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126ダンジョンは続く




 俺たちの見る前で巨大なスケルトンが立ち上がる。

 多数の不死系モンスターを従えているのだから、出てくるのも不死系だと思っていたけれど、まさかこんな大きな存在だとは思わなかった。


「さすが深度Sね。魔力の圧が違う」


 スラーナがそんな感想をこぼす。

 それはそうだと、俺も頷いた。

 空気がビリビリと痺れるような魔力の密度。

 それは威圧感となって俺たちに襲いかかっている。


「くっ、やるわね」

「うう」


 クトラとタレアが威圧に飲み込まれかけている。

 普通のモンスターと戦うのは苦労しないようだけれど、ボス級になるとそうもいかないようだ。


「二人とも、動けないなら離れて見ててもいいけど?」

「それはダメです!」

「うちもやるし!」

「あ〜あ、煽った」

「ええ⁉︎」


 そんなつもりはなかったんだけど?


「まぁ、じゃあやる気があるならやろうか」


 あっちも、俺たちが準備をするのを待ってくれているわけでもない。

 土を振り払って立ち上がると、俺たちに空っぽの目を向けた。

 空気が震えるほどの魔力を持っているけれど、はたしてどんな攻撃を仕掛けてくるのか?


 そう思っていると、巨大スケルトンの内部で光が生まれた。

 薄暗い、赤みを帯びた光だ。

 光は肋骨の内部を中心に球体となり、スケルトンの内部に満ちていく。


 KAKAKAKA KAKAKAKA!


 骸骨が顎を震えさせて歯を打ち鳴らした。


 それに呼応したのは内部の魔力だ。

 無数の光が分裂したかと思うと、それらは大鎌をかまえた骸骨頭のモンスターとなり、宙を滑って襲いかかってきた。


「うわ、なにあれ?」

「死神だ。鎌に切られると心が惑う気を付けろ」

「心が惑うって?」

「え?」

「なにそれ?」

「集中力が乱れると思っていなさい!」


 俺たち三人がよくわからないという顔をすると、スラーナがわかりやすく教えてくれた。

 そんなことを言っている間に、死神に距離を詰められる。

 刃喰で迎え撃つと、鎌は打ち返せたけれど、死神に本体は切れなかった。

 刃がすり抜けてしまう。

 ただ、対処法はすぐにわかった。

 刃の武器ということで刃喰が喜び勇んで打ち合いに応じた結果、大鎌が壊れた。

 そうするとその死神が消えた。


「鎌を壊せば倒せる!」

「うん、うちも奪ったら消えた!」


 俺とタレアがほぼ同時に対処法を発見すると、スラーナとクトラが矢と水弾で積極的に大鎌を狙い撃って破壊していった。

 死神による猛攻の対処法が見えたので巨人スケルトンに向かいたいのだけど、ここで問題が発生した。


 刃喰が言うことを聞かない。

 大量にいる死神の大鎌に対して食欲が傾き、あちらへ行けとうるさい。


「ああもう……お前って」


 本当に、持ち主の言うことを聞かない武器だ。


 ずっと戦う気はない……んだけど……。


「俺が死神を見るから、スラーナたちでそっちは任せた!」

「どうするの?」

「こうするしかないよね」


 広範囲に【念動】をかけ、分散していた死神たちを一箇所に集める。

 そこから逃げ出さないようにして、俺が相手をしていく。


「そう? それならこっちは勝手にやるわよ」

「そうして!」

「ようし、任せて」

「うちがやるし!」


 三人が巨人スケルトンと戦うことになり、俺は次々と湧いていく死神と戦うことになった。

 出現する度に【念動】で捕まえて俺の前に連れてくる。

 嬉々として死神の大鎌に食らいつき、破壊していく。

 その度に、刃喰は打ち合いの破損が修復し、逆に切れ味や丈夫さが増していく。

 この数の死神を相手にし続けて、それでずっと成長したら、一体どうなるんだろう?

