支配して、あっちを攻めるんじゃなかったのか?」


 俺が質問してみると、キヨアキは気にした様子もなく笑うだけだった。


「まぁ、従う気があるならそうしてやってもよかったけどな」

「けど?」

「化け物に支配されるのはごめんだとさ!」


 ギャハハとキヨアキは笑う。


「力もないくせにわがままを言いやがる。だからこう言ってやった……なら、死ねってな!」

「それで、この有様か?」

「そうさ。あ、俺ばかり悪いみたいに言うなよ? こいつらだって俺の側になって戦ったからな」


 故郷を敵に回したのか。

 俺がヤンを見ると、彼は静かに首を振った。


「この姿になった以上はもはや戻れませんからね。彼らが私たちを受け入れないと言うのであれば、仕方ありません」

「意外にさっぱりしているな」

「私の話になんて興味ないでしょう、あなたたちは、あなたたちのことをやればいい」


 突き放すような言い方には、どこか投げやりな雰囲気もある。

 故郷のことを思っての行動だったはずなのに、こんな結末になった。

 そのことに思うことがないなんて、あるはずがない。

 だけど、それを飲み込んだ……そういうことなんだろう。


 それに、たしかに……ヤンの人生は俺たちには関係ない。

 敵か味方がはっきりしているなら、それだけで十分だ。


「で?」


 キヨアキが俺たちに圧をかけてきた。


「わざわざ来たってことは、お前らも変化したのか? フーレインとレンベルグを殺っているもんな。そういうことなんだろ?」

「別に、お前のためじゃない」

「あん?」

「どうせ変わるんだ。それならちゃんと強くなりたい。お前よりもね」

「は……はははははははははっ‼︎ 」


 俺の答えに、キヨアキが仰け反るほどに笑う。

 なにがそんなに面白かったのか、俺にもわからない。


「そうだよな! お前はそういう奴だ。俺になんか興味ねぇ! だけど俺より強いんだ!」


 笑いながら、俺を見た。


「だからお前はここで死ね!」


 その瞬間、俺たちの周りに炎の嵐が生まれた。

 即座にその場から飛び退く。

 だけど、着地した先の建物はすでにヤンの【念動】の支配下にあった。

 建物ごと、俺たちの体が縛られる。


「はっは! くたばれ!」


 キヨアキの拳から生まれた炎の螺旋が迫る。

 それを、断ち切る。

 炎は俺たちの前で二つに割れて、熱さえも届くことはなかった。


「ああん?」


 刃喰も抜いていない。

 ヤンの【念動】はいまだ効果を示している。

 それなのに炎が切られたことに、キヨアキは信じられない顔をしている。


「ふっざけんな……よっ!」


 さらに巨大な炎が、しかも連続で襲いかかってくるが、それらも全て切り裂く。


「どうなってるんだよ!」

「キヨアキ、目です」


 ヤンが言った。


「彼の目から強力な魔力が放射しています。それが原因でしょう」

「そういや、あいつの属性は目で見えるなんかだったか。ちっ、それならよ……」


 キヨアキの体から漏れ出す炎がさらに激しくなる。

 周囲に無数の火球が生まれた。

 それはキヨアキの周りだけでなく、俺たちの周りにも発生していく。


「数で勝負だ」


 火球の群れの隙間で、キヨアキは相変わらず笑っている。


「お前は雨を全部切れるか? 試してみようぜ!」


 そうして、火球の群れが一斉に俺たちに向かってきた。

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