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122 見えない力



 火球が休みなく襲いかかってくる。

 俺はその全てを見ることによって斬り続けた。

 実際に剣を振るう必要はない。

 俺の属性による視界の線に魔力を沿わせれば、それだけで事象は結果を生み出す。

 目で見える視界は限られているはずだけれど、それは見えていない場所にも効果が及ぶ。

 その時にはわかっていなかったけれど、隠れていた敵を遠くから切ったことがある。

 それと同じだ。


 同じことを繰り返す。

 ヤンの【念動】によって縛り上げられているが、苦しくはない。

 寸前のところでスラーナの風が俺たちの間に割り込んで、守ってくれているからだ。


 終わることのない攻防、変化のない状況に根を上げたのはキヨアキだった。


「ああああああああああ! うぜええええええええ!」


 キヨアキの体が膨れ上がり、質量が増大していく。


「手は早いみたいだが、なら、こいつはどうだ⁉︎」


 巨人と化したキヨアキの手が俺たちを挟み込もうとする。

 近づいてきた。


「私からいっていい?」

「どうぞ」


 スラーナの質問に俺は頷く。


「それなら」


 その瞬間、俺たちを縛っていたヤンの【念動】が弾け飛ぶ。

 宙に飛び出した俺たちは、お互いを蹴り合って上と下に跳ぶ。

 スラーナが上に、俺は下に。


「キヨアキ!」

「ああっ⁉︎」


 スラーナの叫び。

 風が集まり、魔力が練り込まれて、そこに巨大な拳が生まれる。


「あんたは、ほんとに……ムカつくのよ!」

「ぐうっ!」


 スラーナの巨拳はキヨアキの頬に突き刺さり、炎の巨人が倒れていく。


「キヨアキ!」


 そして、叫んだヤンの側には、俺が着地していた。

 刃喰を掴み、抜き放ち、切り上げる。


「ぬうっ!」


 刃が触れる寸前で、【念動】がそれを受け止めた。

 さすがに本体を切るのは、実剣がいる。

 なにより、本体ということは、そこは当人の魔力密度が非常に高い空間ということになる。

 そこに俺の魔力は入り込みづらい。


 俺たちは、もはや普通の手段で死ぬことはない。

 長く生きているミコト様と同じ状態となっている。

 即ちそれは、肉体ではなく魔力で動いているということ。

 肉体は存在していても、どちらかといえば魔力の凝縮体であるという方が強い……そんなもう生き物とは言えないような状態にあるのが俺で、スラーナやキヨアキもそうで……そしておそらく、ヤンもそうなっているはずだ。

 それでも肉体の変化具合を見るに、俺たちよりは肉体寄りの変化だったのかもしれない。


「まさか、君たちまで変化するとはね」

「自分たちしか変化できないとでも?」

「いや、そうだね。地上はもうそういうところなんだろうね。地上に出てしまった我々は、もうこうなるしかなかったわけだ。遅かれ早かれ」

「そうでしょうね」

「しかしそれなら……この安定しない空間で生きるしかなくなった人間は、これからどうするべきなのだろうか?」

「なに?」

「ダンジョンは突然に現れた。それなら、突然に消えてしまうことだってあるんじゃないのかな? その時、人間はどうなってしまうのか?」


 ダンジョンとともに消えるのか?

 それとも、ダンジョンから放り出されるのか?


 ヤンは、そんなことを考えている?

 こんな時に?

 刃喰を振り上げようとする俺と、それを【念動】で押さえつけるヤン。

 二人の戦いは見えない部分で続けられている。

 お互いに別の場所で魔力を動かし、それを【念動】にしてぶつかり合わせる。

 静かな衝突の余波は周囲を徐々に破壊していき、その円を広げていく。


「私は、この地の人々にその選択を問うた。彼らはなんと答えたと思う?」

「知りませんよ」

「化け物の言葉を聞く気はない、だったよ。そう言うしかなかったのか、本心だったのかは知らないけれど、ね」

「それで敵に回った?」

「キヨアキに従うと決めたからね」

「あなたは……」

「それを言ってくれるな」


 俺が言おうとしたことを、ヤンが止めた。


「わかっている。ある瞬間から、私たちは自分を失ってしまった。龍穴に飛び込み、キヨアキに挑んだ。その時の考えはどうだったのか? 本当に、私は彼を王にしたかったのか? 違うんじゃないのか? 私は……もうあの時から大きな流れに取り込まれていたのではないか?」


 俺の頭の中にあったのは、【王気】のことだった。

 己の術理力を拡大し、他者の術理力を取り込み、自らの力として利用する。

 要は、他者の力を奪う方法だ。

 そしてその感覚は、いまの俺やスラーナが当たり前に持つ感覚でもある。

 変化前のキヨアキやヤンは【王気】を知らなかった。

 使い方を身につけていなかった。

 だけど、変化して、肉体が物質から魔力寄りになってしまったことで、より大きな力の流れに取り込まれやすくなってしまったのではないのか?


 最初から【王気】を身につけていた俺やスラーナ、そしてカル教授は大丈夫だったけれど、ヤンたちはより強い力を身につけてしまったキヨアキに、盲目的に引きつけられてしまうことになったのではないか?


 だから、故郷を簡単に火の海に沈めてしまった。


 俺たちの戦いは続いている。

 破壊の円はいまも広がり続けている。

 その外側では、スラーナとキヨアキが戦っている。

 スラーナは風の中に姿を消し、炎の巨人を撃ち続けている。


「あああああああああああ! うぜええええええええええ‼︎」


 標的を見つけられない怒りにキヨアキが吠える。

 その吠え声で巨人と化したキヨアキの体から炎がいくつも分裂し、そして炎の毛皮を纏った四足獣となった。

 仮面のような頭部に見覚えがある。


「レンベルグ」


 言ったのは、ヤンだ。


 そしてさらに別の姿を取る。


「フーレイン」


 傘のような頭部はまさしくフーレインだった。


 炎で出来た兄妹は四方に散って周囲を破壊しながらスラーナを探す。

 そのうちのいくつかは、俺の方にも来た。


「ヤン! いつまでそいつと遊んでやがる!」

「ぐうっ!」


 キヨアキの罵声を浴びたヤンの全身が炎を帯びた。


「もう、取り込まれていたんですね」

「彼は全てを飲み込む破滅の炎だ。もう私にはなにもできない。頼む」

「もとよりそのつもりです」

「そうか」


 刃喰を抑える【念動】が弱まった。

 解き放たれた刃は狙いの軌跡を描き、ヤンの体を縦に咲く。

 黒の体躯は血を吹き出すこともなく、魔力の光を放って崩れていく。

 それが、キヨアキへと向かっているのを見て、俺は【王気】でそれを吸い寄せた。


 ヤンをキヨアキの思う通りにはさせない。

 そして、フーレインとレンベルグも奴から奪う。


 スラーナはまだキヨアキと戦い続けている。

 その間に、あいつの力を削ぐ。


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