 そんな興味が湧いてきて、刃喰に引きずられるように俺も楽しくなってきた。

 やがて、刃喰の刃に変化が見え始めた。

 刃の部分が透き通るようになっていき、ついに見えないようになった。

 見えないけれど、ある。

 やがて、刃以外の部分にも変化が起きる。

 刃同様に徐々に色を失っていった。

 その途中で俺が「見えなくなるのは困るな」と呟いたからなのか、透明になるのを途中で止め、半透明で落ち着いてしまった。

 匠が鍛えた刀というよりは、自然の奇跡でそういう形となった結晶体、という趣になっていく。

 本物の結晶体のような硬さになられると、それはそれで困るなと思ったけれど、刃喰の使い心地は悪くなっていない。

 切れ味は鋭く、頑丈だ。

 そしてなにより、魔力の乗りが良くなっているのが感じられた。


 なら、その魔力はどこまで込められるのか?


 そんなことを考えて、戦いながら魔力を注ぎ続けていく。

 意地悪にもなっていたかもしれない。

 好き嫌いの激しい武器だからね。

 ちょっと限界を見せてみろよ? 的な思考になっていたとしても仕方ない。

 うん、仕方ないんだ。

 その結果、刃喰の刀身は発光し、黄金色の魔力刃が伸びた。

 魔力刃の斬線は死神本体にも影響を与え、まだまだ大量にひしめいていた奴らをまとめて薙ぎ払ってしまったのだった。


 そうなると、無限湧きしていた死神たちの出現の方が追いつかなくなってくる。

 巨人スケルトンは状況の危機を察知して死神の量産に力を注ぎたいが、そうすればスラーナたちの猛攻に割くための魔力が減ることにも繋がってしまう。

 どうすることもできないまま、最後には内部に溜まった赤黒い魔力の全てを使い果たし、巨大な骨は力を失って崩れていったのだった。


 そうして、ダンジョンは崩れていく。


「あっ」


 これで終わりかと思っていると、巨人スケルトンの髑髏が落ちた部分に新たなポータルが出現していた。


「これは?」

「なにかしら?」


 真面目に授業を受けていたスラーナも知らないらしい。


「なら、入ってみようか」

「そうね。待って……」


 そう言って、ディアナを操作している。


「これでこの場所の座標を覚えたわ。なにかあれば戻って来れるはず」

「いつの間にそんな便利機能が?」

「最初からあったわよ。説明書を読みなさい」


 スラーナに睨まれ、俺はそっと目を逸らした。


「弁当ももうないしね。できれば一度戻らないとね」

「そうね」

「でも、ちょっと見てみたいわね」

「うちも!」


 クトラとタレアが言う。

 俺も同じ気持ちだった。


 そして四人でポータルを抜ける。

 そこは……。


「え?」

「うん?」

「あら」

「ふへ?」


 四者四様の声で呆然とする。

 そこにあるのは、街だった。

 石造りの建物があり、道があり、遠くには大きな壁があって街そのものを囲んでいるようだった。

 そして多くの人がいる。

 少し古めかしい感じの服装で、ジョン教授やプライマのような肌色の男女が多く、しかもその中にはタレアのような獣耳を生やしている者まで混じっている。


「なにこれ?」

「わからないわよ」


 スラーナにもわからな現象で、俺たちは立ち尽くし、首を傾げるしかない。

 襲われる様子がないから戦う必要があるわけではなさそうだけれど……。


 だけどそれなら、どうすればいいのか?


「あら? あなたたちだったの?」


 戸惑う俺たちに誰かが声をかけてきた。

 いや、この声は……。


「誰かが入り込んだと思って様子を見に来たのだけど」

「カル教授?」

「ええ、お久しぶり……というほどでもないわね」


 こちらに合わせた格好になったカル教授がそこにいた。


「状況がわからないでしょう? 説明してあげるからいらっしゃい」

「あ、はい」


 そんなわけで、俺たちはカル教授に誘われて場所を変えた。

 向かったのは食べ物屋らしい場所だ。

 複数人で囲むテーブルが大小でいくつも有り、客がそこそこに入っている。


「あ、教授。おかえりなさい!」

「ただいま。奥のテーブルを使ってもいいかしら?」

「ええどうぞ!」


 店員らしい女の子と話し、移動する。

 奥の空間は表とは違って、テーブルごとに仕切りがあり、喧騒も届きにくくなっている。

 静かに話すのに向いていそうだ。


「ここの二階が間借りできるようになっているのよ」


 とカル教授は説明する。


「さて、ここのことだけど、おそらくダンジョンではないわ」

「ダンジョンではない?」


 それなら、なんだと言うのか?


