なんとかガン・ダガーを握り直し、構えるが、帝釈は圧倒的だった。
「勝てないのか……?」
俺の視界が、暗く染まりかけたその瞬間――
ズドォン、と遠くから地響きが鳴った。
「……?」
帝釈が微かに視線を動かす。
次の瞬間、風が切り裂かれ、閃光が走った。
耳鳴りのような静寂が、戦場を支配した瞬間。
俺の目の前に、何かが“着地”した。
――ドッ!
その着地は音すら殺し、ただ空気だけが弾けた。
「――生きてたか」
凛とした声。女の声だった。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
白銀の髪、冷たい瞳。まるで氷で造られた女神のような――
「EU支部、フレイヤ・リンドストロム。指令により救援に参上した」
彼女が舞い降りた瞬間、戦場の空気が一変した。
白銀の髪が揺れるたび、空気が凍り、細かな霜の粒が光を反射する。
彼女の語った言葉もよりも。ただその存在が、“救援”であることを証明していた。
「っ……新手か……!」
帝釈の顔に、初めて微かな表情の揺れが走る。
フレイヤが手をかざす。
周囲の空気が一瞬で凍りつき、帝釈の足元に霜が走る。
「日本支部の灰島賢だな? 立てるか?」
俺は、驚きと安堵の中で、「ああ」と声を絞った。
* * *
――別の場所。
三輪蓮は、脳を焼く幻術の音に意識を持っていかれそうになっていた。
「……これで……終わりか」
その瞬間。
ギターの音が止まった。
「――?」
多聞がギョッとした顔を上げた。
風が、吹いた。
それはただの風じゃない。“斬撃”を伴った、鋭い風。
――スパァン!!
空気そのものが切り裂かれ、残響が尾を引く。
音の波が、物理的に切断されたような錯覚。
幻術によって霞んでいた思考が、一瞬で研ぎ澄まされていく。
空間に貼りついていた“不快な膜”のようなものが剥がれ落ちた。
幻術空間が一瞬だけ、真空のような沈黙に包まれる。
「っ、どこから……!」
次の瞬間、三輪の前に誰かが立っていた。
黒い髪。鋭い目。まるで風そのものを体現したような少女――
「EU支部、イーダ・ニールセン。現着」
言葉とともに、突風が吹き抜ける。
風圧の余波だけで周囲の木々が斬れ、地面に渦が走った。
少女はその中心に静かに立ち、風をまとう剣のような存在感を放つ。
鋭い眼差しに迷いはない。そして、冷静に言い放った。
「これより作戦を開始する」
* * *
――そして、もう一つの戦場。
秋月一馬は、拳をついてようやく立ち上がろうとしていた。
だが、背後に迫る黒い影。
皮膚が逆立つような殺気。
呼吸ひとつするだけで、即座に命を断たれる――そんな確信。
敵の殺気が背中を刺すように伝わってきた――そのとき。
「どきな!」
轟音。
――ゴォン!!
雷鳴のような衝撃波と共に、巨大な何かが横から叩き込まれた。
黒い影が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「……は?」
呆然とする秋月の目の前に、大きなハンマーの影と、どこか陽気な笑みを浮かべ戦乙女の姿が現れた。
「EU支部、サーラ・ヴァンハラ! ただいま参上!」
ハンマーの先端からは、なおもバチバチッと雷光がきらめいている。
陽に焼けた肌と、肩口で跳ねる金髪。快活な琥珀色の瞳は、雷そのものの奔放さを宿していた。
その姿はまさに“雷の化身”。
「さぁ、ここからはお返しタイムってやつだ!」
背後には雷の残響。足元からは火花が走る。
その大柄な身体に宿るのは、ただのパワーではない。
振るうハンマーは戦槌にして、戦局を変える宣言そのものだった。
その陽気さは虚勢ではなく、本物の強さから生まれる余裕――
秋月は、言葉を失ったまま笑った。
「……あっは……なんだよ、それ……マジでヒーローかよ……!」
それに対し、サーラはウィンクを投げ、ハンマーを肩に回す。
「さあ、仲間のために起き上がりな。あんたたちは、まだ終わっちゃいないだろ?」
雷鳴が響く。
戦場に、新しい風が吹き込んでいた。