「私たちがいたのとは違う世界よ」


 その言葉に、俺たちはまたキョトンとした。


「言葉は通じているけど、暦も違うし、人種も違う。おそらくだけど星の配置も違っているはずよ。月はあるけど、大きさが明らかに違う。こちらの方が大きい。それだけこの星との距離が近いのでしょうね」

「異世界」


 スラーナがそう呟く。

 異なる世界。


「はぁ、そうなんですか」


 対して、俺はというと驚きはしているけれど、それだけだった。

 むしろ、面白そうと思っていた。


「面白そうですね」


 いや、口に出してしまった。


「そうなの、面白いのよ」


 カル教授も笑顔になる。


「限定的に模造された空間であるダンジョンから行き着く先が、模造された様子のない別の世界。はたしてここはダンジョンを作った世界なのか、それとも別なのか。いまはそれを調査しているところなのよ」

「へぇ、すごいですね」

「それで、なんだけどね。あなたたちはどうする? 長期的に付き合えるのなら、ここでの生活手段の準備を手伝うけれど?」

「え? いいんですか?」

「もちろん。私のやることも手伝ってもらうわよ」

「おもしろそうなことなら喜んで」

「ちょ、ちょっと」


 俺とカル教授が話し込んでいると、スラーナが慌てる。


「そんな簡単に!」

「あれ? スラーナはいや?」

「え?」

「こういうの? 楽しそうって思わない?」

「……それは」

「あ、私たちも問題ないのかしら?」

「ね、うちに似てるのはいたけど、魚の仲間はいなかったし」

「は?」

「へへ〜ん」


 スラーナが言い淀んでいると、クトラとタレアがカル教授に質問する。


「問題ないわよ。ここではあなたたちみたいなのを獣人と呼ぶそうよ。ちゃんと海で暮らす種族もいるわ」

「なら、よかった」

「よかったね、クトラ」

「まぁね」


 二人がいることができるなら、もっと問題ない。

 なら、スラーナはなにを気にしているのかというと?


「カル教授のこと?」

「……そうよ」


 言いにくい部分だろうと突っ込んでみると、彼女は頷いた。


「彼女は自分の興味のためなら、どんな被害が出たって関係のない人よ。信頼できると思ってるの?」

「そうだけど、つまりは利用できないものには興味ないんじゃないかな?」

「そうね」


 スラーナの疑問に答えると、カル教授が頷いた。


「今回は、あなたたちと縁があったから声をかけたけれど、ちゃんと頼み事があるからという気持ちもあるわ。それに、利用価値がなくなったから消えてもらうなんてことをするつもりもない。ああ、もちろん犯罪に誘うつもりはないからそこも安心して。それに、危ないと思ったら、あなたたちが離れればいいのよ」


 あっけらかんとカル教授はそう言った。


「ここは学園ではない。いまの私に権力はないから、離れるのなんて簡単よ」

「むむ……」


 唸ったスラーナは俺を睨んだ。


「スラーナは、ここが面白そうだと思ってない?」


 まさかと思ったけど、一応聞いてみた。


「……そんなことはないわよ」

「だよねぇ」


 やっぱり。

 心配性のスラーナは、自分の楽しみよりも心配事を優先させてしまっていたのだ。


「なら、まずは楽しもう」

「ああもう、わかったわよ」


 スラーナが納得したので、みんなでわっと喜んだ。


「ありがとう。なら、さっそく面白い仕事があるんだけど……」


 そう言ってカル教授が話し始める。

 俺たちは、大きな騒動に繋がる一歩を踏んだ。


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